第4話

 旅に出て150日ほど


 小僧勇者がオーガに戦いを挑んだ。

 ねえ、それって遅いの?早いの?バカなの?


「ゆっくりでいいよ」

 ドワーフが双斧でオーガの体をへし折りながら言った。


 そう、魔王退治に時間が掛かれば掛かるほど、わたしとドワーフが一緒にいられる時間は延びる。


 まあ、小僧勇者が魔王の城にたどり着くには、どっちにしろ年単位で時間が掛かりそうだ。

 こいつ、剣士の才能なさそうだし。


「うわああん」

 オーガに追っ駆けられて逃げていく小僧勇者が、わたしの前を走っていく。

 おーおー殺されない程度に頑張れよ、ちょっとくらいの危篤だったら僧侶がなんとかしてくれるからな。



 ゆっくりゆっくり魔王退治の旅を続けたい



 しかし、そんなわたしたちの思惑を破ったのは、魔王本人だった。


 山のように巨大な闇色の体に、赤い単眼。地に着くような長く太い腕。

「今の魔王はサイクロプスにゃのか」

 猫獣人が炎の矢を魔王に放つが、ほとんど効き目がない。


『今世の勇者は弱いと聞いてな、どうせなら弱いうちにすり潰しに来た』

 魔王には口がないが、その言葉が頭の中に響いた。ざらつく嫌な声だ。

 ドワーフの可憐な声を見習え!



「たああ!」

 小僧勇者が果敢にも魔王に斬りかかった。

 蹴っ飛ばされて、転がりまくって、早速気を失った。

 僧侶が治癒魔法をかけるが、いいから寝かしとけって。


 ギィンという音がして、爆風が起きた。

 ドワーフが魔王と斬り結んだのだ。

 私は体力腕力その他もろもろ身体能力を増加させる魔法をドワーフにかける。


 ドワーフの力は、魔王と拮抗していた。

 しかし、双斧は違う。

 ぴぴっとひびが入ったかと思うと、粉々に砕け散った。

 その瞬間、ドワーフは飛び避けて、魔王と距離を取る。


『そんなナマクラの斧は、儂の魔王の剣の前ではただの土くれだ』


 勇者の剣と対になるという魔王の剣。

 魔王の剣と戦えるのは勇者の剣しかないが、勇者の剣を使えるのは勇者だけ。


 魔王の剣がドワーフを狙う。

 

 危機一髪、咄嗟に、わたしは横からドワーフを抱きかかえて逃げた。


 ドワーフが重いせいか、完全には避けきれず、魔王の剣は私のマントを完全に切り裂き、背中に傷を負わせた。

「エルフ!?」

「…ったぁ…」


 地面に落ちて受け身を取る。背中の傷がじくじくする。魔王の剣には毒効果があるらしい。

「僧侶!!」

 ドワーフが叫ぶと、僧侶がわたしに駆け寄ろうとするが、いかんせんじいさんだ。


 地響きを立てて魔王が近付いてくる。

 僧侶がここまで来るより魔王の攻撃範囲に入る方が早い。


「エルフ、目に投擲!」

 ドワーフの指示を聞いた瞬間に、ナイフを連続で魔王の単眼に向けて投げ付ける。

 ちい、背中が痛い!!

 

 一方、ドワーフは僧侶の方に向かって走っている。

 

 ナイフは、魔王の目に刺さらないでも、一つが眼球に当たり、魔王が悲鳴を上げて目を押さえた。

 その隙にドワーフは僧侶を掴み、背中を滑らせるように放り投げて、わたしの近くに僧侶を送り込んだ。

「うひゃああ」

 走るよりも早くわたしのそばにたどり着いた僧侶は、奇声を上げてわたしに近寄ると、背中の毒を消し、傷を癒す。


 ドワーフは更に走り、落ちていたそれを拾いあげた。



 勇者の剣



駄目にゃめにゃ!勇者以外が持っても、ただたにゃにゃまくらにゃ!!」

「な」だけでなく、「だ」も「にゃ」に変えて、猫獣人が叫ぶ。


 しかし、ドワーフはぶんっと音を立てて、勇者の剣を振った。


「少なくとも、折れはしねえ」

 ドワーフは気合いを入れて、走り出し、勢いよく、宙に舞う



「はあああああ!」


 Pりキュアみたいだネ。声がかわいいから。


 果たして

 ぎいいいいんん

 と甲高い音がして、再び、ドワーフと魔王は斬り結んだ。

 爆風が起きて、辺りの土や枯れ葉を巻き上げる。

 勇者じゃなくても、さすが勇者の剣、魔王の剣に負けなかった。


「おかしい」

 戦いを見ていた僧侶が呟く。

「勇者じゃなければ、振ることもままならない筈なのに」


 ぎん!ぎん!と激しく剣を打ち合うドワーフと魔王。


「……エルフ、ドワーフの体に、勇者の印はなかったか?」

「勇者の印って?」

「赤い花の痣だ。どこか体になかったかの?」



 赤い花??



「いやあ、ドワーフったら、もう全身キスマークだらけだから、分かんないわ」

 そう言ったら僧侶が汚いものを見る目でわたしを見た。失礼な!


「…事情はどうあれ、あれじゃな。勇者の託宣はこうじゃ」


 赤い花持てる勇者が異なる血のはらからと互いの心を交わすとき、勇者は真の勇者とならん


「はあ、何それ」

「つまりな、勇者がパーティーの女とデキたら、本物の勇者ってわけじゃ。だから、勇者が出ると、他の種族はその異性を代表として送り出すんじゃ。今回はなぜか、獣人は女装だったし、勇者は同性とデキちゃったがのお」



 じゃ、つまり



「そうじゃ、今世の勇者は、あのドワーフの娘じゃ」


 僧侶は、憐れみの目で延びている、元勇者の小僧を振り返った。

「あの小僧は途中で勇者の資格をドワーフにかっさらわれたんじゃな、かっかっかっ」



 ざしゅっと音がして、魔王の剣がドワーフの顔を掠めた。

 首を狙ってきた剣を、ドワーフが間一髪で避けたが、完全には避け切れず、左半分の髭と髪が宙に舞った。



「髭がああ!!」


 ドワーフが怒号する。髭を失った怒りがドワーフに怒りの力を付与した。



 爆発するような轟音

 強い光



 ぱきいいいいんという音がして、魔王の剣が折れた。

『なんだと!?』


 さらに、ドワーフの持つ勇者の剣が、魔王の剣を完全に真っ二つに折り、勇者の剣の刃が魔王の頭に食い込み、食い込み、最後に赤い単眼を割る。

 そして、ドワーフは一旦剣を抜くと、


 斬!


 と魔王の首を切り落とした。




「勇者の勝利じゃ」

 僧侶のじじいが呟く。


 勝利した勇者ドワーフはすたっと地面に降り立った。

 ぶんっと剣を振り、倒れている魔王を振り返った。

 

 ドワーフは剣を地面に刺して咆哮する。


 しかし、それは勝利を喜ぶものではなく


「いやだああ!旅が終わる!!エルフと別れるのやだあああ」


 そして、崩れ落ちて、おんおんと泣き出してしまった。

 それを見て、わたしの胸がきゅん、っと痛む。




「おい、僧侶。甦生魔法、使えるわよね」

「へ?つ、使えるが、儂の寿命が減るんじゃ」


「魔王、生き返らせろ」

 僧侶の首にドワーフに研いでもらった切れ味抜群のナイフを突き付けた。




 かくして旅は続く。


 生き返った魔王には先に魔大陸の魔王城に帰ってもらった。

 気絶していた小僧元勇者に勇者の剣を持たせ、修行の旅を再開させる。

 小僧元勇者は、既に決着が付いたことなど知らず、オーガ討伐に再挑戦だ。

 いつになるか分からないが、小僧元勇者は魔王の城に到達する


 やもしれない。



 そして、その旅の間、わたしはずっと真の勇者と愛し合う。


 髭を剃り落とし、美少女ドワーフとなった愛しい人と一緒に、まだまだ旅は続くのだ。





 もう、髭は伸ばさせない。


(おしまい)


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ドワーフの髭を撫で勇者の顔を踏むエルフの恋 うびぞお @ubiubiubi

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