敵意

バーネットの願いを受けてクリストの家を訪れることになった。


クリストは学園に、一年くらい登校していないようであった。

エアノアも数日、彼の事について、彼の同級生に聞いてみたがほとんど印象に残っていなく、裕福な貴族であること以外に、なんの情報も得られないかった。


最近は、寒さの残るが、春らしい陽気も出てきた。


しかし、このクリストが住む館の庭と外観の雰囲気は季節を戻したように凍てついていた。


通りを少し行くと、正門が見えてきた。

なぜか、正門は半分ほど空いていた。



エアノアは入って良いのか悪いのかと悩んだが、早く終わらせるたい一心で奥に入る事にした。

入ると、まず庭が目についた。

噴水まである。やはりとんでもない金持ちであることは間違いがない。


しかし、ただただ、広いだけの庭には色褪せた緑と、ただ佇むベンチやテーブルもあるが、どれも寂しさを抱かせるだけであった。


奥に進んでいくと、体感温度がさらに下がったように感じた。

大理石の冷たいエントランスの、これまた冷たい真鍮製のノッカーを叩いた。


なんの応答もない。

もう一度、ノッカーに手をかけると、背後から声がした。

「もし、坊ちゃんのご友人でしょうか?」囁くような声だ。


エアノアぎくりとして振り返ると、初老の女性が立っている。使用人のようであった。


「奥様に見つかると大変、こちらへいらしてください。」その初老の女性は周囲に怯えるよにエアノアを正門から脇に案内した。


彼女の足取りは、颯爽を通り越して逃げているように早い。


「あの...」エアノアも声を掛けようとしたが、口を噤んだ。


しばらく庭を進むと、一際高い植栽に囲まれるように東屋の様な建物に通された。


中に通されると外観とは異なり内装は至って簡素な作りであった。


「申し訳ありません。クリスト様のご友人をこのような場所にご案内する事になりまして...私はこの家の使用人オノコでございます。」


どうやら、ここは住み込み専用の住居であるらしい。


「私は聖ロクシード魔術学園、四回生のエアノアと申します。クリストさんとご友人と言うわけではなくて、随分前に借りたものをお返ししようとお尋ねしたのです。」


「そうでございましたか...実はクリスト様は2週間ほど家に帰っていないのです。」


「え?」エアノアは探査魔術で見た男性の慌てた様子とこの事実を重ねて、背筋の寒くなるのを感じた。


「あまり大ごとになると家業に影響があると、内密にしておりましたが先日警察にもお願いしておりました。」


「よくあることなんですか?」


「ええ...よく旅行には行けれておりました。でも、何も言わずに2週間もなんてことはありませんでした。」彼女の目線が不安を物語っている。


その後もオノコからいくつか話を聞くことができた。


クリストは父親が一年前に亡くなった時から塞ぎ込むようになったそうだ。それまでも真面目な学生とは言えないまでも学業をおろそかにするようなことはなかった。


しかし、父親が海難事故で亡くなると、徐々に塞ぎ込むようななったとのことであった。

「おぼっちゃまがあんなに旦那様を慕っていたとは...」と周囲も以外に思うほど落胆したらしい。


ただ、ここ数ヶ月ほどは外出することも多く、少し安心していたところだったようだ。


「特に奥様が心労が祟ったのか精神的にかなり不安定になっておりますので、今日のところはお引き取りいただいた方がよろしいと思います。」


そう言われてしまえば、それ以上居るわけにも行かず退散する事にした。


オノコに案内されまた元来た通り正門に着いた。


途中でクリストが戻ったら連絡をくれる約束を取り付けたので、初めてにしては上々の結果だろうと一人納得したエアノアだった。


しかし、正門を出ようと館に背を向けたところに、悲痛は金切り声が響いた。

「息子はどこなの!」


驚きエアノアが振り返ると、やつれて疲れた感じの女性が立っていた。

クリストの母親だろうとすぐにわかった。目だけが充血し鋭く光っているのが異様だった。





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