第8話 最後の最後で

 夜風がふわふわと吹く夏。カーテンがゆらゆらと揺られている部屋のベッドで俺は起床した。

 起床したのはしたのだが、何やら俺以外の気配を感じる。それに何やら体が重い。

 上からのしかかられているかのように思い通りに体を動かす事が出来なかった。

「はあはあ・・・・・・」

 かすかに聞こえる息使いが俺の耳をダイレクトに刺激した。小さいけれど聞き覚えのある声だなと認識をして、血色の良さそうな唇は、少しずつ俺に近づいてくる。

「な、なんだ」

「もっと、もっと・・・・・・」

「ま、真鈴!」

 かすかに聞こえる声に反応して俺は意識を起き上がらせる。

 目を開けて確認して分かった。俺の上にのしかかっていたのは真鈴だったのだ。

「な、なんだ・・・・・・これ。体が、動かない・・・・・・」

「もう、おいたしちゃだめですよ」

 真鈴の顔を見た時、俺はすぐに違和感を覚えた。頬が赤くなっており、話し方も少し変わっているのだ。

 それに、着ている服が完全に乱れている。着ているキャミソールの肩紐がポロリしかけている。それと同時に体全体を覆う柔らかい感触と甘い香りがダイレクトに伝わってくる。

 こ、これは・・・・・・さすがに目のやり場に困るやつだ。俺の中の悪魔と天使が戦っているみたいに目をつぶらないとといけないという思いとそんなもんいいから見ちゃえという思いが戦いを繰り広げている。

 自分の目線から見える真鈴の胸を見た時俺は恥じらいを覚えて目をそらそうとすると逃がすまいと真鈴は首の後ろに手を回して顔を寄せた。

「もっと、触ってください・・・・・・」

「ちょ、ちょっと待て!」

「いやですよ。もう私、我慢の限界です・・・・・・」

「こ、心の準備が」

「そんなもの、私はとっくにできてますよ」

「い、今なんて」

 や、やばい・・・・・・すごくドキドキしている。いつもの真鈴なら自分からこんな事などはしない。

 それなのに今は、こうして俺の上にのしかかっている。こんな事があるのだろうか。現実的に考えてありえない事が起こっているのだ。

「では・・・・・・」

 そう真鈴は小声でつぶやくと、ゆっくりと顔を俺の首筋に近づけてきた。

 そして、次の瞬間、ぺろりと首筋をゆっくりと舐められた。犬が舐めるみたいに豪快ではなく、じれったくあどけないような感じで。

「ひゃ!」

「えへへ、可愛い反応。なら次は唇ですかね」

 ま、まじか! それはそれで嬉しいような嬉しくないような・・・・・・

 己の欲にそのまま従うのなら嬉しいが勝つだろう。でも・・・・・・まだ心の準備が・・・・・・

「ま、待て・・・・・・」

「いやです・・・・・・もっと私を知ってください」

 このままでは、本当に・・・・・・


 その瞬間、目が覚めた。夢の中で出てきた真鈴は妙にリアルだったな。

 まあ、現実であんな事されたら俺もどうにかなっちゃいそうだ。

 舐められた痕跡も無く、少しだけ心の中でほっとした。

 

 キッチンにおもむくとだだっ広いキッチンを使いこなしている様子の真鈴が目に入ってくる。

「おはよう」

「おはようございます。もうすぐでできますので待っててください」

「お、おう」

 さっきまで見た夢と思わず照らし合わせてしまい落ち着かない。

 今の真鈴はいつも通りの真鈴で何も変化はない。

 そわそわしている様子に何か違和感を覚えたのか、一旦火を止め、こちらに近付いてきて口を挟んでくる。

「どうしたのですか? 今日はやけにおとなしいですね」

「おとなしいって・・・・・・俺はいつでもそんな感じだ」

 真鈴は何やら不思議そうな顔を浮かべて首をかしげた。

 俺よりも低い背丈から上目使をする真鈴に俺はますます目線をそらした。

「本当に大丈夫ですか?」

「あ、うん。大丈夫だから・・・・・・」

 さっきまで夢で真鈴に襲われましたなんて言えるわけもなく、それに・・・・・・真鈴の着ているワンピースの胸元が上目使いにより空気が行き、胸元に空気のふくらみができている。

 それによりこちらから胸の谷間が凝視できてしまう。あまり凝視していると真鈴が勘づいてしまう可能性を考慮してあまり見ずに会話に励んでいる。

「何か悩みがあったら私相談に乗りますよ。どんな小さなことでもいいですから」

「そ、そんな事・・・・・・言われても」

「何で言ってくれないのですか? ま、まさか・・・・・・悩みってそんなに恥ずかしいことなのですか?」

「違うわ!」

「だったらどうしてなのですか?」

「そ、それは・・・・・・」

 このまま何も言わずにやり過ごす方がいいのだろうか。でも、このまま何も言わずに言ったら事は淡々と過ぎ去っていくだろう。だが、このままでは俺が負けてしましそうだ。こんな光景、ずっと見ているわけにもいかない。

「そ、その・・・・・・ん」

 俺は何も言わずただ、胸元へ指を指した。言葉にするのは少し恥ずかしかったので指を使い図った。

「ん?・・・・・・」

 指を指した方向に真鈴は視線を向けて数秒固まった。そして俺の言いたい事がt理解できたのか、真鈴は顔を赤くして、腕で自分の胸を隠した。

「み、見てたのですか?」

「見てないって言ったら嘘になる・・・・・・」

「その言い方だと見たのですね?」

「は、はい・・・・・・」

 何か悪い事がバレてしまった時くらいかなり俺の心はかなり罪悪感に満ち溢れていた。少しだけならという己の甘さが今のような状況を引き起こしている。

「もう、言ってくれればいくらでも・・・・・・」

「あれ、なんか言った?」

「な、何でもないです! い、伊織君は私の胸で興奮する変態さんだったのですね!」

「言い方!」

「だってそれは事実じゃないですか!」

「だとしても!」

 こんな討論は数分続き、結局どちらもギブアップとなり引き分けになった。

「こ、こんな討論していてもどうしようも無いって今さら思ってきた」

「で、ですね。こんな事をしていても意味がないです」

 海に来て何でこんな事やっているんだろうと何だか少しおもしろおかしくなってきた。最後にはお互いの顔を見ながらくすくすと笑いが溢れた。

 やっぱり真鈴は笑っている顔の方が似合う。


 それはそうと、今日は海最終日。俺には一つやり残した事がある。

 それを今日実行する日が来たようだ。

 

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