第16話:トロピカルパラダイス!2
「あの時メロンを食ったんだが、ありゃ世界一甘いメロンだったな~」
「ホント!?」
「ああ、お嬢ちゃんたちも食った方がいいぞ」
「……その話はいいんだけどさ」
船乗りのおっさんと楽しそうに話すメルトにビターは口をはさむ。
口をはさまなずにはいられない出来事が絶賛進行中である。
「船ってこれのことかよォ!?」
ビターの記憶によると、広告に載っていた船は安いながらも立派な船だった筈だ。
しかし、現在ビターたちが乗っている船は、広告のポスターと全然違う、オンボロの船だった。
船というより、ボートだ。オールが付いている。
しかもこのボート、木製のため木が腐りかけてミシミシと悲鳴をあげている。ところどころ穴も空いているし、水が入ってくる。
「当然のように俺がオール持ってるし……」
「いや~、さすがに一人はキツいんで、へぇ」
「こんなので島まで行けるのか?」
向こうまで見渡しても島なんてものは何も見えない。
遥か彼方遠い島まで人力。気の滅入る労働にビターはため息を吐いた。
オールをこぐ腕に力が入らなくなってくる。自分はどれくらいこいでいただろう?
それなのに島は一向に見えない。
「……なんで、こんな目に、俺がァ~……!」
疲労が募る上に理不尽な労働に対する苛立ちも募ってくる。
頭に血管の筋が浮くビターを見てメルトは冷や汗をかいた。
「ま、まあまあビター。そうイライラしないの」
メルトがどうどう、とビターの背中を擦っていると、後ろから凄いスピードで迫ってくる船が一隻。
「オイ見ろよ! あのダサいボート!!」
「うわボロっ。超ダセェ!」
ブーン、とすぐに隣にまで追い付き、船から顔を出した若者たちがこちらを見て冷やかしの言葉を投げる。
「つーか変なおっさんとガキとリーゼントとロバが乗ってる!」
「珍道中かよ! ウケる! お先に~」
若者たちは好き放題言うとあっという間に姿を消していった。立派な船だった。
「ありゃぁ、風の力を使って動く船ですぜ。ウチとは桁違いのランクだ」
感嘆のため息をつくおっさん。
「めちゃくちゃ笑われてたな」
「そりゃぁ、自分らの船を見たらどんな奴らだって笑いまさぁ」
ケラケラとおっさんが笑う。いや、おっさんやってること詐欺だから。広告と大分違うし。犯罪だから。
プツーン。
何かが切れる音がした。
ビターの血管ではない。それは隣に座っているメルトのものだった。
「ちょっとジジイィィィ!! はやくあのデカい船追い越しなさいよ……ていうか、よくも恥をかかせてくれたわねぇぇェ!!」
「ふぁっ!?」
メルトがぶちギレた。
姫として高貴に生きてきた分、侮辱に対する耐性がついていなかったのだろう。
おっさんの胸ぐらを掴みブンブンと揺さぶり、泣く子も黙る般若のような面で捲し立てる。
「オラァ! 海に放り出されたくなかったら全力でこぎなゴルァ!!」
「ひぃぃ……っ」
おっさんは恐怖で震えながら必死に船をこぐ。
「メルト様、どうどう」
先程のメルトの立場がフィナンシェに移行する。
なんだか最近自分よりもヤンキーっぽくなってきたメルトを見て、ビターは「俺の教育が悪いのか」と頭を抱えた。
おっさんの必死な労働あってか、島の一部が見えてきた。
「やっと着きそうだぜ!」
「よっしゃ! とっとと降ろせー!」
「いや、今降ろしたら海の中ですよ、メルト様」
島に到着するということで、全員が浮き足だっていた。
ビターとおっさんは過酷な運動の解放から。
メルトとフィナンシェは島に着くという純粋な好奇心から。
それぞれが浮かれていた。
故に、気づかなかった。
船に空いた穴が広がっていることに。
ずん、と船が傾いたような気がした。
「あれ? なんかお嬢ちゃんの方が傾いてねえかい?」
「おいメルト! あれほどつまみ食いはやめろって言っただろ!」
「失礼ね! してないわよ。それにそんなすぐ太るわけないじゃない!」
「じゃあ、どうしてこんなに傾いているんでしょうか……?」
全員が同じことを考えただろう。
信じたくない。そうであってほしくない。
この考えが間違えであってほしい。
誰も床を見ようとしない。恐らく、現実を受け入れるのが怖いのだろう。
しかし、現実は甘くない。船はどんどん沈んでいく。
そう、沈んでいく。
「ぎゃああ! 穴! 穴が空いてるぅぅぅ!!」
「なななな何か、塞ぐものッ!!」
「それより中に入った水を出した方が良いです!」
「とにかく島まで一気にこいじまわねーとッ!」
おりゃあぁぁあ!!
ビターは死ぬ気でオールを回した。死ぬ気でやらないと死ぬ。
しかし、その努力も虚しく、船は瞬く間に沈んでいった。
「どうしよ、私、泳げない」
「自分も、ロバなので……」
遠くでメルトやフィナンシェの叫びが聞こえる。
何かわーわーと言っているが、次第にその声は小さくなっていく。
泳ぐことが出来るビターですらも、海の中央に投げ出されては為す術なしだ。
ビターの意識もだんだんと海の底に沈んでいった。
こうしてビターたちの冒険は海の藻屑と共に消えていくのであった……ーー
なんてことはなく。
幸運にもビターは助かった。
目が覚めると、ビターは砂浜に打ち上げられていた。
「うぅ、助かった、のか……?」
隣にはメルトとフィナンシェも倒れていた。不幸中の幸いか皆同じ場所に打ち上げられたということだ。
意識が戻ったばかりでまだ脳が覚醒していない。
ぼーっとする頭を働かせメルトとフィナンシェの生存を確認する。
「メルト、フィナンシェ、大丈夫か? 生きてるか?」
「な、なんとか……」
「うえ、海水いっぱい飲んだ……」
よかった。二人とも無事だ。
とりあえず一安心。
「おっさんがいないような気がするが、あの人なら無事だろう」
何の根拠もないが、あの人はこんなことで死なない気がする。
きっと何処かに流れ着いて元気によろしくやっているだろう。
「それより、ここは何処だ?」
周囲を見渡す。
ビターたちが寝転がっている砂浜は出発した港町の砂浜とは微妙に違うものだった。
「別の町の砂浜に打ち上げられたのか?」
「ビター、奥の方に森がある!」
メルトが指を差す。
そこには生命力溢れる濃い緑の木々が鬱蒼と生えたジャングルがあった。
「! 見てください! 樹木に果物がたくさんなっています」
フィナンシェが叫ぶ。
樹木に目をやると、確かに様々な果実がたわわに実っていた。
バナナは勿論、リンゴにモモ、メロンまで。よくわからない奇妙な形のフルーツまで実っている。
「こんなにいろいろなフルーツが実ってるなんて」
「ああ、すげぇ……」
ビターとメルトは感嘆のため息を吐く。
「というか、ここって」
フィナンシェが目の前の果実の楽園を見て呟く。
「フルーツアイランドじゃないですか!?」
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