第9話

 先にやって来ていて俺のベッドの傍らに座る久志が、病室入り口でこちらを覗き込む雅美に気付き、「あ、部長、お疲れ様です」と、挨拶をした。高校時代と関係性は全く変わっていないようだ。

 俺も久志の動きにつられて首だけそちらに向け、「おう、久しぶり」と声を掛けると、雅美もそれに答えて「よう、色男たち。特に、高柳、男前が上がったんじゃない?」等と憎まれ口一つは決して忘れずに、病室に入って来た。

「うるせぇよ」

 俺が煽り気味に返事をすると、雅美は酷く可笑しそうに笑いながら、「まぁまぁ、怪我人は落ち着け。怪我に障るわよ」と、更に挑発して来る。

 喋らなければ、そして、その性格を知らなければ、きっとイイ女に違いないのだろうが・・・。

 それでも初見の人物ならば、きっと一目惚れする輩も居るであろうことは、想像に難くない。

 本当に、こいつが男だったら、良い友達付き合いが出来たかもしれないな。再びそんなことを思った。

 そんな俺の思いを知ってか知らずか、雅美は持っていた見舞の花束を久志に渡すと、上着のコートを脱いで、それを今まで花束を抱えていた自らの左腕に掛ける。

 薄いブルーのタイトなタートルネックセーターが、雅美の整った上半身のボディラインを露わにし、俺は目のやり場に困ると同時に、目を逸らすことが却っていやらしい自分の妄想を雅美や久志に気付かれるのではないかという不安な心理で、何処に向かって誰に話せば良いのか分からなくなって、次の言葉が出てこない。室内には三人しか居ないのに・・・。

 バイクで事故り、病院に担ぎ込まれ、入院までして、しかも昨日彼女にフラれたばかりなのに、俺は不謹慎なのだろうか・・・。

 いや、逆にフラれたのだから、別の女性に気を取られても問題無いのか?

 ・・・・・・。

 俺は一体何を考えてるんだっ。

 バカじゃないのか。

 無い無い、雅美は有り得ない・・・。

 ほんの短い間に、俺が、独り、脳内で仕様もない妄想を繰り広げていると、久志が俺を現実世界に呼び戻してくれる。いや、呼び戻された、が正しい。もっと妄想していたいくらい、怪我の痛みも、フラれた心の痛みも忘れてしまいたかった。

「ねぇヒロ、部長から貰った花束だけど、どうしよっか?」

「え、ああ、うん、そうだな・・・」

 訊かれても、花に興味を持ったことの無い俺はどう答えて良いか分からない。すると、雅美が、「ああ、それ、私がやるよ」と、腕にかけていたコートを久志に渡し、それと交換に再び花束を受け取る。

 そこでふと気付く。

「そう言えば、よく花束なんか持ち込めたな?」

「そう、私も知らなかったんだけどさ、最近じゃ、病院に花持ち込むのNGなんだってね。でもね、あんたのこの病室、個室だし、この病棟自体が整形外科病棟だから、今回は良いってさ。私も勉強不足でさ、お見舞いって言ったら、イコール花束みたいなとこ、あるじゃない?私も他人のお見舞いで病院なんて初めてだったしさ。これから先、物書くときも、ちょっと気を付けなくちゃならないわね」

 雅美の口ぶりは、明らかに自分は悪くないということを主張しているように聞こえるのだが、だからといって、言い訳がましいことを言っている風に聞こえる訳ではない。

 何故か彼女の話し方だと、クスッと笑ってしまうのだ。

「ナースステーションに行ったら、花瓶貸してくれるって言ってたから、ちょっと行ってくるわね。けど、花瓶を貸し出してくれるってことは、それなりにお花持って来る見舞客が居るってことよね、未だにさ・・・」

 そう言って病室を出て行く雅美の背中に向かって、俺は「お、おう、ありがとう」と、声を掛けてはみたものの、何故か圧倒的な違和感が、胸の内を支配していた。

 雅美が花を花瓶に?自ら?

 ん?ここは、いつものパターン、そして各々三人のキャラクターからすると、久志が「僕が行ってくるね」と言うべきところで、雅美と俺が病室に残される場面ではないのだろうか?

 なのに、その予想に反して久志は、「うん、じゃ、部長、宜しく」と、あっさり雅美を見送ったのだった。

 確かに、俺は雅美と二人、病室に残されても、何を喋れば良いのかも分からず、その上、久しぶりに会った彼女に、おかしな妄想を抱いてしまうのだから、残されたのが久志と二人というのは、正解と言えば正解なのかも知れない。

 ただ、このちょっとした予想を裏切る展開と、何故だか雅美に異性を感じてしまう自分に気付いてしまい、心がソワソワするというか、モヤモヤするというか、何とも落ち着かない心持になってしまう。

 そんな自分を、先に久志に気取けどられ、何かしらのリアクションを起こされるのは避けたい俺としては、こちらから久志に話し掛けるしかない。

「なぁ、久志、石里って、前からあんなだったか?」

 一瞬、久志が強ばった表情を見せたような気がしたが、直ぐに何とも素っ気なく抑揚のない声で、「何が?」と訊き返して来た。

 俺は訳が分からない。

 何故、久志は怒っている?俺は何か久志の気に障るようなことを言ったか?

 いや、怒っているのかどうかさえ分からない。

 興味が無い?それは有り得るか。

 高校時代、三年間同じ演劇部に所属していた雅美と久志にとっては、俺とは付き合い方も違っただろうし、俺の質問自体がピンとこなかっただけかもしれない。

「何がって、お前・・・。お前らは付き合い長いかも知れんけど、俺にとっちゃあ久しぶりに会ったあいつが、あんなに・・・ええっと、何ていうか・・・」

 俺は探り探りなので、言葉が上手く出てこない。

「なに?ヒロ、部長のこと、変な目で見てる?」

 正解なのだが、久志の棘のあるその言葉に戸惑ってしまう俺は、他の男友達とするような『あいつ、あんなにイイ女だったか?』などとは、笑って言えない雰囲気だ。

 やっぱり怒ってる。ひょっとして、二人は付き合っているのか?それで俺が雅美に色目を使うんじゃないかと、久志は俺を疑って・・・。

 それも違うな・・・。

 どう考えても、久志も俺も、雅美と会うのは高校以来だ。こいつらが付き合っていたとしたら、ほんのここまでの三人での遣り取りもおかしな感じだ。どう考えてもそれは無い。

 だったら・・・。

 あ、久志が雅美にずっと惚れている・・・。高校時代からずっと・・・。それはあるな。

 だとしたら、辻褄が合う。俺が雅美を少しばかりいやらしい目で見たことを咎める気持ちは充分に理解できる。

「いや、悪い。別に、あいつに気がある訳じゃないぞ。お前と張り合いたい訳じゃないから、そこは心配すんな。それに、あいつが俺なんかに興味示す訳ないしな。ははは」

 久志の反応を確かめる為の俺の言葉だったが、更に謎が深まる答えが返って来るとは思ってもいなかった。

「ヒロ、何か勘違いしてる・・・。別に、いいけど・・・」

 そう言った久志は、昨日と同様、今にも泣き出しそうな顔をしているのだ。

 何なんだ、一体・・・。

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