第9話 真鈴の想い

 先程の口論から数時間後。俺と真鈴はそれぞれの時間を過ごしていた。俺は今部屋のベッドに寝転んでいろいろ考え事をしている。

 ここに来てから真鈴との関係は以前よりかは縮まっただろうか。真鈴の可憐な水着姿に惹かれていたのは今となっては良い思い出になっている。

 だが、まだ俺にはやり残したことがあるのだ。海に行く前日、真鈴に内緒で俺はネットでここの穴場スポットを事前に調べていたのだ。それはなんというか、俺だって少しは真鈴を大切に思う気持ちはある。何かと今までも迷惑かけたり俺のわがままを真鈴は聞いてくれていた。だから、その、サプライズ的な・・・・・・口にするのは恥ずかしいがまあ、そういう事だ。

「なあ真鈴」

「はい、どうしました?」

「夜になったらちょっと付き合ってほしい所があるんだけどいいか?」

 もじもじしててもしょうがないしかっこ悪い。なら、ストレートに言ってしまったほうがいいだろうと思い、俺はそのまま伝える事にした。そうした方が怪しまれずに済むと思ったからだ。

「は、はい別にいいですけど」

「ありがと」

 

 数時間後。夕日が落ち完全に真っ暗になった午後八時。数時間前まではあんなにたくさんの観光客で賑わっていたが今は誰もいなく静かな光景を見せている。

 ベランダを出ると心地良い潮風と、程よく波が打つ音が聞こえ少し感性に浸ってしまった。

 思わずうっとりと見惚れてしまうその景色に俺はベランダの手すりに腕を乗せて眺めていた。 

 そんな時だった。

「こんな時間にどうしたのですか?」

「ああ、真鈴か。いやちょっと、外の景色を眺めてて」

「外なんか眺めても面白いですか?」

「面白いって言ったら嘘になるし、面白くないって言ったら嘘になるかな」

「ふふ、なんですかそれ」

 笑われてしまった。なんて言えば分からなかったので少しお茶を濁すような感じで言ったら自分でもよく分からなくなってしまった。

「昼間はあんなにたくさんの人がいたのに今は全くいなくてなんか不思議だな~って」

「確かに。昼間のあの光景が嘘みたいです」

「だな~やっぱりこうして見ると」

「このまま時間が止まればいいのにですね」

 言葉をさえぎられてしまった。

「そ、それってどういう・・・・・・」

「さっきの言葉をどう受け止めるかは伊織君次第ですけど、少なくともいえる事は、私は伊織君の事、特別な人だって思ってますよ。もちろん変な意味で」

 なんだよそれ、そんなのずるいじゃん。そんなこといわれたら誰だって期待しちゃうじゃないか。

「真鈴はさ、いやじゃないの?」

「何をですか?」

「親しくもない男の許嫁になって、俺は真鈴に迷惑かけてばかりで・・・・・・」

 言葉にしたらいくらでも出てくる。自分は真鈴とは釣り合わないんじゃないかと。いつもはそんな事考える暇なんて無いが、こんな雰囲気だから後ろめたさな思いが生まれてしまうのかもしれない。今までだってそうだ。そうやって何かと理由をつけて逃げてきたのは。

「私はそうは思いませんよ」

「え?」

「だって伊織君は私の想像以上に素敵な方だったのですから」

 真鈴はこちらを向き笑みを浮かべた。そういう無邪気で可愛いところが俺は好きなのかもしれない。

 初めて出会った時は体がぶるぶる震えてまともに会話なんて成り立たなかった。

 今こうして普通に会話ができるのも一緒に過ごす中での進歩かもしれない。

 真鈴と出会うまでは、俺なんて無意味で生きている価値が無いと思っていた。特別何かが優れているわけもでもなく、これと言った夢中になれるものもない。第三者から見たらこういう人間をつまらない人生と言うのだろう。まさにその通りだった。

 何を感じることの無く、ただ過ぎ去っていく日々の中で出会ったのだ。真鈴に。自分で自分の感情を閉じ込めていた俺にたくさんの事を教えてくれた。笑う事、喜ぶ事、悲しむ事、真鈴と一緒に過ごしたそんな日々が俺の中でかけがえのない物になっているのだろう。

 今なら伝えられる。誰のものでもない。自分の気持ちを。

だから今真鈴に伝えるんだ。この想いを、自分の正直な気持を。

「あ、あの」

「あ、あの」

 会話の出だしがが真鈴と重なってしまい、口が止まりお互いに目をそらす。

「い、伊織君からどうぞ」

「い、いや、真鈴からお先にどうぞ」

「な、なら私から・・・・・・こんな時でしか言えないですけど、わ、私は伊織君の事・・・・・・す、好きですよ・・・・・・こんな私だからゆっくりとしか進めないですけど・・・・・・これからもわたしのそばにいてくれますか?」

 同い年の女子にこんな事言われたのは初めてだ。いつもの俺なら目を逸らして恥ずかし気な表情を浮かべながらただ下をうつむいていただけだろう。

 でも俺には今、真鈴しか見えていないしこのごに及んでもじもじなんてしていない。真鈴と一緒に過ごした時間、一緒に笑って過ごしたかけがえの無い時間。

 そんな事が脳裏をよぎると不思議と涙がこぼれた。

「ど、どうしたんですか!」

「あ、ごめん・・・・・今までの事を思い出したら急に涙もろくなっちゃって」

真鈴は自分の正直な想いを伝えてくれたんだ。あの顔は嘘ではないだろう。

 俺は腕で溢れた涙を拭き取り真鈴の方へと視線を変える。

 次は俺の番だ。

「お、俺も、真鈴の事が好きだ。こんなヘタレで男らしくない俺だけど、それでも真鈴を想う気持ちは変わらない。だから、これからも真鈴と一緒にいたい」

「そこまで言うなら、私のこと好きですか?」

「う、うん、好き」

「もう一回」

「好き」

「もう一回」

「好き」

「私も」


 その瞬間、俺の唇は彼女に奪われた。ほんの一瞬の出来事だった。これがいわゆる恋の不意打ちなのだろう。瞳の奥には彼女の真っ赤な頬が鮮明に映った。優しく穏やかで、そしてどこか寂しげな口づけだった。そのことを何かの形で残しておきたかったのだろう。少しだけ切なく感じだ。

 数秒経ち、ゆっくりと真鈴の唇から離す。

「えへへ、びっくりしました?」

「そりゃ、突然キスされたら誰だってびっくりするさ」

「私だって勇気出してキスしたんですからね・・・・・・」

「でも俺は嬉しかったよ」

 この場所がでちゃんと自分の想いを伝えるはずが真鈴からも想いを伝えられるとは。正直嬉しかった。同い年の女子にこんな風に想いを伝えられるのが初めてと言うのもあるが、それ以上に真鈴が俺のことを認めてくれているのが嬉しかったのだ。

 一人の女性を愛する事がこれほどまでに尊く、誇りに思う事だと今は思っている。

「えへへ、伊織君がそう言うなら〜またキスしてあげますよ〜」

「そ、そう言うのは、また今度で・・・・・・」

 今なら何度だって伝えられる。

 この想いは変わらない。

 そして・・・・・・好き。

 


 

 

 

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