真っ赤な第13話

 夕焼けの帰路を二人で歩く。


 「どうせ私なんかクズも同然の人間なんだ」


 一足先に真っ暗闇にいるような顔をして、三宅涼子は失意に伏していた。


 「いつもあれだけ努力してきたのにあれだけ頑張ってきたのにみんなが遊んでる間

にも寝る間も惜しんでいつもいつもサボらずにやってきたのになんで赤点なんか取っ

ちゃうんだろうバカなのかな私、バカなのかn」


 「はいストッープ!!」


 手を一拍し、僕は彼女の長ったらしい泣き言を断ち切った。


 「くよくよしたって仕方がないよ。まだまだテストはあるし、大学入試の前にしっ

かり転んどいてよかったじゃないか」


 僕は励ましの言葉を絞り出して彼女に届ける。


 が、


 「次まで待てないよ! 大学入試だってこの調子だったら転ぶに決まってる! う

っ、うう…うわああああん」


 「マジか…」


 思わず声が漏れてしまう。


 公園近くで大号泣する彼女は、近くに小さな子供がいようとお構いなしに泣きじゃ

くった。


 こんなこと、思っちゃいけないんだろうけど。


 ただ一言だけ。


 この人…。


 すっごくめんどくせえ!






 「おい」


 悪態のニュアンスをたっぷりと含んだ声が背中に届く。


 昼休み。


 とりあえずテスト期間が終わったので、今日は読書をする目的で立ち寄った図書室

に、とてもこの場所にはそぐわない向坂が、僕を待ちわびていたかのように机の上に

鎮座していた。


 「椅子に座った方がいいよ?」


 「うるせえ!」


 「ほら、図書室では静かに」


 点在する生徒たちの目線が集まり、すぐさま各々の視線に戻る。


 「で、なんか用?」


 僕は全く心当たりがなかった。また無自覚に彼の逆鱗に触れただろうか。


 「お前、忘れてんだろ?」


 「何を?」


 「だーかーら!」


 「ほら、静かに」


 再び声を荒げる向坂を慌ててなだめる。


 「俺のこと、解決するとか言って、すっぽかしてただろ」


 彼はご機嫌斜めに言った。


 「…」


 「なんとか言えよ」


 「ああ、そういえばそうだった」


 結構真面目に、忘れていた。


 本当に申し訳ない。


 「なんだよその反応は!」


 「だから図書室では静かに! お、し、ず、か、に!」


 肩をゆすりながら声を張り上げる向坂の抑揚を、またしても鎮める。


 なんだって僕の周りには…、とため息が出そうになるのをこらえて、とりあえず図

書室の外へと向坂を伴って出た。






 放課後。


 向坂と横に並んで、彼の帰路を歩く。


 「ビビって逃げ出すやつかと思ってた」


 蔑ろにされていたのがよほど腹が立っていたのか、今もこうしてチクチクと言葉の

針を僕に突き刺す向坂。ホームルームが終わって教室を出ると、上田達を警戒しなが

ら僕の手を引き、そのまま昇降口まで引きずり下ろした彼は、今になって言うことで

もないがやはり自己中だ。まあ元はと言えば、約束、みたいなものをすっぽかした僕

が悪いんだけど。


 「女の子の前でかっこつけたかったとはいえ、あれだけ豪語したんだから、役に立

ってもらうぞ」


 ずれてる発言を訂正したくなるが、むきになっていると思われるのもなんだか嫌だ

し。


 彼のお兄さんだ。多分、根は温厚なタイプの人間だろう。親しかったり自分よりも

下だと思う人間には無遠慮で上から目線になりがちな彼のお兄さん。


 「ここがおれんち」


 指さした先には、なんと、それはそれは立派な家が建っていた。


 二階建ての大きな建物で、豪邸と形容するには少しだけ届かないくらいの家だが、

それでも僕の家なんかよりもずっと大きくて豪奢な外観だった。


 「こんなところに住んでるの?」


 「なんか悪いかよ」


 おそらく彼が想定していたリアクションを僕はとっていたようで、彼はどこかバツ

が悪そうに眼をそらす。


 「あら慎次郎ちゃん、いま帰ってきたの? あらまあ、お友達を連れてきちゃって! 私、お菓子なんて用意してないわよ! ああでも、昨日もらいものの羊羹がまだあったかしら、冷たい麦茶と一緒に出しましょうね!」


 玄関をくぐると、これまたこの家の住人にふさわしい風情の女性がパッと現れて、

まくしたてるように僕に歩み寄る。


 「母さん! もういいから!」


 そんな彼女の体を止めて、他の部屋へと押し込むように誘導する。


 「そうかしら。ゆっくりしていってねー」


 部屋へ続くドアへと消えゆく彼のお母さま。


 「あっ、はい! お邪魔します!」


 快活すぎる母親に気取られながら、取り乱す向坂が落ち着くのを待つ。


 しばらく呼吸を整えた後、彼が僕の方へと向き直る。


 「…なんか文句あるかよ?」


 耳を真っ赤にして僕を睨みつけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る