第5話

 水晶の中に見える漆黒の世界。

 映されているのは、ベンチにひとり座り続ける人影。

 白い翼を持つ男の子の目が水晶から離れ、背後に立つ少女に向けられた。


「レナ、人間界の時間どれくらい過ぎたかわかる?」

「さぁ、まだ気にしてるの? お兄様が時を止めてしまった人間ひとのことを。ルイったら」


 ルイと呼ばれた男の子がコクリとうなづいた。


「神様は地球を、宇宙そらを愛している。人間や動物……慈しみ幸せを願う中、神様は時々意地悪を思いつくんだ。幸せの裏にある悲しみを知らせるために。喜びの裏にある怒りを忘れさせないために。兄さんは神様に命じられるまま、人間界に降りて意地悪を繰り返してる。運命を変えてしまうんだよ。時には……命を奪ってまで」

「私地球が大好きよ。ずっと綺麗な星だったらいいなって思う。ルイにだけ教えてあげる、私はいつか人間になってみたいの。人間になって、美味しいものを食べたり空を見上げたり。それからね? 恋をしてみたいんだ」

「理想はある? レナを幸せに出来るのは……どんな人なんだろ」

「そんなことわかんない。なれたらいいなってだけで理想がどうとか考えてないもの」

「そっか」


 ルイの目が再び水晶に流れ落ちる。

 ひとつわかることは、人間界は夜の闇の中。

 彼女はひとり想い続けてるだろうか。

 想い、待ち続けて……


「本当なら、彼女の魂は眠り生まれ変わりを待つはずだった。ボクは彼女を助けたいと思ったんだ。兄さんと神様にバレないようこっそりと。ボクは思うんだ、勇気を出すことは生きる力に繋がるって。生きる力はきっと……奇跡を呼ぶから」


 過去を巡るルイの記憶。

 兄は目をつけた人間を時間をかけて観察する。綾音という少女も観察の対象になった。兄は何度ルイに語ったことだろう。綾音が秘める純粋さとひとつだけのまっすぐな想いを。


『ルイ、彼女の死は彼女が愛する者達に深い悲しみを呼ぶだろう。家族、友人、大切な者。悲しみはいつか思い出になり、新しい未来を引き寄せていく。天使、悪魔、死神……どう呼ばれようとも、僕は与えられた仕事に誇りを持つ。幸せと喜びだけが命を生かす訳じゃない。神様が愛する者達。彼らが生きることに足掻き続ける限り、僕の誇りは汚されはしない』


 綾音の命を奪う。

 兄が決めたのは、人間界にあるクリスマスイヴという日。彼女にとって、かけがえのないものになるはずだった。


 綾音の姉に、ルイがかけ続けた暗示。

 綾音と塔矢、ふたりが知る公園には幽霊がいるのだと。


 ルイは信じた。

 姉の話に惹かれ綾音が動き出すことを。

 ルイは告げた。

『君、勇気を出しなよ』と。


 綾音に暗示をかけてもよかった。ルイがそうしなかったのは、綾音を操ることに抵抗を感じたからだ。綾音には、自分の意志で動いてほしかった。何故なら……


「レナはわかるかな、どうしてボクが彼女を助けたいと思ったか」

「そんなこと、いきなり聞かれても」


 ルイの心を弾ませるときめき。

 勇気を出そう。

 自分の声に導かれ、勇気を出した彼女のように。


「彼女がレナにそっくりだから。幸せになってほしいと思ったんだ。ボクは思うんだ、いつかボクが……レナを幸せにしたいって」

「なっ‼︎ いきなり何を言いだすの? ルイの馬鹿っ‼︎」


 顔を赤らめるレナを前にルイは微笑む。

 淡い光に照らされ、光輝くレナの白い翼。

 いつかの未来、成長しレナを守っていけるなら。


「……だけど今は」


 水晶の中に見える人影。

 それは、白衣を纏うひとりの青年だった。

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