賭けの第6話

 「久々にボーリングしようぜ」


 今日は、夕方までは不幸な出来事がない一日だった。だからと言って幸せな日だと

いうわけではなく、ただただ平坦としていた。でもまあ、レイラの力による浮かれ気

分は持続しているみたいで…。


 上田が、そんな平坦な一日を崩しに来たのは放課後だった。


 ホームルームが終わるや否や、カバンに荷物を詰めて席を立ったのち、早足で椅子

に腰かける僕の方に向かってきた。


 目的は分かっていた。


 彼らにとってのボーリングというのは、ただボーリングを楽しむのではない。自分

たちの小遣いをかけて試合をする、『賭けボーリング』。一試合につき一人千円ずつ

を支払って、一番スコアの高い人間がその中の4割、二番目に高い人間が3割、3番

目は2割、4番目は1割。


 上田はだいたい4人でこれをする。


 それでいて上田は運動神経がよく、ボーリングもまた上手なのだ。調子が悪い日で

も1ゲームに150点以上は取ってしまう。


 メンバーは、上田とその友達、そして俺たちゲスト二人。


 僕以外の、もう一人の標的は僕と同じ、運動が苦手な人間を呼ぶ。上田達が、絶対

に損をしないように。


 千円ずつを集めるわけだから、4人でゲームをすると4000円が集まる。


 先述したように、取り分は、1位は4割で1600円、2位は3割で1200円。

掛け金よりも600円または200円高いから黒字だ。


 対して3位は2割で800円、そして4位は1割で400円。掛け金よりも数字が

低い、赤字。


 上田は、一番実力のある自分と、運動部から連れてきた友人で黒字になる2位まで

を占め、僕らのような標的から金を巻き上げている。


 カツアゲや脅しではなく『賭け』という、いかにも対等であるかのような仕組みを

作り上げ自分たちを正当化している。


発案者はもちろん上田本人。ずる賢さが光る。


「ゲーム代は割り勘だから」と、さも自分らは悪くないといった顔で堂々としている

のはさすがというべきか。


とりあえず僕に拒否権はないので「うん、行こう」と力なく作り笑いを作って誘いに

乗った。


 親や教師の目を忍んで展開される子供だけの狭い世界。


 暴力とルックスの秀でた人間による統治。従うしかないものの不条理。


 レイラの顔を思い出す。


 今日もまた、お世話になるだろうな。


 「俺らのほかにはもう呼んどいたから」


 教室内をきょろきょろと見渡す僕に、彼はご親切に先回りして言った。


 「一人はサッカー部の国木」


 ああ、二組のあいつか。一年生のころからレギュラーで試合に出るくらいだから、

サッカー以外も難なくこなせるんだろうな。


 2位候補はどうでもよかった。僕と、同じ境遇でありながら被害を最小限にするた

めにビリ回避の激闘を繰り広げるのはいったい誰だろう。


 前回のボーリングでは、4組の小野という帰宅部の人間と、激闘を繰り広げ、僕の

方が多く3位になることができたけど、相手によっては、意外と運動神経がいいやつ

が出てくるかもしれない。そうなると、僕は負け続けで不必要な600円たちを失っ

ていくのだろうか。


 「もう一人は…」


 上田が、不敵な笑みを浮かべながらその人物の名前を言いかけた時、ドアが開き、


 「連れてきたぜ~」


 褐色の肌をした、一重瞼の男・国木が軽薄な声で高笑いして、教室に入ってきた。


 その隣には…。


 「あっ…」


 クラスマッチの日、僕に対してはものすごく攻撃的だった同級生、向坂慎次郎が、

サッカー部の国木の右腕に絡められて、媚びるようにへらへらと笑っていた。





 「よっしゃ! 自己ベスト更新!」


 「イエーイ! ナイス!」


 上田と国木が仲良くハイタッチする中、僕たちは空気を読むように不本意な拍手す

る。


 「またお前ら下の順位かよ。ほら」


 紙幣が、硬貨になって返ってくる。


 僕は600円、彼は200円。


 「いや~これでまた彼女に飯おごれるわ。サンキュー」


 国木がこちらの気も知らないで喜びの声を上げる。


 「へへ、1600円ゲット~」


 「上田は毎回一位でうらやましいぜ」


 「これも才能ってやつ?」


 褒められて、お金をもらえて有頂天になっている上田。


 「ちょっと休憩すっかね~」


 「僕、ちょっとトイレに行ってくる」


 「なんだお前、しょんべんちびってんのか~」


 「ぎゃはは! やめてやれ上田」


 小学生みたいな茶化し文句に作り笑いをして、そのままトイレへと歩く。


 曲がり角を曲がり、目的の場所を確認した、次の瞬間。


 「っ!?」


 後ろから突き飛ばされた。


 体勢を崩して前に倒れる。


 「いってて…」


 床に打ち付けた体をさすりながら後ろを振り向くと、さっきまで弱気な態度で俯い

ていた向坂が、僕をすごい目つきで睨んでいた。





 「なんでだよ…」


 「え」


 「なんでお前がビリにならないんだよ!!」


 立ち上がった僕に今度は掴みかかる。真横の壁に強く打ち付けられた。


 「お前が三位になるおかげで、金がなくなるじゃねえかよ!!」


 鼻息を、ふんふんと荒く漏らし、取り乱す向坂。


 結構身勝手な理屈だったが、僕はそんなことよりも…。


 「なんでお前が下手くそじゃないんだよ…」


 声が徐々に涙声になる。


 「どうしたの?」


 「うっせえ!! 聞いてんのはこっちだよ、ハゲ!!」


 髪は生えてるよ。


 いやいや、そうじゃなくて。


 「まただよ。また俺が悪者にならなきゃいけないんだ…、くそ!! くそ…、くそ

がぁ!!」


 僕から手を離し、反対側の壁を何度も蹴りながら怒鳴り散らす。


 彼の目からは涙があふれていた。

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