第21話:トロピカルパラダイス!7

ジュレが声を発した相手の名を叫んだ。

「!? あれが」

「タタンだと!?」


「如何にも。私がタタンである」


「まんまドラゴンじゃねーか!!」

ビターは上空から舞い降りた刺客を見て叫んだ。

羽ばたくだけで強風を起こしそうな巨大な双翼に蛇のような鱗の生えた腹、鳥のような脚には止まった対象を抉りそうなほど鋭い爪。胸の部分には紫色の水晶が埋め込まれている。

どこからどう見ても、ドラゴンにしか見えなかった。

「ドラゴンって架空の生物じゃなかったのね」

メルトが呆けたように言う。

「デカい」

「五メートルくらいあるんじゃないですかね……」

おっさんもフィナンシェも同じように口をあんぐりと開けているが、ビターだけはすぐに別の反応を示す。

「おい、お前! 救世主とか言われといて裏で何か企んでんだろ!?

一体何をするつもりだ!! 」

ジュレとジャムの話なら、こいつが世界破滅を企み、自分たちが倒そうと言っている相手なのである。


「んん?」


ギロリと瞳孔の開いた目でビターを捉える。

その動作だけで気の弱い者なら腰を抜かしているだろう。しかし、ビターは負けない。

「島の人を利用して、悪いこと企んでんだろ!? 世界破滅だか知らんが、そんなこと俺らがさせねー!」

威勢よく叫ぶが本当はめちゃくちゃ怖い。喧嘩は腐るほどしてきたが、伝説の生き物に啖呵を切ったことはない。ビターは内心震えていた。

「ほほう、あの会話を聞いている者がいたか」

タタンの瞳が三日月のように笑う。瞳が紅いことから紅色の三日月が光っているようで不気味だ。


「私は偉大なる魔女様のしもべ。あの方の望み、世界を破滅させるには多くのエネルギー源が必要だ。この島のフルーツはそれを多く含んでいる。これを利用しない手はないのだよ」


ハッハッハ! 不敵に笑うタタン。


「要するに、これまで貰っているフルーツは悪いことをするエネルギーに変換されてるってこと?」

「果物をどうやって悪用してるだか知らねーが、それが本当ならかなりのエネルギー源が供給されてるってことじゃねぇか!」

「ひぇ……」

メルトとビターの推測を聞き、おっさんが小さく悲鳴を漏らす。

「どうやら島の問題だけではなさそうですね」

反対にフィナンシェは冷静に状況を分析した。


「島の命運だの世界の命運だの関係ねぇ……」


ビターは拳を握り締める。


「フルーツをスイーツ以外の目的で使うんじゃねエエェェッ!!」


ビターは神殿を駆け登り、頂上で澄ますタタンの顔面に拳を目掛けた。

「貴様!? この私に楯突くつもりか!!」

「スイーツを汚す奴は誰だろうと許さねェ!!」


拳がタタンの顔面に迫った時、


ピーーーーッ!!!!


タタンが笛のような鳴き声を出した。

その鳴き声は夜の森を吹き抜け、島全体まで響き渡る。


「しまった」

「けいしょーだ」


双子たちが焦ったように言う。

どうやら今のは島のエルフたちへの警鐘だったらしい。


神殿の周りにある森が明るくなる。明るさの原因は炎だった。

松明を持ったエルフたちがもう集まってきたのだ。

「ナニゴトダ!?」

「シンデンノホウカラ、キコエタ!!」

数十人のエルフたちが神殿までやってきた。その手には迎撃用の弓矢や槍などが持たれている。

「! オマエタチハッ」

エルフの長らしき白い長い髭の老人エルフが細い目を皿のように開く。

「ニゲダシタオモエバ、シンデンマデ、シンニュウスルトハ!」

「違う! 俺たちはあいつが悪いことを企んでいるからやっつけようと」

「そうよ! 貴方たち、タタンに騙されてるのっ!!」

「タタンサマヲキズツケルナ!!

オロカモノ! 」

必死に弁解するも、タタンに危害を加えようとしたとみなされ、武器を持ったエルフたちに囲まれてしまう。

タタンはいつの間にか姿を消していた。エルフたちを呼んだ際に逃げたのだろう。

「卑怯ものがッ!」

「ひぃぃ」「離しなさい無礼者!」「前足と後ろ足で分けて縛るのやめてぇ」他の三人も必死に抵抗しているが、捕まるのは時間の問題だ。

「おい、ジュレとジャム! お前ら俺たちと一緒にいただろ。こいつらに説明してくれ!!」

ビターが少し離れた場所にいる二人に声をかける。


しかし、二人の反応はビターたちの望むものとはうって違うものだった。


「われら、しんにゅうしゃつかまえた」

「あやしいとおもってうたがってた」


「はぁ!?」

「ええっ!?」


思わぬ二人の言葉に全員が驚愕の表情を浮かべた。

突然の裏切りに台詞が出てこない。

それを聞いたエルフたちは双子の言うことを信じきっている。

「ヨクヤッタ」

「ショケイハ、ワレワレニマカセロ」


処刑? 今処刑って言わなかったか。


「おい、ジュレとジャム! どうしちまったんだよッ」

「タタンに操られているの!? お願い助けて!」

しかし、ビターやメルトの必死の叫びも双子には届かない。

ジュレとジャムは冷たい声で言った。

「はやく」

「つれてけ」

ビターたちは再びエルフたちの手によって捕まってしまった。




どんなことがあっても朝は必ずやってくる。

騒動があった翌朝、ビターたちは朝日に照らされ目を覚ました。

もちろん、牢屋の中で。


「うぅ、最悪の朝……」


牢屋は島にある岩の山を半ばまで登ったところにある。

登り道は狭くて足場が悪く、少しでも踏み外したら地上へ真っ逆さまだ。脱走を許さないため、この立地に牢屋をこしらえたのだろう。

昨夜誰も転落せずに済んだのが奇跡みたいだ。


にしても、捕まってしまい、処刑が迫っていることに違いはない。


最悪の目覚めだった。

檻の中にも簡易的な窓は設けられており、そこから陽の光は浴びられる。これで昼夜確認しろってことだろうか。

牢屋の中のためか、身体を縛っていた蔓はなくなっていた。


「朝ごはんは……?」

メルトが淀んだ目で朝食の有無を問いかける。艶のあった紅色の髪も心なしかくすんでいる。

「バナナが置いてありますぜ……」

おっさんは元からくすんでいるから変化なしだが、それでも声に生気がない。

牢屋の外の地面にバナナが置かれていた。

手だけ出せるスペースがあるので、手を這いずり出して朝食をゲット。

「五本ある……メルト、余りはお前がお食べ」

「ありがとう……ううっ」

メルトは泣き出した。

ビターの優しさが沁みたわけでもあるまい。

目の前に処刑という事実が転がっているから、涙が溢れたんだろう。

しかも、今回は助けてくれる双子もいない。

というか、あいつらは元から味方ではなかった。

完全に敵のテリトリーに入ってしまったビターたちに、成せる術はない。


バナナにかぶりつく。

こんな時でも腹はへる。バナナが無駄に美味いのが更にビターたちを腹立たせる。


「くそッ。だからって易々と処刑されてたまるかよ!!」

「そうですぜ! 自分たちはフルーツを食べに来ただけなんですから。殺されるなんてごめんですわ!」

「大丈夫ですメルト様。きっと助かる方法はあります」


フィナンシェが短い前足でメルトの頭を撫でる。


メルトも泣くのを堪えた。

嗚咽が混じっているが、その目は先程と違って死んでいない。


皆が諦めていないから、自分も諦めない。そんな意思のある強い瞳だ。

こいつは強い子なんだ。

我が儘でだらしないところもあるが、根は踏ん張りがきく芯のあるお姫様。


そんなメルトを見ていたら、ビターも闘志がみなぎってきた。

「よし! こうなったら絶対生き延びてやる!! 誰も処刑なんてさせねー!!」

ビターが言うと、他の三人も頷いた。

「そうですぜッ。自分も億万長者になるまで死ぬつもりはありやせん」

「皆で力をあわせれば打開策はあります」

「絶対に諦めないわ! 助かってみせる」

「よーし肩組むぞ肩!」


三人と一匹は円陣を組む。


「俺たちは全員無事でこの島から脱出する!!」

『おーッ!!』


円陣で盛り上がっている中、メルトがビターたちに言う。


「でもタタン討伐はどうするの?

あの子たち本当に困っているように見えたけど 」

「あの双子は自分たちを裏切ったんですぜ! 敵に塩おくる必要なんてありやせん」

おっさんの言葉にビターも頷く。

「でも」とフィナンシェが口を開く。

「自分たちが帰ったら誰があの子たちを助けてくれるんでしょう……」

ビターには、メルトやフィナンシェの言葉も胸にひっかかる。


裏切られたとはいえ、タタンを恐れる姿は本物だったと思う。

助けたいという気持ちがゼロになったわけではない。


かといって今の自分たちは処刑待ちで為す術もなくて。


「どうすりゃいいんだよ……」


その時、牢屋の向こうから足音が聞こえた。


「お前らは……!」


外を見るとそこにはジュレとジャムが立っていた。

「げんき?」

「おなかすいてない?」

「腹もクソもあるか!! テメーら裏切りやがって!」

「そうよッ。今さら何の用よ!」


ビターとメルトが犬歯をむき出しにして双子につっかかる。

助けたい気持ちはあるとはいえ、裏切られたことへの怒りは忘れない。

それはそれ、これはこれ。ビターたちは盛大に怒る。


二人はビクッと肩を震わせながらも頭を下げた。


「ごめん」

「こうしないと、はなしできないとおもった」


「アァ?」


何を言っているかわからない。

「よる、あのままわれらつかまったら」

「“さくせん”むりだった」

「作戦?」

ビターが双子を睨む。威圧的な眼光が二人を貫くように向けられる。その迫力に二人は肩を強張らせたまま。


「ビターさん、まあまあ」

そこでフィナンシェが宥めるように仲裁に入った。

重そうな目蓋をパチパチとさせ、怯える二人に優しく問いかける。


「何か作戦があったから、あの場では裏切るふりをしたってことですか?」


「うん」

「そう」


ジュレとジャムは頷く。


「だったら最初からそう言えよ」

あんちゃんが言わせなかったんでしょうが」

「アァ?」

「ひいッ。それですよ、それ」


おっさんとビターのやりとりをスルーし、フィナンシェはジュレとジャムに説明を促す。


「われら“さくせん”ある」

「きいてほしい」


「しょけーはじまるころ」

「じっこーしてほしい」


「……んで、その作戦って何だよ?」

ビターが先を促すと、双子たちはある作戦を話し始めた。




処刑日当日になった。

処刑場所は牢屋のある岩の山の頂上。

この山頂から真下の地面へ突き落とされる。

地面の底は深く真っ暗で何も見えない。

当然だがこの高さからなら、どんな落ち方をしても即死だ。

原始的なこの島の住人らしい、野蛮で残酷な処刑方だった。


ビターたちは今、処刑が実行される頂上の崖の先端部に立たされている。

あとは後ろから背中を押されるだけ。まさに死の直前だった。

「うぉぉ、落ちたくねぇ……」

後ろには島のエルフたちがずらりと並んでいる。

フルーツの仮面を着けているため、その顔がどういう表情なのか伺うことは出来ない。

順番として、一番凶暴と見なされたビターが最初の処刑者となった。

「カクゴ」

長老らしき髭の生えたエルフがそう言うと、ビターの後ろに立つエルフがビターの背中を押した。


ビターは山頂から突き落とされた。


エルフたちは続いてメルト、フィナンシェ、おっさんの順番に突き落としていった。

三人と一匹の姿は遥か下に消えていった。


「処刑ご苦労様であった」


ビターたち全員を処刑し終えると、空からタタンが舞い降りた。

「タタンサマ!!」

長老が膝をついて恭しく挨拶をする。他のエルフたちも頭を垂れる。

「タダイマ、シンニュウシャノショケイ、カンリョウシマシタ」

「うむ。よくやった」

「アナタサマヲジャマスルモノ、イマセン」

「ああ、そうだな……」


タタンはそう言うと口から竜巻を近くに立っていたエルフに向けて吐き出した。エルフは竜巻を受け、遠くまで吹き飛ばされた。


「お前たちを片付ければ、な」


タタンは鋭い歯を見せるように口をつりあげ、笑った。


「馬鹿な奴等だ! 私を疑っている輩を殺してしまうなんて!!」


タタンは次々と竜巻を放つ。

エルフたちは吹き飛ばされ、果実の実る木々はへし折られていく。

「タタンサマ!?」

長老のエルフが信じられないような顔でタタンを見る。

その右腕は竜巻を喰らい負傷している。

「ドウシタ!? ナゼワレワレ、コウゲキスル!!」

悲痛な叫びにタタンは答える。

「愉快なものを見せてくれた礼にひとつ教えてやろう。私はこの島の救世主などではない」

タタンは傷付くエルフたちを塵芥でも見るような目で見ると言った。


「私は偉大なる“魔女”様の僕。貴様らを利用していたに過ぎん。そして目的だった材料も整った。もうこの島に価値はない」


タタンは長老に向けて竜巻を放った。

「せめて一発で眠らせてやろう」

螺旋を描く鋭利な風が長老を目掛けて襲う。



「させるかーッ!」



ドォーンッ!!


竜巻は何もない地面に直撃した。

地面は風の衝撃を受け深く抉れる。


「キサマ、ナゼ!?」


瀕死の長老を抱えていたのは処刑されたはずのビターだった。

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