第九話「魔法学実験」
「おさらいをしましょう」
ヴィクターの声で授業が始まる。
今日は魔法学の授業だ。
そして考えた仮説を基に、実験する日だ。
「まず魔力とはどういうものでしたかな?」
「魔力は人間や動物、植物の表面か内部、またはその両方、そして空気中や水面などに存在し、何らかの力を加えて飛ばすことによって魔法へと変化させられる。人によって放出する魔力の量や速度は違い、それがそれぞれの魔法の違いに繋がっている」
スラスラ出てくる。
さすがに繰り返し唱えさせられているので一字一句違わずに覚えることができた。
「さすがに完璧に覚えましたな。では、魔力の存在する場所の条件を考えた仮説は何でしたかな?」
「水分に魔力は含まれるというものだっけ?」
「正確には水分に含まれ、軽いので空気中では上に行くというものですな」
そうだった。
存在する場所と僕の魔力視による観察から、魔力は水との親和性が高く、また空気中では軽いため上昇しやすいのではないかという仮説ができあがったのだ。
そこから、生物の表面に魔力があるのは、皮膚から発せられる水分に魔力が含まれているからではないかという推測も同時に行われた。
これらの仮説が正しければ、魔力の濃い場所が海や標高の高い場所の泉であることや、ポーションの存在などの説明も付く。
仮説の段階だとは言え、これが証明されたらかなりの大発見となることは間違いなしだ。
「では、これを確かめるための実験方法ですが……」
そう言って、ヴィクターは色々と運んできた道具を見やる。
定規やビーカー、フラスコ、試験管など、いかにも実験器具らしいものがそろっていた。
「これと似たような性質のものを使った実験が既に存在しています。それは何でしたかな?」
ヴィクターが質問を投げかけてくる。
水に親和性が高く、空気中では軽い物質。その性質を確かめる実験は──
「アンモニアの噴水実験」
「その通りです」
アンモニアの噴水実験。前世では中学でやったものだ。
アンモニアは水に溶けやすく、軽い。
そのためアンモニアを貯めたフラスコを下向きにして、下に水を貯めたビーカーをつないで置き、フラスコ内にスポイトで水を注入すると、フラスコ内のアンモニアが注入された水に溶けてフラスコ内が真空状態になり、下にあった水が逆流してフラスコ内に噴水のようになだれ込むという実験ができる。
中学の授業ではアンモニア水がアルカリ性であることを利用して、アルカリ性だと赤くなるフェノールフタレイン液を混ぜた水によって、噴水を赤くするというところまでが実験内容だったが、ここでは魔力がアルカリ性かどうかは別にどっちでもいいのでわざわざそこまではしない。
というかフェノールフタレイン液って手に入るのかな?
「最大の懸念点は、魔力がフラスコに入っているかどうかを確認することだったのですが……これは問題なさそうですな」
「そうだね」
何せ目視できるのだ。
フラスコが白い靄で満たされていればそれでいい。
「あとはフラスコ内への集め方ですが、これもポーションを沸騰させて上方置換すれば大丈夫そうですな」
なんのことはない。
これも中学理科の範疇だ。
軽い魔力の性質を利用して集めることができる。
楽な実験で目的を達成できるというのはかなり幸運と言えるだろう。
ちなみに、ポーションとは魔力を回復できる薬のことだ。
前世だとマナポーションとでも言うのだろうか?
傷などの治療ができるポーションというものは今のところ確認できていない。
仮説ではポーションは魔力が多く溶けた水なのではないかということだった。
この実験で、ポーションを蒸発させたときに何も残らなければ、ポーションが魔力の溶けた水であるという可能性が高くなる。
まさにこの実験は一石二鳥のものだった。
「無事上手くいきましたな」
機嫌良さそうにヴィクターが言う。
僕も頗る機嫌が良い。
「これで、魔力の性質が分かりましたな」
「予想通り、水に溶けやすく、軽いってことだったね」
「まさしく大発見ですな」
今まで全然分かってこなかったことが、魔力が見えるというだけで分かるようになったのだ。
魔力視様様だ
「人間の魔力についても大分推測が立てられそうですな」
「水に親和性があるということは、血や汗とか体液に魔力が含まれているってことだよね?」
「おそらくそうなりますな」
「ということは魔力を循環させるイメージっていうのは大分合ってるんじゃないかってことになるよね」
「血を巡らせるようにという風に習いますからな。案外本能で分かっていたのかもしれませんぞ」
今言ったように、体内の魔力を操作するときには、血を巡らせるようにだとか、循環させてとかのイメージを持って行う。
体液に魔力が含まれていて、それを操作して魔法を発動させているという可能性が高くなった今、そのイメージはどうやら正しかったということになりそうなのだった。
「そういえば」
ヴィクターが何かに気付いたように声を上げる。
「魔力量を測れそうとは思いませんか?」
「え?」
魔力量を測れる?
俺の魔力は53万だとかそういうことを言えるようになる……!?
「殿下、空気中以外の靄の見え方は周りにうっすらとかかっている状態でしたね?」
「うん、今回のことでそれが水分を含む物質っていうことが分かったけど、その周りの靄は濃くなっているよ」
「その周りの靄の厚みは測れそうですか?」
なるほど、ものによって厚みが違うなら、それを目測である程度の数値化はできるのでないかということか。
もちろんそれを考えなかったわけではない。
だが、大きな障害があった。
「うーん、靄の濃さは水分を出しているものから遠ざかるほど薄くなっているから境界が曖昧なんだよね……」
そう、どこまでを測っていいのかが分からないという問題があったのだ。
靄の境目が分からなければ、測定をするときに誤差が大きすぎる。
それが測定を不可能にしていたのだ。
「ふむ、やはりそうですか」
しかし、ヴィクターにとってそれは想定内のことだったようだ。
それが当然だと言わんばかりの口調で続けてくる。
「さすがに当てにはしていませんでしたが、目測が無理となると、今度は違う方法を試すことになりますな。ですが、今我々はヒントを得たところです。お気づきになられませんかな?」
「あ……!」
そうか、今した実験は何のためのものだったのか。
「水に溶ける割合で魔力量が分かる……?」
「おそらくそうなのではないかと思いますぞ。殿下の話では靄の厚みや濃さが違うということから、その物質が放つ水分量だけではなく、水に含まれる魔力の量も違うのではないかという可能性を考えたわけです」
その魔力の量が一定量の水にどれだけ溶けるかによって魔力量を測れるのではないかということか。
これならできそうだという希望が湧いてくる。
「もちろん、どうやって同じ量の魔力を取り出すかなどの問題はありますが、全く不可能というわけではありますまい。時間はかかるでしょうが、今後取り組むべき課題と致しましょう」
魔力の量が数値化できれば、色んな話が飛躍的に進んでいくだろう。
それを考えれば、少しの手間ぐらいなんだという気持ちになった。
それに、込める魔力の量が分かれば魔法を使えるようになるかもしれない。
淡い期待も僕の気分を一層上げてくれた。
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