第10話

「借りて来たよっ。中々いい感じの・・・」

 そう言いながら、飛び込むように病室に戻って来た雅美だったが、俺と久志を目の当たりにした瞬間、おかしな空気を感じ取ったようで、言葉の先が萎んでいく。

 それでも彼女なりに何かを察して、このあまり宜しくない雰囲気を変えようとしたのだろう。いきなり可笑しな話題を俺に振ってきた。

「そういえばさ、高柳、あんたさ、私の胸、さっきからいやらしい目で見てるでしょ?なに色気づいちゃってるのよ、このスケベ」

 な、何を言い出すんだ、この女は。当たっているだけに真面に言い返す言葉も無く、それでもそれを認める訳にもいかず、俺は嘘を吐くしかない。

「な、なんで俺がお前なんかに・・・」

 くそっ、まただ。これ以上言葉が出てこない。

 そんな俺の様子が余程可笑しかったのか、雅美は更に笑いながら俺を揶揄うように続ける。

「でも駄目だよ。私も最近気付いたんだけど、私って、結構いい女じゃない?見た目も性格もさ。だからさ、これからはこれを武器にして世の中渡っていくつもりなんだよね。だから、誰のものにもならないんだ、当分は。私の才能と見た目、それに性格、最強じゃない?」

 性格は最悪だろ。残り二つは認めざるを得ないかも知れないが、その性格が、こいつの最大の弱点だ。

 そう言おうとしても、そんなことは上手く言えない。そして、言ったところで、その三倍以上の言葉でおちょくられ、やり込められることは目に見えている。

 しかし、そんな彼女に腹が立つわけではない。おかしな奴だとは思っても、何故か嫌いにはなれないところが、雅美にはある。

 それが何かは分からないが、それがこの「性格」か?

 ・・・・・・そんな馬鹿な・・・・・。

 まぁいい。

 ふと、久志が気になってそちらの様子を伺うと、久志の表情は先ほどより随分と明るくなっており、俺と雅美の遣り取りが面白かったのか、口元には笑みさえ湛えているように見受けられた。

「部長、花瓶、貰いますよ」

「あ、ああ、そうだね」

 久志に声を掛けられ、今迄持ちっぱなしだった花瓶を、今気付いたかのように久志に渡した雅美が、彼女も久志の表情が和らいだのを見て取ったのか、話題を変えて来た。

「ところでさ、高柳、あんたの検査って何時からなのよ?」

「ええっと、お前が昨日予想した通り、午後の一般診療終わってから、四時半か五時頃って言ってたな、確か。その時また声掛けるって」

 俺の言葉を聞きながら、雅美は自分の腕時計に目を遣る。

「ってことは、まだあと二時間以上あるわね。アルコール無しで昔話するには充分だね」

 そう言って、俺のベッドの下に置いてあったらしい丸椅子を引っ張り出して、久志の椅子の隣にセットして、そこに座った。

 久志も花瓶をベッド脇の棚に置いて、向きを整えると、元の自分の椅子に腰掛ける。

「さて、やっと落ち着いたわね。じゃ、何の話する?」

 俺は思わず不用意に笑ってしまって、全身の筋肉に痛みが走る。

「っててて・・・。お前ねぇ、笑わせないでくれよ。何の話って、お前が昔話でもしたいって、そんな言って来たんだからさ、そこはお前が何とかしろよ」

「そう言われれば、そうよね。これは失礼。それじゃあ・・・」

 久志がクスッと笑う。

 俺は身体が痛いながらも、本日初めて雅美に対して一矢を報いることが出来て、それなりに満足だったし、雅美は雅美で、これから始まる自らのワンマントークショーが楽しみで仕方ないといったところだっただろう。

 可笑しな三人の関係は、この時から始まったような気がする・・・。


 結局、その日のMRIでは、肋骨に亀裂骨折が見つかり、身体の痛みもまだ取れずに上手く動くことも出来ない俺は、痛みが或る程度引くまで入院することになった。

 命に別状はないということで、俺の両親は安心したのか、退院の日まで四日間見舞いにも来なかったのだが(治療、入院費の支払いの為、退院の日にはやって来た)、何故だか久志と雅美は毎日午後の一時に来訪し、面会時間の終了時間(午後六時)まで居続けた。

 勿論・・・、加奈子が見舞に訪れることは無かった・・・。多分、俺が入院していることも知らないだろうし・・・。

 それでも旧友(悪友)のお蔭で、俺は随分と気持ちも紛れたし、救われもしたと思う。

 入院期間中、俺が久しぶりに会った雅美に対するちょっと色気の付いた感情も、次第に高校生の頃のように戻っていった。その代わりに、この二人に対しての親近感はどんどん増していき、何故高校時代からもっと深い付き合いをしてこなかったのかという、後悔にも似た気持ちにもさせられた。

 基本的には、俺が全く関わらない話は、多分二人が気を遣って避けていたのだろうが、それでも当時二人から見た俺の話をされて、二人が『そうだった。そんなことが在った』と、意気投合する様子を見ていると、少しばかり嫉妬するような感覚にもなる。

 俺はあまりこいつらを見ていなかったが、こいつらは俺のことをよく見ていたんだな、そう思うと、何だかこそばゆい感じと、恥ずかしさ、そして自分の人を見る目の無い間抜けさがやけに鮮明になるような気がして、二人に対して少し引け目を感じると同時に、これから先は、きっとこの二人と上手く付き合っていきたいという気持ちになっていった。

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