第4話
窓から見える空と賑やかな昼休みの教室。
明日からの冬休み、クラスメイト達はどう過ごすのか。
クリスマスイヴの今日、塔矢と向かう公園。
絶望と奇跡を起こす始まり。
奇妙な声が告げたものが何なのか。わからないまま今日を迎えた。
教室の真ん中で塔矢は笑っている。彼を囲う男の子達も楽しそうだ。
明日から何が変わっていくのだろう。
塔矢に向けられる目が幼馴染みのままなのか……それとも。
交差する期待と怖さ。
それでも、決めた。
勇気を出すんだって。
——私が着ていくもの、塔矢は笑うかな? 今どきの服とは違うって。だけど……お母さんの想いがお父さんに届いた日に着てたもの。真っ白なコートとワインカラーのセーター。少しだけならいいよね? 特別な日、少しだけ大人びた私になっても。これから何度も迎えるイヴが、塔矢と私の特別な宝物になるよう願いながら。
小さな頃、母親から聞かされていた父親との思い出話。その中で印象に残っていた母親の姿。
母親にお願いした。
クリスマスイヴに着させてほしいと。
塔矢に会うとは言えず、クラスメイトとのクリスマス会だと嘘をついて。
そういえば……と綾音は思う。
姉から聞かされた幽霊の噂話。
幽霊は若い女性で、着ているのは真っ白なコートとワインカラーのセーター。ベンチに座って、通り過ぎる人達を見てる。姉が言っていたのはそれだけなのに、何故思ったのだろう。
幽霊は、大切な人との約束を果たしたいのだと。
「綾音、学校から出てすぐに行くか?」
男の子に囲まれたまま、塔矢が問いかける。綾音より先に答えたのは男の子達のざわめきだった。
「なんだよ塔矢、俺達を出し抜きやがって」
ざわめきに混じりだした女の子達の話し声。戸惑いと恥ずかしさが綾音を包み込む。
「お前ら、ふたりで何処に行くつもりだ?」
「公園。俺達が行くからってなんで騒ぐんだ?」
「塔矢は馬鹿か? 今日が何の日かわかってる?」
「クリスマスだろ? それがなんだよ」
天然なのか鈍すぎるのか。
ざわめきが落胆と呆れに包まれる中、授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「綾音、どうする?」
「先に家に帰りたいの。……いいかな?」
塔矢がうなづいたのを見て、綾音が席に向かおうとした時だった。パリンッと音を立てた窓と綾音を止めた強い力。
見えない何かが綾音の体を締めつけていく。
『やぁ、お嬢さん。僕は人には見えない
体の痺れと息苦しさ。
綾音に見えるのは、動きを止めた塔矢とクラスメイト達。教室を包む静けさの中、鼓動が早まっていくのを感じた。
『心配しなくていい、君の意識が途絶えたら、彼らは動き出すから。驚くだろうな……親しい友達が倒れたまま目を覚さなければ。君はどうなるだろうね? 死んでしまうかなぁ、死んだあとは……眠り続けるだけか。長い時の果て、生まれ変わる時までね』
——死ぬ? 眠る?
あの声が告げたこと……塔矢と引き離されるって、私が……死ん……
気がつくと、私はここにいた。
クリスマスイヴ、塔矢と約束した公園に。着ているのは真っ白なコートとワインカラーのセーター。塔矢と来た時にはなかったはずのベンチが私を捕え離さなかった。
あの日、見知らぬ何かに捕まってから過ぎた長い時。私に出来ることは、塔矢の幸せと果たされなかった約束を想い願うこと。そして……幸せだった日々を繰り返し思い返すこと。
私を包む夜の闇。
暑さも寒さも感じられない体の中、塔矢への想いだけが私を温めて続けている。
見上げた漆黒の空、浮かぶのは白い羽根の残像と私に話しかけてきた声。
——クリスマスイヴ……それは君の、絶望と奇跡を起こす始まりの日だ。
勇気を出した私を待っていたのは絶望だけ。幽霊になった私になんの奇跡が待ってるというのか。せめて、幽霊の噂が広まって塔矢の耳に届いたら。それで塔矢が来てくれたら会えるのに。私が塔矢に見えなくても……それでも
また……会えるのに。
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