第20話:トロピカルパラダイス!6
「たたんさま?」
メルトがきょとんとした顔で復唱する。
ジュレとジャムは顔を見合わせ、『こっち』
手招きをした。
ビターたちは捕まっていた原っぱを移動し、その奥にある森へ来ていた。
夜の森は鬱蒼としていて不気味さを醸し出している。木の陰から何が飛び出してきてもおかしくない。メルトは木と木の隙間を凝視するように警戒して歩く。
何かよくわからない生き物の鳴き声も聞こえる。
湿った暑さから暗闇から夜のジャングルを歩いていると、自分たちがそこそこな冒険をしているんだと実感する。
「うはっ、口の中に小虫が入った!」
「しーっ。エルフたちに見つかったらマズいだろ。虫なんて食っとけ」
「けっこう歩きますね……一体どこまで自分たちを連れてく気だか」
しばらく森の中を歩いていると、先に歩いていたジュレとジャムが立ち止まった。
「ついた」
「ここ。もくてきち」
「……! これは」
辿り着いたその先。
そこには神殿があった。
分厚い長方形に整えられた大きな石版を幾重にも積み重ねており、設置された階段は罅割れもなく豪華な造りになっている。
神殿の前には左右に火を灯す台が立っていて、両脇の炎に照らされる神殿は幻想的なものに見えた。
「これがたたんさまのしんでん」
「あぁ、さっき言ってた……神様だったのか」
「ちがう」
ビターの発言を、弟のジュレが訂正する。
「たたんさま、かみさまじゃない」
「は? じゃあ、どうしてこんな立派な神殿に奉られてるんだよ」
「それ、いまからせつめいする」
兄のジュレはそう言うと真剣な面持ちになって語りだした。
「たたんさま、しまにきたの、さんねんまえだった……」
たどたどしい言葉遣いで話す双子のエルフたちの話を要約するとこうだった。
数十年前、
それと同時に島のフルーツを無断で持ち帰る者が多くなり、更に時が進むと、あるだけのフルーツを強奪する集団まで現れた。
住人のエルフたちは島に訪れる大陸の者たちに不信感と不快感を覚え、いつしか大陸の者たちと争う、小さな戦争状態にまで発展してしまった。
「そんな過去が……」
「島のエルフたちが余所者に排他的なのもそういう理由があったわけっすね」
メルトとおっさんが個々に頷く。
ジャムとジュレは説明を続ける。
「でも、そのせんそうもおわった」
「たたんさまがあらわれたから」
争いが最も酷くなったのは三年前。
エルフも大陸の者からも多くの怪我人が出た。島の果樹も争いに巻き込まれ枯れ果ててしまった。
このままキリのない戦いを続ければ、先に島のフルーツが絶滅してしまう。エルフたちは困り果ててしまった。
その時、突然巨大な竜巻が現れた。
竜巻は大きくうねり、大陸の者たちだけを巻き込むと、島の外の大陸まで吹き飛ばしてしまった。
それ以来、あの時の巨大な竜巻を恐れ、フルーツアイランドのフルーツを奪いに来る者はいなくなった。
何年にも渡る醜い争いに終止符が打たれたのだ。
エルフたちは竜巻を『神風』と呼び大いに喜んだ。
「もしかして、その竜巻を起こしたのが……」
ビターが訪ねると、双子たちは同時に重く頷いた。
「たたんさま、たつまきおこした」
「あらそい、しゅうそくさせた」
三年前、争いが終息すると、島に竜巻を起こしたのは自分だと名乗る者が現れる。それがタタンだった。
タタンが島に訪れると、エルフたちは自分たちを救った救世主だと、タタンを崇め奉った。その扱いは神に対するものに等しく、フルーツを山ほど献上し、更には神殿まで用意した。
それ以来、タタンは一月に一度神殿に置いてあるフルーツを受け取りにこの島へ訪れるという。
「救世主であるタタンとやらに献上する為に、お前たちや島の奴らが食う分のフルーツがなくなっているってことか」
「うん」
「そう」
「恩人とはいえ、本末転倒みたいな話ですね……」
フィナンシェが重そうな瞼を瞬かせ、うーんと唸る。
せっかく余所者から奪われなくなったフルーツは、別の余所者によって奪われていることになっている。それが「奪う」ではなく「献上」というエルフの気持ちが違うだけで。
「やってることが同じに感じるんだよなぁ……」
話を聞いて、ビターはそのタタンという奴がいまいち信用出来ない奴だと感じてしまう。
「それだけじゃない」
「われら、きいてしまった」
ジャムとジュレが交互に言う。
「しんでんで、たたんさま」
「ひとりきり、だれかとはなしてた」
「神殿で一人きり? どうやって誰かと会話するんだよ?」
ビターはクエスチョンマークを頭に浮かべる。当たり前だが会話は一人では出来ない。独り言なら別だが。
「あ、」とフィナンシェが何かを思いついたように呟いた。
「通信ってことですか?」
「通信?」
「遠隔操作。つまり、遠くにいる相手とも連絡がとれる方法です。その方、何か持っていませんでしたか?」
「あ」
「すいしょう? みたいな、もってた」
「高度な魔法なので、余程魔法に長けた者以外は魔法アイテムを使うのが主です。そのアイテムすら、とてもレアなので、国の上位機関など立場のある者でないと手に入らない」
「……それで、タタンは何を話していたんだ?」
なんとなくだが、嫌な予感がする。
ジャムとジュレは恐ろしいものを思いだすように顔を青くしてその時の状況を説明した。
献上されるフルーツを受け取りにタタンが島へ訪れたその日の夜。ジャムとジュレはほんの好奇心からタタンの神殿まで歩いていった。
あれほどの貰ったフルーツをどうするのか気になってしょうがなかったからだ。
「ぜんぶ、ひとり、たべるのかな?」
「だれかにおすそわけかも?」
二人で楽しく予想しながら、もう誰もいないだろう神殿まで辿り着くと、そこには一つの物影があった。
そこにいたのはタタンだった。
満月に照らされ、月光の淡い光からタタンの表情が微かに見える。
その顔は不気味に笑っていた。
「わらってる?」
「……もっと、ちかく、いこう」
二人はタタンに気づかれないよう、小さい身体を木陰に隠しながらひっそりと近づいた。距離を詰めると、タタンが何か喋っていることがわかった。
耳を澄まし、息を殺す。声が先程より鮮明に聞こえてきた。
「……ええ、上手くいっております。島の者たちは完全に私を救世主だと崇め奉っている。誰も貴方様の手下だと疑っておりません」
(手下……?)
(なんのこと?)
「このフルーツをもっと巻き上げ利用すれば、より計画への一歩が近づく」
(ふるーつをつかって)
(なにかする?)
「偉大なる魔女様の計画は順調に進んでいます。世界破滅も時間の問題でしょう」
三日月のように割れた大きな口から、鋭い歯がギラリと月光を浴びて輝いていた。
二人が話し終えると、しばらく皆無言だった。
「その、タタン様って、かなり危ない奴なんじゃないすか?」
沈黙を最初に破ったのはおっさんだった。顔を青くして小刻みに震えている。
「世界破滅とか、スケールデカすぎてついていけねぇっすわ……」
「魔法アイテムと所持と“魔女”という通信相手……」
フィナンシェが短い前足を組み再び唸る。
「ただ者じゃないって感じがビンビンするわね」
メルトがごくりと生唾を飲んだ。
ビターは黙ってもう一度神殿を見た。
今、自分たちが立っているここは、本当はとんでもない奴が祭られている場所かもしれない。そう思うと何とも居心地が悪かった。
安全地帯から急に危険地帯になった時の裏切られたような気持ち悪さ。
「……まぁ、最初から信用してなかったけど」
「たたんさま、なにかたくらんでる」
「おねがい。たたんさま、たおして!」
ジャムとジュレは互いを抱き締めながら潤んだ瞳でビターたちにお願いした。
タタンは献上されたフルーツを誰かへ譲渡している。
そして、それを使って何かをしようと企んでいる。
タタンの台詞からすると、それは世界破滅というもので……
「いや、戦いたくねぇーッ!!」
シリアスな雰囲気をぶち壊すようにビターは叫んだ。
「世界破滅とか言ってる相手だぞ! 絶対ヤバい奴じゃん。裏の世界の住人じゃん! いくら俺でも喧嘩の相手は選ぶぞッ。ていうか、お前らエルフだって超強い種族なんだろ!?」
「われわれ、かぜまほうつかうが」
「ちいさなたつまきおこすくらい。こうげき、よわし」
「いや、俺は竜巻にすら勝てる気がしないのだが!!」
「落ち着きなさいよビター!」
メルトがビターの頬をつねる。
「あんた
「ふぉふぉーひはっへへぇ(フォローになってねぇ)」つままれたまま言い返すが誰もビターの抵抗なんて気にかけていない。
そのうち、ビターを省き、四人と一匹は丸く輪になって作戦会議を開始した。
「とにかく、悪い奴はやっつけないと!」
「どうやって倒します?」
「いやしかし、島のエルフたちから見たら、倒した自分らが反逆者と扱われるかもしれやせん」
「大丈夫、ビターなら上手くやってくれるわ!」
「やんきーつよい」
「やんきー、たくす」
「って全部俺に丸投げだし!!」
ビターはずっこけそうになった。
自分のいないところで、自分が主体で戦う作戦会議が絶賛進行中。
「お前らはいいよなぁ! 俺にまかせるだけで戦わなくて済むんだから!」
文句をぶつぶつ言うビターを、「どうぞどうぞリーダー」とおっさんとメルトが間を空ける。
ずかずかと輪の中に入って胡座をかくと、ビターはジャムとジュレに聞いた。
「だいたい、倒すって言ったって、タタンがどういう奴なのかも知らないし。特徴とかねーの?」
ビターに聞かれ、双子たちは首を傾げる。傾ける角度もタイミングも見事シンクロしている。
「とくちょう?」
「とくちょう……あ」
ジャムが夜空を指差した。
「あんなかんじ」
空に何かあるのか。
そう思って夜空を見ると、立派な満月と瞬く星の中に、黒い影が飛行しているのを発見する。
黒い影は翼をはためかせ、夜空を何周か飛び回っている。
上を向いたまま、ビターは口をあんぐり開けた。
「飛んでるって、タタンって人間じゃないのかよ!!」
「見て! しかもこっちに来るみたい!」
メルトが黒い影を指差して慌てる。
飛んでいた黒い影はこちらへ向けて飛行し、神殿の頂上付近に着地した。
バサバサと羽ばたく翼の風が、下にいるビターたちにまで届く。
「島のエルフでない輩がいると思えば、人間じゃないか!」
そう言い放つ声は、地獄の底から沸き上がってくるような重厚で威圧的なものだった。
「たたんさま!」
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