第3話

 キス、もとい、人工呼吸が効を奏した。


 ドワーフが沼の水とおたまじゃくし数匹を吐き出して、意識を取り戻した。

 しばらくは咳き込んでいたが、ようやく落ち着いたようだった。

 わたしは胸を撫で下ろした。


 なお、まだ小僧勇者は蛙と格闘している。

 あと2753匹も蛙をほふれば、レベルも上がるだろう。頑張るがいい。


「エルフ、お前が私を助けてくれたのか…?」


 ドワーフを毛布で包み込むと、ドワーフが震えながらわたしの顔を見上げた。

 風の魔法を使って暖かい空気でドワーフを包み、髪や服を乾かす。


「そうね、わたしが助けたわ」


「エルフ、お前、私をこれ以上かき乱さねえでくれ」

 もうそれほど寒くはない筈なのに、ドワーフが体を震わせた。

 ぺっ、とオタマジャクシを地面に吐く。まだ、残っていたのね。


「あら、わたしが貴女の心をかき乱せるのなら、それは願ったり叶ったりだわ」



「…どおすんだよ…」



「私が、ドワーフが、エルフを好きになったって、どうしたらいいんだよっ!?」



 ドワーフがぼたぼたっと涙を流した。


 あと2496匹。まだ時間はある。



「私は、ドワーフの頭領の娘だ。もう次の頭領として夫になる男も決まっている」



「なのに、お前が、エルフが、ドワーフが嫌うエルフが」

 ドワーフが腕で涙を拭く。髭が鼻水で光ってるから、それを拭き取ってあげたくてむずむずする。


「お前みたいな、きれいな生き物を私は初めて見たんだ。絹糸のような白金の髪。折れそうなくらい細くて長い手足」

 ずずずっと鼻水を啜る。

「ドワーフと違いすぎる整った顔、サファイヤかと思えば、魔法を使うとアメジストのように色が変わる瞳」


「そんなきれいな生き物、初めて見たんだ、どうすりゃいいんだよ、きれいすぎるんだよ」


「…そんなの、好きにならねえわけがねえよ…!」




 なんかめっちゃ褒められて号泣されて告白された。


 なにそれ、幸せすぎない!!?


 あと、蛙2222匹。ゾロ目だね。少し減るのが早くなったけど、まだ時間はたっぷりある。


 ドワーフはゆっくりと立ち上がると、沼のほとりに落ちていた双斧を拾い上げて、軽くぶんっと振った。

 風圧で蛙が霧散して、さらに、魚が沼の水面にちょっと浮いた。


「悪ぃな、エルフ。みっともねえところ見せてよ」


 ドワーフはポケットから布を出して顔を拭いた。


 そして、わたしを振り返って、苦笑いした。




 ばきょんっ!



 初めて見たドワーフの笑顔に、心が唸り上げた。


 もう辛抱堪らなくなったわたしは、そのままドワーフに駆け寄って抱き締めた。



「お、おい」

「いいから、来て」

 わたしは、ドワーフの手首を取って、沼に背を向けて歩き出し、夜営のテントに向かう。


 猫獣人と僧侶がほえーっとそれを見ている。



「ちょ、てめえら、蛙なんとかしろよ!?」

 小僧勇者は鎧に蛙を何匹もまとわりつかせていた。

 とりあえず、まとわりついている蛙を風魔法で膨らませてやる。

 ぱん!

「うぎゃ」

 破裂音と一緒に素敵な迷彩柄の勇者の鎧ができた。お顔も同じ迷彩柄になってるけど。


 はい、あと1982匹ね。




 ドワーフをわたしのテントの中に引きずり込んで押し倒す。


「な!何すんだ」


 とんでもない戦士であるドワーフなら、わたしなんか、簡単にどかせる筈だ。でも、ドワーフは、わたしにされるがままになっている。つまり、嫌じゃないんだね。

 ドワーフの鎧をひっぺがしながら、

 わたしも自分の皮鎧を脱ぐ。


 テントの中は薄暗いが、灯り取りの隙間からは日差しが漏れている。

 鎧の下に着ていた服の紐をほどくと、ドワーフの肌が見えた。

 顔や手足は薄い褐色に日焼けしているけれど、陽にさらされたことのない、その肌は驚くほど白い。

 すーっと撫でると、わたしたちエルフの肌ときめ細やかさは変わらない。


「や、やめ」


「やめない」


 わたしはドワーフの声を唇で塞いで止めた。




 うーん、髭がやっぱり邪魔だ!






「ねえ、ドワーフ、貴方、年幾つなの?」


 さんざん好き放題してから言うのもなんだが、ドワーフの反応があまりにうぶで、声が甘すぎて、そそられまくった。


「…14だ」



 おおっと犯罪だったあ!



「エルフは?」

 え?わたし?

「…17歳ってことにして」

 ほんの1世紀ほどサバを読んだのは、秘密。だって、初欲情もとい、初恋だもん。

 やることやっておいて初恋もくそもあったもんじゃないがー。




 すっかり日が暮れて、辺りは暗くなっていた。


 テントの入り口の隙間から、かすかに灯りが見えるのは、多分、猫獣人が夕食を作っているからだろう。

 どうせ沼でとれた魚だな。


「おなか空いた?」

 ドワーフに尋ねると、おうっと頷いた。

 もう、暗くて表情は見えない。




「ねえ、ドワーフ」


「なんだ」


「その髭、剃らない?」


「剃らねえよ!やっとここまで伸ばしたんだからなっ」



 髭は男女関係なくドワーフの成人の証しなんだそうな。

 声が子供っぽいから、舐められたくなくて必死で伸ばしたんだそうな。


 その声がいいじゃんか、あえぎ声なんてサイコーだったよ!


「ねえ、剃って」

「やだよ」

「ねえ」

「うるせえ……!っんむ」


 髭は邪魔だけど、やろうと思えばキスできるんだぜ。


「ふふん、キスはうるさくないんだ」

「…うっせえ」




 かくして髭のドワーフ美少女がエルフのわたしの恋人になった!


 レベルが上がるまで、あと206匹。

 小僧勇者を応援したくなっちゃうくらい、わたしは今幸せだった。




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