第十五話「今際の言葉」

 あれから僕は粘り続け、衛兵が辿り着いたことでなんとか襲撃者を捕縛することができた。

 しかし──


「セーラ! しっかりしてくれ!」


 セーラは既に虫の息だった。


「ニコラ様……」


 セーラが声を絞り出す。

 その声音が、終わりが近いことをはっきりと示していた。


 ──ギリッ

 弱々しく震えるセーラの手を握りながら歯を食いしばる。

 後悔が次々と浮かんでくる。

 相手の魔法を落とす技を使えていたら。

 もっと早く使えるようになって救援を呼びに行けたら。

 できもしなかった妄想ばかりが頭の中を支配していく。


「ごめん……」


 辛うじて口に出せた言葉がこれだけだった。

 セーラは困ったように微笑む。

 そして上を見つめながら口を開いた。


「これではニコラ様が立派な玉座に座るところを見る夢は叶いそうにありませんね」


 どこかふざけた口調のその言葉に、僕は耐えられなくなる。


「セーラまで失ってなんで帝を目指さないといけないんだよ……」


 元々そこまで執着のなかったものをなんでこんなになってまで目指さないといけないのか。


「それでも、やはり立派な帝になってくださいと言いましょう」


 優しく諭すようにセーラは言う。

 今まで我慢してきたものが爆発した。


「どうして!」


 思わず叫ぶ。


「既に二人失った! 今もセーラを失おうとしている! まだ敵は何かしてくるはずだ。僕はもうこれ以上誰も失いたくない……」


 涙が零れてくる。

 僕が物心つく前からずっと使えてくれたセーラが今死のうとしている。

 それを僕は見ていることしかできない。

 決して恋愛感情があったとまでは思わない。

 でも大事な人であることには変わりなかった。

 そんな人を失ってまで手に入れるものは、そこまで素晴らしいものなんだろうか?

 また誰かを失うのが怖い。


「だからこそです」


 セーラはまたも諭すように言う。


「既に誰かを失った者は強いのです。だからこそ誰をも守る人となってください。ニコラ様はそうなれる人です」

「そんな残酷なことを頼むの……?」


 そうだ、これ以上残酷なことがあるだろうか。

 守り切ることは不可能に近い。

 同じトラウマを刻みながら、ボロボロになりながら人々を守り続けろということだ。

 しかし、セーラはええと笑う。


「何が幸せかは分かりません。ですが、ニコラ様は自分の足で歩こうとされる強いお方です。ならば、帝にならずに生かすも殺すも自由の身にされてしまうよりも帝になって先頭に立たれることの方が幸せになれるとは思いませんか?」


 誰かに命を預けるな。自分で道を切り開け。

 そう言われたような気がした。

 結局セーラは僕のことを考えて帝になれと言い続けていたということなのか。

 セーラは血を吐きながら絞り出す。


「だからやはり何度でも私はこう言います。立派な帝になってください」


 これが最後に聞いた言葉だった。

 笑みを浮かべて固まったセーラの顔を、僕の涙がさらに冷やした。

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