第十一話「白昼の狙撃」

 ジェフリーの授業が終わり、気分転換に宮殿の庭を散歩する。

 僕の暮らすセント・アンドリュー宮殿は、帝の過ごすレキシンガム宮殿から近い場所にある帝子専用の宮殿だ。

 帝子全員がこの宮殿で暮らしているが、だからと言って同じ部屋や隣の部屋に住んでいるというわけでもなく、母親が同じ兄弟姉妹で固まってそれぞれ暮らしているというわけだ。

 僕の母親は僕を産んだ直後に亡くなっており、僕は一人ぼっちで暮らしている。

 いや、まあセーラとかいるし、最近はヴィクターとかジェフリーとか家庭教師も付いたし、別に寂しくは無いんですけど?


「はあ……」

「ニコラ様。ため息を吐くと幸せが逃げますよ?」

「ここにもあるのか、その迷信……」

「はい?」

「いや、ごめん。何でもない」


 誰に言い訳してんだとため息を吐いたらセーラに怒られた。

 セーラは真面目だ。

 ヴィクターやジェフリーが帝室教師になる以前、僕に勉強を色々と教えてくれていたが、そのときも本当に真面目という言葉が似合うほど厳しく教えられた。

 セーラの実家であるメルバン伯家はかなり古い家柄だからそれも関係あるのだろうか?

 ちらりと後ろに控えるセーラを見る。

 見られた当の本人は、首を傾げて不思議そうにした。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでも──そうだ。セーラは休日どうしてるの?」


 セーラはメイドとして住み込みで働いてはいるが、もちろん休日はある。

 ただ実家に帰るという話もほとんどないので何をしているのか興味があった。


「休日ですか? 普段は読書と手紙の整理と返信、一週間分の新聞を読んで終わると言ったところでしょうか」

「外は出ないの?」

「あまり買うものも無いので」


 一週間のほとんどをメイド服で過ごすから服も買う必要もないし、料理も食堂で済ませるからいらないということか。

 化粧品や他に必要なものも支給されているし、それなら外出する必要も無さそうだ。

 だが、それだけでせっかくの休日を潰してしまって良いのだろうか?


「新聞も一週間分となると、結構時間取られそうだね」

「ええ。ですが、家庭教師(ガヴァネス)ともなると時事に疎いわけにはいきませんので」


 家庭教師(ガヴァネス)とは、その名の通り家庭教師として子供に読み書き算数や外国語などを教える役職だ。

 セーラは家庭教師(ガヴァネス)兼メイドとして雇われており、帝室教師が付いたことで家庭教師(ガヴァネス)としての役目は終わったが、伯爵家の3女という血筋のしっかりした女性をただのメイドとして扱うわけにはいかず、形式上は家庭教師(ガヴァネス)の肩書を残している。

 ただセーラは形式上とはいえ、職務を全うするつもりで備えているのだろう。

 真面目以外の言葉でなんと言い表せるものか。


「ありがとう」


 他にも、仕事中の暇な時間に読んでもいいだとか、休日くらいのんびりしてほしいだとか色々言いようはあった。

 だが、それを言ったところで結局セーラは何かしら仕事に繋がることをしていただろう。

 セーラが良いならそれ以上は言わないでおこうと思い、お礼を言うことにした。

 言われた当の本人はきょとんとしていたが。


 庭園の四阿(あずまや)で腰を下ろし、お茶にする。

 セーラが侍従達に命令し、あっという間にテーブルにティーセットが展開された。

 軽食も用意され、まさにアフタヌーンティーと言うべき豪華さだ。

男一人でアフタヌーンティーをするのは違和感がすごい。

 それでも疲れた頭をリフレッシュさせようと、サンドウィッチやスコーンを摘まみ、紅茶を飲んだ。

 午後の庭園で過ごすのがこれほど気持ち良いとは。

 良い身分に生まれたことに初めて感謝したかもしれない。

 もし転生させてくれた神様がいたなら感謝しようと思いながら、ティーカップを傾けようとしたとき、それは起こった。


 ────ターンッ


「ぶっ」


 口元に運んだティーカップが破壊され、紅茶が顔にかかる。

 そしてティーカップの破片が飛び散り、右手に熱が走った。


「痛っ」


 なんだ。何が起こった?

 顔にかかった紅茶を拭い、周囲を確認する。

 セーラを含め、侍従達は慌てて僕を周りから遮るように取り囲むところだった。


「ニコラ様、ご無事ですか!?」

「うん、一体何が……」


 ────ターンッ


 また何やら音が聞こえたかと思うと、囲んでいた侍従の一人が血を流して倒れた。


 狙撃だ。


 何が起きているのかようやく悟る。

 どうやら僕は狙われているらしい。

 でもこの宮殿で狙撃?

 警備もついてるはずだけどどうしてそれらの眼を掻い潜れたんだろう?

 侍従が撃たれた方向を見る。

 白い靄が少し濃くなっている部分を見つけた。


「あそこ!」


 そこを指し示す。

 音を聞きつけ、やってきた警備兵たちがすぐさま指した場所へと走っていった。


「ニコラ様は早く中へ」


 僕の右手の傷を見つけ、顔を青くしたセーラが僕を宮殿の中へと誘導する。

 それを聞いて僕はためらった。


「でも……」


 倒れた侍従を見る。

 出血量から、早く治療しないといけないことが容易に見て取れた。

 セーラはそれをちらりと見た後、僕の手を強く引っ張ってきた。


「この場はニコラ様の身の安全が最優先です。それが確保されない限り、あの侍従は治療できません。理解していただけましたら一刻も早く移動してください」


 僕のせいで助からないかもしれない。

 セーラの言葉にショックを受けつつ、セーラの手に従う。


 しかし、結局その侍従は助からなかった。

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