第15話:トロピカルパラダイス!

「ビター」

「……なんだ」

「すぐ近くって言ったわよね」

「おー……」

ビターとメルトはパルフェール図書館を出ると、すぐ近くにあるだろう常夏の楽園・フルーツアイランドを目指して歩いていた。


図書館を出て半日。

すっかり日が暮れて夜になってしまったが、フルーツアイランドへ行く船着き場はおろか、周辺には草木や岩ばかりで看板も町も一向に見えない。


「地図ではすぐ南に位置してたんだが、やっぱ実際は距離あるな」

「ああいうのは地形を省略して書いてあるのよ。地図では指ひとつまみ分の距離が半日分くらいあったりするの」

「無知め」毒々しく舌打ちするメルト。態度の悪さが自分に似てきた気がする。一国の姫にただならぬ悪影響を及ぼしている。


「って言ってもお前は歩いてねーじゃねぇか」


メルトは足を一切動かさず優雅に座っている。

何故ならその下にはロバ。

フィナンシェがメルトを乗せて移動してくれているからだ。

「お前ばっかり楽しやがって」

「しょうがないじゃない。あんたじゃ重すぎるし、私ぐらいのサイズが乗るのにピッタリなんだから」

「ハア、ハア……」

「俺も馬買おっかな~」

「ちょっと、船も乗れるか怪しいのに馬なんて買うお金がどこにあるのよっ」

「ハア、ハア……」

「お前は歩いてないからそんなこと言えるけどな、俺半日歩きっぱなしなんだぞ!?」

「そのくらいでへばるなんて軟弱千万だわ!」

「なにをー!!」


「ハア、ハア……」


「「……」」二人して黙る。

先程から会話をする度に間を挟むようにして聞こえてくる息切れ。

それはメルトの下の方から聞こえてきた。

視線を下へやるとそこには息切れを起こし目を白黒させるフィナンシェ。冷や汗だか脂汗だかが尋常じゃなく流れている。


「フィナンシェ!? どうしたの?」

「夏の暑さにやられたか!?」


メルトとビターはフィナンシェに声をかけるがフィナンシェは呼び掛けに応じずうわ言のように言う。

「自分は大丈夫、これは軽い、軽い……重くない……重くない」

「……」

メルトは押し黙る。目が据わっている。

ビターも何と言っていいのか分からず無言のまま。二人の中に沈黙が走る。


だって何と言えばいい?


そりゃあれだけスイーツ食えばな。

歩いてなければな。

自業自得だよな。

今すぐ痩せろ?


「フルーツはヘルシーだし、ダイエットにはちょうど良いんじゃないか?」

「……」

「奇跡的に次の目的地はフルーツの楽園だ」

「……」

「とりあえず、そこまで歩こうな」

「……うん」


傷心中の姫君にビターは柄にもなく優しく声をかけた。

女の子だもん。そりゃへこむよな。



ほどなくして船着き場のある港町に到着した。

海に近いためか風が強く、建っている建物も所々錆びていて寂れた感じがする。

しかし、反対に魚を売る漁業の人や南国チックの服を売るお姉さんは明るく陽気で、その明るさが寂れた港町を活気付けていた。


古き良き港町。華やかよりも親しみやすさのある、そんな町だった。


「えーっと、船、船……」


目的の船を目指して船着き場を探すビターたち。

海に面している所をなぞって歩いていくと、

「あ、あった!!」

メルトが指差すところには何台もの立派な船がぷかぷかと海に浮いていた。

頬に当たる風もいっそう強くなり、磯の香りがツンと鼻を刺激する。

「よし、さっそくチケットを買おう」

近くにチケット売り場らしき建物があったので入る。

中にいた店主が「いらっしゃい」と迎えてくれた。

「フルーツアイランド行きの船のチケット三枚」

「あい。三十万キャンディーね」

「三十万!?」

あまりにゼロの桁の多さにビターは驚愕してしまう。

「高すぎないか!?」

「そりゃあ伝説の島だからね。それなりの報酬を払って貰わないと」

店主はその金額がさも当然のように言ってのける。ぼったくっているだろ、とは言えずビターたちは一旦チケット売り場を出た。


「どうする? 高すぎて俺ら一人も乗船できねーぞ」

「情けないわね。貧乏ったらありゃしない」

「お前が実家から協力金貰ってればことはスムーズに進んだんだがな」

「ビター様、それを言っちゃおしまいですよ」


船着き場で三人円くなって相談をする。

「もういっそ泳いでいくか?」

「自分泳げませんよ」

「いや、泳げる泳げないの問題じゃないでしょ……」

「じゃあどうしろってんだよ! つーか高すぎだろフザけてんのかッ」

「それを三人で考えんでしょうが! そうよ、絶対ぼってるわよッ」

「ちょ、お二方声が耳に響きます」


三人寄れば文殊の知恵というが、出てくるのは生産性のない愚痴ばかりだ。話が一向に進む気がしない。


「どうすっかなー……」


ビターが地面にひっくり返るように寝転がる。砂の混じった石がゴツゴツ固くて背中が痛い。

磯の匂いが生温い風と共に鼻に入ってくる。

「磯くせぇ」なんてぼんやり考えていたら顔に白い紙が貼り付いてきた。


「うわっぷ、何だ?」


顔から引き剥がすとその紙は船の宣伝が書かれていた。

せっかくなので目を通してみると、驚くことに、その船の値段は激安。

まさに今自分たちが求めていたものだった。

「ビビビビ、ビター! これって……!」

「ああ、まさに」

「出先に船ねっ」

「わたりに船です。メルト様」


三人で輪をつくりぐるぐる回る。

しかしビターはもう一度広告を見て渋い顔をした。

「でも怪しくないか? 一人三千キャンディーって」

船にしては破格すぎる。これは何か問題があるかもしれない。

美味しい話には絶対裏がある。全てを疑ってかかれ。ビターはそうやってスラムで育ってきた。

これは野生の勘ではなく経験則だ。すぐにのっかからない方がいい。

「え? もうチケット買ってきたわよ」

メルトがおんぼろの紙切れを三枚持っているのを見てビターはずっこけた。

「ええええ買っちゃったのぉぉお!?」

「だってこのおじさんフルーツアイランドの常連なんですって」

メルトが言うと隣にはいかにも胡散臭い顔つきをしたおっさんが立っていた。日焼けした黒い肌、真っ黒なサングラスは頭にかけ、逞しい腕がそれっぽく見える。

だが、ニヤニヤと笑う細い瞳としまりのない口元が信用性を大幅に下げている。

「いやぁ、あそこのスイカは旨かったなぁ~」なんて本人は気にした様子もなさそうだが、ビターは不信感でいっぱいだった。


「ほらほらっ。二人とも行きましょ!」

乗れる船が見つかったため、メルトはご機嫌だ。

もう頭はフルーツのことでいっぱいである。

「……」

「……行きましょうか」

「……そうだな」

ビターとフィナンシェはしばらく無言だったが、諦めメルトに続いて船を目指した。

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