第2話
「宮廷魔導士団団長様がどうしてこんなことを…」
アリスは恐怖心を押し殺すように質問を投げかける。
何とかここから逃げ出すために魔法を行使する時間を稼ごうとしてアリスは気づいた。
『ここでは魔法が使えない』
魔法を使うためには魔力とイメージする力が必要だ。しかしどうやら四肢につながれている鎖は魔力の流れを妨害する性質を持っているらしく、今のアリスは見た目通りのただのか弱い少女でしかなかった。
「あー、どうして…か……。簡単に言うと君に実験体になってもらいたいんだよ」
「じっけん…たい……」
「そう。これは極秘の話なんだがこの国はいま帝国との関係がすこぶる悪い状態にあるんだ。いつ戦争になってもおかしくはないほどにね。でもそうなると人がたくさん死ぬでしょ?だから圧倒的な強さを誇る生物兵器を作ってこちら側の犠牲を減らそうと考えたんだ」
アリスには言っていることがわからなかった。いつ戦争になってもおかしくないなんて父からはそんな様子みじんも感じたことがないし、犠牲を減らすために人を実験体にして生物兵器を作ろうとするなんて理解することができなかった。
「この国には剣聖がいるじゃないですか。彼に任せれば戦争でも犠牲を最小限にできるじゃないですか…」
「確かに剣聖は強い。世界中の人間の中でおそらく最強だろう。しかし剣聖は複数の場所に同時に存在できない。剣聖がいないところが穴となりそこにいる人間の多くが犠牲となる。それに敵には賢者がいる。普通に戦ったらどちらの国も無事で済むはずがない。だからこそ、切り札となる存在が必要なのだ。私が作る生物兵器は複数の場所で同時に戦え、そして剣聖と並ぶこの国の最高戦力となる」
「っでも!どうしてその実験体が私である必要があるんです⁉公爵家である私をさらうなんてすぐに捜索が始まるにきまってるじゃないですか!わざわざ自分の立場が危うくなる危険を冒してまで私を実験体に選ぶ理由は……」
アリスの言う通りわざわざ公爵家の人間をさらう必要なんて普通は無い。この国では奴隷制度が認められているし、奴隷には人権が認められていないのでそっちを実験体として使うほうがリスクは少なかった。
「確かに君の言う通り普通の実験なら奴隷を使えば済む話だ。しかし今回私は魔物を蘇らせようとしているのだよ」
魔物は1000年前に存在したといわれる今は絶滅したはずの生物で、その時代に生きる人間の恐怖の象徴だったものだ。魔物は人を食らい、殺し、そしていたぶる、そんな悪魔のようなものと一般には知られており、人に手なずけれるようなものだと思えなかった。
「そんなもの蘇らしたところで人に従うわけ……」
「当然だが魔物をそのまま蘇らせるわけがないだろ。正確には魔物の力を持つ人間を作る実験だ。魔物の力を取り込む方法は簡単で魔物の一部を体内に取り込むことでその力の一端を得られる」
そういってヘルリックは胸ポケットから小瓶に入った青い液体を取り出す。
「これは魔物の血液を私が魔法で複製したものだ。これを体内に取り込むとその人物は人の身でありながら魔物の力が使えるようになる。しかし普通の人間がこれを取り込むと知性のない化け物になってしまうのだ。これでは生物兵器を作ることなんて一生かかってもできない。そんな時目に入ったのが君と君の母親だった。君たちの体の中にはエルフの血が入っている。魔物が絶滅した時期とほぼ同時期に姿を消したエルフならば魔物と何か関係があるのではないか。そしてそんなエルフの血を持つ君たちならば魔物の血を取り込んでももしかしたら平気なのではないか…と、まぁ長々と語ったがそんなことを思ったわけだよ」
ヘルリックがやっていることは立派な犯罪だ。すぐに騎士団が見つけ出して助けてくれる。だからそれまでの間なんとか時間を稼ごうとアリスは考えを巡らせる。
「あぁ、そういえば君に残念な話をしなくてはいけない。まずどうして君はこんな場所にいるのか理解できてないんじゃないか?多分だがどこかで記憶が飛んでいるだろ。それは睡眠剤の副作用で記憶に障害が起こっているんだ。あぁ、別にそれ以外の効果はないからあんまり気にしなくていいよ。それよりも何があったのか君には話しておいたほうがいいと思ってね。君に助けなんて来ないということを教えておこうと思ってね」
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