第1話

「……ス様……リス様…アリス様早く起きて下さい。今日は王女様のデビュタントの日ですよ」


 冬木奏もといアリス・アルビレオはメイドのオフィーリアに起こされて目を覚ました。


 今日はこの国の王女様が初めて正式に社交界にデビューする日であり、当然公爵家であり王女様の時期夫となるアリスの弟デュークがいるアルビレオ家にも出席するように声がかかったのだ。


 この国では15歳からが成人であり、16歳のアリスは既に成人を迎えているのである程度社交界での掟やルールなどは理解しているつもりだ。


 その中で遅刻というものは絶対にしては行けないもので、それをしてしまえば周囲の貴族連中に舐められてしまうということを分かっていたので無理やり重い体を起こした。


「オフィーリア……急いで支度しますよ」

「承知いたしました」


 この国で使われている言葉は地球で使われていたどんな言葉とも違う独自のものでこの世界に転生してきてから新たに言葉を覚えなけれならなくなって苦労したのは今となってはアリスにとっていい思い出だ。


 オフィーリアに髪の手入れや化粧をして貰いながらアリスはこの世界に転生してきてからの16年間を振り返っていた。


 まさか私がこんなに普通に育つなんてね。


 アリスは前世でのこともあり最初こそ人間不信に陥って誰のことも信用しないようにしていたが時が経つにつれ前世での恨みや復讐心など綺麗に消え去り今ではこのグラン王国の公爵令嬢として立派に成長していた。


 そしてアリスがこの世界に来てまず最初に驚いたことは魔法があるというものだった。


 物語の魔法というものは詠唱が必要だったり杖が必要だったりするが、この世界ではそんなものは必要なく本人の魔力量とどれだけ明確なイメージできるかが強い魔法を使う上でよ重要な要素だった。


 アリスは前世で物理学科だったこともあり原子や分子の動きなども理解しているので細かいところまでイメージすることが出来た。


 そのおかげもあってか魔力量は平凡だが魔法使いとして既にこの国では名前を知らないものが居ないほど有名になっていた。


「アリス様の髪って本当に綺麗ですよね。サラサラで色も神秘的で。同じ女として羨ましいです」


 オフィーリアの言葉を受けてアリスは自分の髪の毛に触れてみる。


 そこには光の反射によっては銀色にも見える綺麗なプラチナブロンドの髪があった。


 これはどうやら母親譲りのものでこの国でも珍しい髪色だということでアリスも気に入っていた。


「でもそういうオフィーリアの髪も私は好きですよ」


 オフィーリアの髪は炎のように情熱的な赤い色をしていた。


 地球と違いこの世界ではごく普通に赤や青、緑と言った髪色が見られるので赤い髪というのは別に珍しい訳では無い。


 しかししっかりと手入れされているからかオフィーリアの髪はとてもサラサラでいい匂いがしている。


 そんなオフィーリアの髪が好きだという言葉に嘘はなかった。


「ありがとうございます!アリス様」


 嬉しそうに微笑みながらお礼を言うオフィーリアはとても可愛らしく同じ女のアリスですら一瞬見惚れてしまいそうになった。


「!?

 そっ、そうだ!オフィーリア、今日の予定をまとめてもらえる?」

「承知しました。まずは用意が出来ましたら朝食を、その後馬車での移動のため私共が荷運びをしておきますのですぐに移動を開始できます。そうすればちょうど王都には夕方頃に到着すると思われますので舞踏会にすぐに参加出来ますよ」


 オフィーリアの説明を聞くと本当に彼女には頭が上がらないなとアリスは感じていた。


 普通の貴族ならばもしかしたらこんなことを感じることは無いのかもしれない。しかし、アリスは日本人としての記憶があるため一方的に何かをしてもらうことには未だに慣れなかった。


「でもどうしてお父様は今回の舞踏会に限って当日移動にしたのでしょうか。今までは何らかのアクシデントが起きた時のために前日移動をしていましたのに」

「それは私共も聞かされていないのでなんとも」


 今までとは違う父の行動パターンに違和感を覚えながらも気にしても仕方ないと気持ちを切替える。


 朝食を摂るために食卓に向かうと既に家族全員勢揃いしていた。


「おっ、ようやく準備できたか。よし、今日は家族全員で一緒に朝食をとろうか」


 そんな風に声をかけたのはアリスの父であり、この国の公爵でもあるアベル・アルビレオ、そしてその隣に立っているきれいな女性がアリスの母リンネ・アルビレオだった。


「たしかに家族全員でご飯というのは久しぶりかもしれないわね。アベルはいつもひとり夜遅くにご飯を食べていましたからね」

「うぐっ、それは仕事のせいなんだし許してくれよ」

「あら、それはあなたが仕事を貯めていたからでは?」


 そんな感じのいつものやり取りを見ながらアリスは自分の席に着く。


 家族全員が席に着くと食事が運ばれてきた。


「いただきます」


 そうして運ばれてきたものを食べ始めるとアリスは何やら視線を向けられていることに気づいた。


「デューク?どうかした?」

「いや、そういえばいつも言ってるそのいただきますってどういうことなのかなって気になって」

「あー、ほら、私たちの食事って他の生物から命をいただいてるわけじゃん?だからやっぱり感謝の気持ちを忘れたらダメだなぁと」

「なるほど、じゃあ僕もやってみようかな。……いただきます」


 そんなこんなで食事を終えて馬車に乗り込んだ…………はずだった。


 気がついたらアリスは真っ暗な檻の中にいた。手足は鎖で繋がれているようで、身動きが取れないようになっていた。


「ここは……どこ……」


 檻ということで前世のトラウマを思い出し正常な思考判断ができなくなっていた。恐怖で身動きが取れなくなり、その場で小さく震えることしか出来なかった。


「やぁ、目が覚めたようだね」


 アリスが声のした方に目を向けると檻の前に背の高く、青い長髪を後ろで一つにまとめて、丸いメガネをした知的そうな男が立っていた。


「驚いて声も出ないようだね。それじゃあまずは自己紹介から。僕はヘルリック・スフィア・グリモワール…この国の宮廷魔道士団団長さ」


 そう名乗った男はアリスが今まで見た事ないほど凶悪な笑みを浮かべた。

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