第十話「帝国主義」

「ヴィクテン帝国は現在植民地を最も多く保有する国であると言えます」


 ジェフリーの言葉に僕は頷く。

 実際ヴィクテン帝国の保有する植民地は多い。

 世界中の大陸のすべてに植民地を保有しており、帝国内で日が昇っていない場所が無くならない、まさに「太陽の沈まない国」がヴィクテン帝国だというわけである。


「我が国の植民地獲得政策方針は未だに揺るがないものの、それでもやはり反論の声は少なからずあります」


 植民地化をするにあたって、ほとんどの場合は征服を行う必要がある。

 そしてその征服は大抵軍事行動で達成される。

 それゆえ、全くヴィクテン帝国と関りの無い土地や種族・民族を軍事的に征服するのは良くないという意見が出るのはまあ当然のことだろう。

 圧倒的な軍事力の差があったとしてもこちらの兵に全く損害が無いということはほとんどないのだ。


「殿下の率直な意見をお聞かせください」


 ジェフリーの言葉にしばらく考え、ふと自分が植民地を獲得する大義名分を知らないことに気付かされる。


「その前に、今その反論にはどういう反論が行われているの?」

「色々とありますが、『優れた人間である我々が、その優れた運営方法で劣った人種や種族を統治するのは当然の義務だ』という意見が多いですね」

「ジェフリーはそれに同意する?」

「ちょっと暴論過ぎる気もしますし、他の人種や種族を貶めるようなことを言うのは同意できませんが、実際我々は他の国と比べて圧倒的に科学技術が進み、おまけに魔法も持っています。それらは我らが優れている証拠足り得るとは考えていますし、我らが科学を発展させた理性的な人種であるとは言えるでしょう。となれば科学技術や今まで培った国家の運営方法などを使って他の地域の発展を援助することも、理性的な人種が統治に向いているというのも理に適っていますし、ノブレス・オブリージュに沿ったものだとは考えています」


 やばい。なんか正しい気もしてきた。

 だけど、この考えは前世では否定されていたことは間違いない。

 どこかに論理の落とし穴があるはずだ。

 日本だったらなんて言われるだろうか?


 誰も統治してくれなんて頼んでいない?

 科学が発展したのは運が良かっただけ?


 なんか反論としては物足りない気がする。

 うんうん唸っていると、見かねたジェフリーが苦笑しながら口を開く。


「随分悩まれているようなので、一旦次の問題に行きましょう。現在の状況ですが、同じように植民地獲得を狙った国が力をつけてきており、その勢力均衡をどう保つかという問題も新たに発生しています」


 ルス帝国の東方大陸中央部での南下政策との衝突や、極東貿易圏の交渉などがそれだろう。

 ルス帝国は北国ゆえに不凍港、冬でも凍らない港の獲得や温暖で生産性の高い土地の獲得を目指し、東方大陸中央部の侵略を何度も画策している。

 その南下の先にはヴィクテン帝国の植民地であり、重要な拠点であるヒンディアが位置している。

 そこへの侵略を嫌ったヴィクテン帝国が先んじて東方大陸中央部にあるパフトゥンを一時征服。現地住民の激しい抵抗により撤退を余儀なくされ、以降ヴィクテン帝国はパフトゥンをルス帝国との緩衝地とみなしている。

 しかし、ルス帝国は他の東方大陸中央部にも進出を試みており、オットマン帝国の支配するクライミー奪取を目論み、10年前にはクライミー戦争を引き起こした。

 ルス帝国が力をつけてパフトゥン進出に本腰を入れることを嫌ったヴィクテン帝国はオットマン帝国に加勢し、ルス帝国を押し戻すことに成功、というのが現在の東方大陸中央部での現状だ。


 もう一つの極東貿易圏、つまり東方大陸東部および東南部での貿易の交渉はかなり複雑だ。

 先ほどのルス帝国の南下政策がこの東方大陸東部でも行われ、加えてガリー帝国やアメウェス合衆国などが東方大陸東部の大国であるチーノを重要視し、東方大陸東部、東南部はそれぞれが拠点を持っているものの簡単には進出できない地域となっている。


「これらの問題が起こっている中で、植民地の獲得の何に重点を置くかが議論されはじめています。貿易による経済の発展なのか、それを支える資源の獲得という意味での土地や人手の確保なのか、はたまた交易路の確保なのか。殿下はどうお考えになりますか?」

「うーん」


 相変わらず12歳に出す問題じゃない。

 そう文句を言いたくなる気持ちを押さえつつ、考える。

 これには色んな角度から考える必要があるだろう。


 一つは前世で話題になっていた中国の政策である一帯一路。

 これは主にヨーロッパやアフリカ、中東と中国を結ぶ中央アジアやインド洋での交易路の確保を目指したものだった。

 これに対し、アメリカなどの西側諸国はこれによって中国の力が強まることを懸念していたというのが前世の記憶だ。

 これを考えると、交易路というものがどれだけ各国から重要視されていたのかということにも頷ける。

 世界史を振り返っても、19世紀末から20世紀初頭にかけて第1次世界大戦の原因となった3C政策と3B 政策の衝突が交易路を巡る争いだったということが分かる。


 しかし、だからと言って交易路の確保が重要だと言い切るには早計だと言わざるを得ない。

 前世の受験勉強で散々本を読めと言われてきたが、その中に『近代世界システム』と『大分岐』というものがあった。

 『近代世界システム』は世界史の考え方に大きな影響を与えた本で、その中で著者のウォーラーステインはヨーロッパおよびイギリス帝国の発展は、アフリカの奴隷輸出やその奴隷を使ったアジアやアメリカでの農業、綿工業といった、植民地で分業を行う世界規模のシステムを作り上げたことが原因だったというようなことを言っている。

 『大分岐』という本はその内容を発展させ、著者であるポメランツは18世紀前半まではヨーロッパとアジアとの国力にあまり差は無く、アメリカの土地を使い、同時に化石燃料を使い始めたことによって差が開いたというようなことを言っていた(1)。

 つまりここから読み取れることとしては、19世紀の帝国主義の発展には土地が必要だったということだ。

 既に枯渇していたヨーロッパの土地だけだったらアジアとの国力に開きは無かったということを考えると、19世紀以降の歴史は土地の獲得に成功し、分業体制を築き上げることができたイギリスが覇権を握ったということになる。

 しかし、土地の獲得が限界を迎えると資本の競争になり、戦場にならなかったアメリカに覇権が移っていったという解釈ができるだろう。


 改めてジェフリーの言葉を考えてみる。

 前世の世界では既に植民地がほとんど独立しており、アメリカや中国は植民地無しに分業体制や交易路を築き上げ、もしくは築こうとしていた。

 もちろん独立しても旧植民地が旧宗主国の分業体制に入ったままということは良くあることだが、無理に植民地を獲得しに行って現地で反発されるよりかはマシかもしれない。

 つまり──


「交易路の確保が最優先かなあ」

「それはどういった理由で?」

「一つはこれ以上の植民地の反乱が怖いこと、もう一つは十分な資源を今は確保しているからそれらを循環させる仕組みを作る方に専念した方が良いということかな」


 ただでさえ植民地が広大なのだ。

 つい最近もヒンディアで大規模な反乱が起きたばっかりで、これからもそういった反乱は起こってくるのが目に見えている。

 簡単に鎮圧できる力が無い限りは急速に植民地を増やすべきではないだろう。


「なるほど。確かに外国の脅威を考えた上で反乱の可能性も含めると、植民地の獲得は慎重にすべきだというのにも納得できましょう」


 ジェフリーも同意してくれる。

 そこでふと最初の質問の答えを思いついた。


「科学の発展って新大陸とヒンディアの獲得競争に勝ったから起こったんじゃないの?」


 ヴィクテン帝国も前世のイギリス同様、隣国との植民地獲得競争を制してきた過去、そして産業革命を一番に引き起こした過去がある。

 となればさっき考えたウォーラーステインやポメランツの新しい土地を使って分業体制を築き上げたから科学の急速な発展、つまり産業革命が起こったというのは納得できる話だろう。

 他のどの国も広大な生産性の高い土地を使えていなかった上にそんな体制を築くことができなかったのだから、いち早く科学を発展させられたというのは当然だと言える。


 そんなことをかいつまんでジェフリーに話す。

 当のジェフリーは口をポカンと開けて、しばらく方針状態に陥っていた。

 しまった。どう考えても12歳の言うことじゃない。

 半ば諦めてはいたものの、ちょっとやりすぎたかなあとか怖がられないかなあとか言う気持ちはどうしたって出てくるものだ。

 恐る恐るジェフリーの顔を覗うと、すぐにいつもの真面目そうな顔に戻っていた。


「真偽のほどは分かりませんが、今聞いた限りだと納得のいく話ですし、殿下の洞察力は素晴らしいものであるというのは間違いないでしょう」


 良かった。普通に褒めてくれた。

 少し安心したが、ジェフリーの次の言葉にドキッとする。


「私は殿下を帝にすべく、今後はそのための指導をさせていただきます」

「そのための指導……?」

「はい。最初の授業でも本日でも私相手だったので問題は無かったのですが、殿下は大枠から見ていかれるので実際の政治になると問題が起きそうなことをすっ飛ばしかねないと言うように見受けられました」


 そら、政治家じゃないし、そもそも帝になんかなるつもりもないし……。

 でも、正直こんなことを考えるのは楽しかった。

 魔法ほどではないけど、政治でも大枠を捉えようと考えるのは好きかもしれない。


「私が殿下を立派な帝になれるよう、そういった政治面を誠心誠意指導させていただきますので改めてよろしくお願いします」


 ここまで言われると、少し帝になるのも良いかもなと思えた。



*注

1)これらの本は日本語にも翻訳され、出版されている。それぞれイマニュエル・ウォーラーステイン『近代世界システムI-IV』川北稔訳、名古屋大学出版会、2013年とケネス・ポメランツ『大分岐』川北稔監訳、名古屋大学出版会、2015年。

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