第6話

 ルイが見ている青年の名は塔矢。

 彼は閉ざされたドアの前に立っている。

 持っているのは、仕事で使っているバインダーと2冊のノート。


 ——もうすぐ2冊めを書き終わる。3冊めはなんの色にしようか。


 書かれているのは、日々のたわいない出来事や思い浮かぶもの。書きだしたのは遠のいたクリスマスイヴ、幼馴染みの綾音が倒れしばらく経ってからのことだ。その時のことは昨日のことのように覚えている。

 昼休みの終わりを告げるチャイムの音と笑っていた綾音。塔矢が席に着いた直後、女生徒が悲鳴を上げた。

 綾音が倒れている。

 生徒達のざわめきの中、それは塔矢にとって信じ難い光景ものだった。


 綾音が目を覚まさないまま過ぎた長い日々。彼女は現在いま、病室で眠り続けている。彼女を生かすのは人口呼吸器と点滴。綾音が何故倒れたのか、彼女の命をおびやかした原因ものが何かは今もわからない。わかっていることはひとつ、彼女の体は今も生きようとしていることだ。


 綾音がいなくなった日々。

 塔矢が始めたのはノートに書き込むことと勉強だった。勉強嫌いだった塔矢が学ぶことに徹したのには理由がある。 


 綾音と約束したクリスマスイヴ。

 彼女から聞くはずだったことを聞くために。


 歳を重ねていく中で、綾音が何を伝えたかったのかわかるようになった。

 幼馴染み。

 その関係は家族のように近く、好きや嫌いというくくりでは描き切れない。気がつけば近くにいて、あたりまえのように話し笑っていた。隠し事も嘘もない、思ったことを話せ時には喧嘩だって出来た繋がり。

 学生時代の塔矢には、その延長となる繋がりが想像出来なかったし、考える必要はなかったように思う。綾音はいつだって彼のそばにいたのだから。


「……あの噂」


 ドアに触れながら塔矢は呟いた。

 綾音から聞いていた公園にいる幽霊。

 この噂を、数ヶ月前から再び聞くようになった。

 馬鹿げている。誰が何を言おうと、あれは嘘でしかないというのに。だが……


「なんだったのかな、これ」


 塔矢の手がポケットを探り、取り出したのは指でつまめる小さなビニール袋。

 入っているのは真っ白な砂。

 数日前、塔矢の手の上に落ちて砂になった羽根だったもの。


 羽根に触れたその日の夜、塔矢は夢を見た。

 漆黒の闇の中、ひとりベンチに座っている綾音の夢を。彼女が着ているのは真っ白なコートとワインカラーのセーター。綾音が言っていた幽霊と同じ服装だった。


「綾音はここで眠っている。俺が医者になったのは、綾音を目覚めさせるためだ」


 息を吸い込み、塔矢はゆっくりとドアを開けた。

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