間話「動き出す物語」

 ヴィクテン帝国の首都であり、ロエグランドの首都でもあるルンディン。

 その一等地にある大邸宅の一室で会合が行われていた。


「最近ニコラ殿下の周りがやけに騒がしいですな」

「魔法が使えなくなったと思えば、帝室教師を二人も雇ったというのはいかんせん不可解としか言いようがありませぬな」

「左様。魔法が使えないというのは帝家にとって大事であるはず。帝位継承権もほぼ無くなったに等しいものと踏んでいたのだが……」

「帝室教師を付けたということは帝位を諦めていないということなのか、もしくは別の道を探ると言うのか、はたまた魔法を取り戻す算段でもついているのか……」

「少なくともこのまま大人しくしているということは無さそうですな。何せ帝室教師についた一人があのコンウェル伯だ」

「コンウェル伯。父親が早死にしたために若くして後を継いだとは聞いています。しかし、あまりこちらに情報が流れてこないのだが、どういった人物なので?」

「30歳と若くして枢密院顧問官になった人物ですな。コーフォードを首席で卒業し、卒業論文が陛下の目に留まって取り立てられたということです」

「いくらコーフォードを首席で卒業とはいえ、陛下がまさか毎年論文を読んでおられるとは到底思えませんが……」


 コーフォードとは、多くの政治家や学者を輩出してきたヴィクテン帝国屈指の大学だ。

 そこを首席で卒業するということは将来を約束されたも同然であり、色々な省庁・企業から引く手あまたの人材となる。

 しかし、多忙な帝が学部ごとに存在する首席の卒業論文を読める時間を持てるのかということについては別問題だった。


「たまたま読んだだけかもしれませんな。もしくは誰かに推薦されたか……。ただ、やはり有能なのは事実の模様。まだ主要な役職は得ていませんが、その内任命されるでしょうな」

「問題は彼の支持する政策方針はどういうものか、ということですな……」

「彼の論文では植民地拡大政策を中心に議論していたらしいですぞ」

「それは保守でも自由でも同じ方針でしょう。我らが帝国の領土を増やすことはもはや前提事項」

「領土と言っては議会で追及されますぞ。植民地と言いなされ」

「これは失敬」


 ヴィクテン帝国は最初こそ魔法により帝国を拡大させ始めたものの、現在では産業革命が起こり、科学の力を背景にした軍事力や貿易による一方的な経済支配を基に植民地を増やしている。

 実質的に領土と変わらないのが植民地であることから領土と呼ばれることもあるが、何しろ植民地を増やす大義名分は、「劣った人種の土地を優れた人種の我らが発展させてあげるのが良いことだ」というものである。

 それを領土拡大という自国の利益のためだけに征服したと言ってしまうとその建前を否定することになってしまう。

 良い揚げ足取りのネタになるのだ。


「して、いかがしましょうか」


 一人の参加者が本題に戻す。

 他の参加者は皆考えたくないとばかりに頭を悩ます。


「ニコラ殿下が結果的に我らと同じ政策方針を取ってくれればありがたいですが、それでも我らの派閥に全く関りが無いということは我らとは違う政策を取られる可能性があるということですな」


 政治とは基本的に主導権を握るものが力の背景にしているものに利益をもたらすように行われる。

 つまり帝位争いにおいては、帝になったものを後援していた派閥がそのまま権力を握るという形に等しい。

 現在はかなり状況が動いているが、元々ニコラを支持していた派閥はこの会合を行っている派閥とは違っていた。


「かといって我らに二人の殿下を支援する余力はない。となれば選ぶ道は一つでありましょうぞ」

「ニコラ殿下には争いから退いていただきましょうか」

「そうですな。まだ若いとはいえ、コンウェル伯家は古き家柄。影響力も侮れませぬからな」

「然り。陛下が何やら準備を進めているとも聞く。早めに退いていただくに越したことはありませぬな」


 そうと決まれば、これまで幾度となく謀略を重ねてきた古狸たちの算盤は早い。

 あっという間に計画が立てられていく。


「直接ニコラ殿下にアプローチする方法を基本とするとして、万が一のことは考えておいた方がよさそうですな」

「その直接アプローチする方法についても何通りか考えねばなりますまい。どういった形であれ、結果的に帝位争いからご退場いただければよし」

「そのアプローチも我々に足が付かない方法を念入りに考えませんとな」

「無論。そのあたりでヘマをする者はこの中におりますまい」

「万が一ということもある。用心を欠いて良いことなどありませんぞ」


 穏やかに穏やかでない話が進んでいく。

 そして粗方の問題を片付ける目処が立ち、最後の難問に取り掛かることとなった。


「さて、とどめとも言うべき政治的な圧力ですが、これはどのようにいたしましょうか」

「魔法を失ったとはいえ、それはまだ周知されておらず、一応のところまだニコラ殿下の支持基盤はそれなりに大きい」

「しかし、彼を大きく支援しているのは教会ですぞ? 今は表立って動いていないのでしょうが、いずれ離れることは確実かと思われますが」


 ニコラは魔法が大好きで、その若さにしては飛びぬけて魔法に秀でていた。

 だからこそ魔法を絶対視する教会はニコラを支持していた。

 今は魔法を使えないことが公表されていないが、今日ここに集まった者たちのように、権力争いに絡んでいる人物であれば既に周知の事実となっている。

 今頃教会の上層部でも議論が交わされていることだろう。

 ニコラが支持母体を失うことは時間の問題だった。

 彼らの思考の矛先は、専らどう追い打ちをかけるかというものだった。


「それについてだが」


 この会合で上座についていた人物が声を上げる。

 参加者全員が一斉に顔を向けた。


「この件、政治的な部分は私に預からせてほしい」


 その一言で一気に場の空気が弛緩する。


「おお、候がやってくださるのであれば何も問題ありませんな」

「もちろんですぞ。候が動いてくださるのであれば、喜んでお任せ致します」

「何か必要なことがあれば言ってくだされ」


 皆口々に候と呼ばれる男を持ち上げ、対して男は薄く微笑むのみだった。

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