激痛の第5話

 ゲームというものは素晴らしい。


 彼のように心を閉ざしている人間の懐に容易く入り込めるコンテンツの一つだ。決して大げさなんかじゃなく、紛れもなくそうだ。


 しかしまあ、食いつきが悪い。


 僕たちは、まったくの赤の他人、というわけではない。互いに互いを知っている。


 僕たちの共通点、


周りから浮いている。


彼は僕のことを知っているだろう。知り合いの多い上田がいろんなところで僕の黒歴

史を吹聴し、その証拠に僕は友達が一人もいない始末。


一方で、僕も彼のことはもちろん知っていた。


向坂(こうさか)慎(しん)次郎(じろう)。


一年の時、野球部のマネージャーにしつこく連絡先を聞き、自撮りした顔写真をいつ

も送り付けていたと、彼とは全く面識のなかった僕のところにまで噂が回った。


それから、僕のように表立って何かをされるわけじゃないけど、ひそひそと笑われた

り、「向坂、人生下り坂」と聞こえるか聞こえないかの音量で囁かれるような扱いを

受けている。僕でもそれを知っている。


 要するに、学年中の嫌われ者、という共通点を僕たちは持っている。


 彼だって、学校を憎んでいるだろう。


 レイラの『邪飲み』の効果で、僕はまだ浮かれ気分をキープできている。この勢い

のまま、彼に話し続けよう。


 だから僕は、


 「なんなの、お前?」


 忘れていたんだ。


 「お前、蓮見壮也だろ?」


 「うん、そうだけど」


 ちっ、と彼は舌打ちした。


 「なんで俺なんかよりも下の人間に同情されないといけないんだよ」


 「なっ…!」


 そして、大きなため息を吐き、野良犬を払うような手ぶりを二回繰り返し、


 「早く失せろよ、ばーか」


 と吐き捨てた。


 さっきのやつらに媚びを売るように弱弱しくへらへらと笑っていた彼は、今は真

逆、自分よりも『かわいそうなやつ』には滅法強気だった。


 僕はもちろん、憤慨した。


 心の中で。


 「わかったよ」と強がりながら、その場を去る。


 うっわ。


 なっさけないな、僕。


 心の中でギャン泣きした。




 クラスマッチを台無しにすることで僕への嫌悪をさらに引き寄せる作戦は失敗。レイラのために、もっと『不幸』を持って行きたくて自分から恨みを買いに行こうとしていたが、相手にすらされなかった。


 その代わり、僕の心は、底がぐつぐつと煮えるような、端的に言えば怒りの感情に

支配されていた。


 椅子に掛けて思い出す。


 僕と同じように同級生から相手にされなかった向坂の顔。


 同じ境遇だと、わかったような気持ちで同情した結果、自分よりも『下の人間』に

なんか声をかけてほしくないと、断られた。


 僕は怒っていた。


 ああやって落ち込んでいる人の力になれない自分の弱さに。


 助けられるはずの人を、自分の矮小なステータスのせいで助けられなかった。


 だから、こんな情けない感情もすべて、求めてくれるレイラに注ぐ。


 指先に触れる、柔らかい唇。空気と、僕の『邪』を吸い込むのを肌で感じる。


 まただ。


 チクリと何かが突き刺さる感覚。肉体ではなく精神にかかる負荷、汗が吹き出そう

なくらいの激痛。


 その激痛は、緩和される。


前回もそうだが、覚えていた。この辺で、あの激痛が来るな、とだいたい予想してい

た。流れるように現れた激痛が、心の底に落ちて制止するように、鎮まる。


「ごちそうさまでした」


 今日もレイラはご機嫌だ。


 不機嫌な顔や真顔を見たことがない。


どんな顔をするんだろう。気になったけど、実際そうなったときは、僕は後悔するか

もしれないな。なんてことを考える僕は、すっかりご機嫌だった。


「今日も『搾取』してくれてありがとう」


 僕もまた、にこりと笑う。


 今日の『不幸』は、まあまあおいしかっただろう。満足しただろう。


 「おいしかったよ。今日も『優しい不幸』だったよ」


 またしても『優しい不幸』。


どうやらまた、不満だったらしい。


愛想笑いかどうかも区別できないくらいに、レイラは本当に喜んでいるかのような笑

みを浮かべた。

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