2・《幕間》藤野
(藤野のお話です)
エレベーターを降りて宮本と別れる。このフロアにある部は第一営業部と第二営業部だけ。エリアは隣り合っていて仕切りもない。目の端で宮本を追っていると彼女は真っ直ぐに高橋のデスクに向かった。そのまま楽しそうに話している。
と、高橋がこちらを見た。宮本に向けるのとはまるで違う顔だ。俺に気づいた宮本は笑顔を浮かべて手を振ってくれる。
可愛い。
仕事モードとのギャップがありすぎる。
木崎の元に向かう。電話中だ。見たところデスク周りにカフェのカップも紙袋もない。きっと差し入れだったのだろう。木崎は自分だけでなく他人にも厳しいが、能力を認めている相手のことは尊重し、相応の対応をする。
その中には宮本も含まれるはずなのだが……。
木崎がスマホを置いた。
俺は手近の椅子を引っ張ってきて、ヤツのそばに座る。ラッキーなことに周りには誰もいない。
「藤野か」と木崎。「なんでゆっくりして来ねえの?」
「アレ」と高橋を示す。「元々高橋に頼まれて行ったんだよ」
宮本が外回りに出ると帰りにフラペチーノを頼まれること。そのために高橋がギフトを送っていることを説明する。
「いい手だよ。戻った宮本が必ず自分の元に寄る」
「やっぱ、あいつは宮本狙いだな」
そう言った木崎は宮本と高橋をじっと見ている。
「だろうな。俺は高橋に警戒されている」
「あんな年下に負けるなよ」
「ああ。今のところ、男として意識されてなさ加減は引き分けだ」
ぶふっと吹き出す木崎。
「レベル低すぎ」
「宮本が強敵すぎるんだよ。今日も頑張ったんだぞ? でも良い飯屋があるって誘ったら『そこで同期会をしよう』と言われ、落ち着いた恋愛をしたいと遠回しに匂わせたら『応援してる』って励まされた」
「さすが宮本。相変わらず鉄壁の鈍さだな。中学生の恋愛かよ」
木崎は楽しそうな顔をしている。こいつは俺が話す宮本の鈍感ネタが好きだ。
「それより藤野。メッセージを見てないのか?」
「メッセージ?」スマホを取り出す。「何も来てない」
「あれ」と木崎が自分のそれを見る。「悪い、送れてなかった」
ヤツが画面をタップする。間を置いて、俺の画面にメッセージが現れる。『水族館は宮本になった』
「は? 何で?」
「先方の希望と配慮」
そう言った木崎の視線が第二のほうに動く。見ると宮本が第一部長と話している。と、部長が彼女の肩を肩を叩いた。
「彼女も今、聞いたな。さっきは知らなかった」
宮本が嬉しそうな顔をしている。
「担当がお前じゃないなら、やりたいと言ってたよ」
「俺だって宮本じゃ、やだね」
宮本がこちらに、いや木崎に気づいた。俺が手を振ると俺を見て笑顔で振り返してくれる。
「たまには木崎も手を振ったら?」
「何でだよ」
「一緒に仕事をしたかったんだろ」
「曲解するな。結果的に代打が宮本で助かったと言っただけだ。組みたいとは言ってない」
確かに言ってはいない。だが内心はそう思っていたはずだ。
宮本との仕事が楽しかったんだろ? 楽しくて別れ難かったんだろ? 違うのか?
じゃなければ何で、普段は節制しているラーメンに彼女を誘う。時間潰しにバッティングセンター? おかしいじゃないか。
『宮本にクズの元カレがいた』と俺に知らせたときの、不機嫌な表情はなんだ? さっきだって高橋と楽しそうに喋る宮本を、面白くなさそうな顔で見ていたくせに。
それをこいつに告げても、どうせ否定するに決まっているけど。
鈍いのはお前もだと教えてやりたい。
俺の分が悪くなるから、言わないが。このまま、自分が宮本を意識していると気づかないでくれるに越したことはない。
木崎と宮本はライバルで犬猿の仲。
ずっとそう思い込み、その関係でいてくれ。
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