第2話

 夜営地の隅っこにしゃがみ込むわたしとドワーフ。


 しゃこーしゃこー


 ドワーフが砥石でわたしの投擲用ナイフを研いでくれている。

 昼間に石兎で欠けてしまったナイフだけでなく、持っていたナイフをみんな研いでくれるというのだ。


 なんて!優しい!!


 そして、真剣な横顔。

 ナイフを見つめる瞳と、長い睫毛にわたしは見惚れていた。


 あ、よだれ




「ねえ、ドワーフのお嬢さん、手際がいいのね」

「ドワーフたるもの、みんなこれくらいは当然だ。自分の得物は大切にしにゃいかん」


 可愛い声とおっさん口調のミスマッチにわたしの胸はときめく。


「でも、私なんかまだまだだ。おじいちゃまみたいな刀鍛冶には敵わねえ」


「おじい、ちゃま?」


 わたしが「ちゃま」を強調した途端、ドワーフの顔がぼんっと真っ赤になった。赤髪と赤髭のせいで頭も顔も全部赤いけどいいのかな?


「う、うっせえなあ。おじいちゃまって呼んで何が悪いんだよ」

「ううん、悪くないよ」

 わたしは、ドワーフの頭を撫でる。くせっ毛だ。わたしの手が埋まってしまう。


「ねえ、ドワーフ、あなた、もしかして若い?いくつなの」

「……言わねえよ。幾つだっていいだろ」


 わたしはエルフだから、このパーティーでは一番の年上。あの僧侶のじじいよりも実は年上。

 でも、妖精の国では、まだまだ若い方だ。


 これが初めての発情、もとい、初恋なのだ。




「おい、なんだよ、あそこの二人。なんで女同士固まってんだよ」

 わたしの長耳が小僧勇者のぼやきを聞き取った。エルフの耳、なめんなよ、小僧。

「普通さ、パーティーの女って、勇者に惚れない?」

「惚れられるような一人前の男になってから言いましょうね」

 僧侶が小僧勇者をたしなめていた。

「だってさぁ」


 さくん!ぱらぱら


 突然、小僧勇者のヘアスタイルが河童になった。


「投擲ナイフの切れがとても良くなったわ、ありがとう」


 小僧勇者が寄り掛かっていた木に、なぜかわたしのナイフが刺さっている。

 わたしはそれを取りに行き、ナイフを抜きがてら

「餓鬼が。ふざけてると次は目ん玉かKん玉に刺すからな」

 独り言を呟いたら、不思議と小僧勇者が慌ててテントに駆け込んじゃった、うふふ。


 ドワーフのところに戻ると、ドワーフは、今度は双斧の研ぎに集中している。

 そのそばに、わたしはちょこんと腰掛けて、ドワーフの仕事を見守った。


 ああ、このだるい旅も、少しはやる気が出てきた。


 次の日の朝、小僧勇者の髪が河童から丸刈りに変わっていて、めちゃくちゃ大笑いできてすっきりしたのも、やる気につながったわ。





 旅が始まって20日ほどか。


 小僧勇者が、ようやく一人でスライムを倒せるくらいの剣技を身に付けて下さった。


 わたしは、女装した獣人の魔法使いと囁き合う。

「ねえねえ、本当にあいつ勇者なの?」

「本物らしいぜ。胸の赤い痣がどうとか、神の宣託がどうとかこうとか。でも、にゃんか、こう、カリスマってものが欠片も感じられにゃいんだがにゃ」

 猫の獣人はひげをぴくぴくと動かす。


「ところであんた、な、って言えないの?出番少ないから目立とうと思ってんじゃないの」

「にゃ?そんなことな、にゃい!」


 スライムを倒せるようになったところで、とりあえず教えることはなくなったとかなんとかで、騎士団と騎士団長はパーティーを離れて行き、今は5人だけになった。

 ヒューマン同士として僧侶が小僧勇者にあれやこれやと世話を焼いている。

 剣技は自分で学んでいくしかないらしい。大丈夫かよ。


 一方、ドワーフは道中では誰にも関心を示さない。

 いつも一人で先頭を歩き、敵が現れたら双斧を振るい、一人たんたんと敵をほふる。


 だけど、昨日の夜、双斧を磨く姿を見ていたわたしを見て、ようやく話をしてくれた。実は、戦士じゃなくて刀鍛冶に憧れてるのだとわたしに教えてくれた。


「おじいちゃ…、祖父のような種族の誇りになる刀鍛冶にになってよ、勇者の剣にも負けねえ、剣をうちてえんだ」


 夢を語るときのドワーフのキラキラした目を見て、わたしは、さらに惚れ込んでしまった。

 声が可愛いだけというより、単に物言いがおっさんで、髭が生えているだけで、顔も中身も乙女やんか。


 ふふふ、今は、優しく見守るお姉さん的なスタンスに立っているけれど。

 隙あらば、もとい、タイミングがあれば


 ヤる、もとい、告白するわ、わたし。





 さて、小僧勇者のレベルに合わせてさし上げての魔物退治。

 本日は、大蛙。

 猫サイズから犬サイズの蛙が蔓延る沼で毒を持つ舌を避けながらの蛙退治だそうだ。



「わたし、濡れるの嫌いだからパス!」

 そう言ってわたしは戦線離脱。

「そんなちまちましたこと、やってられねえ」

 と同じく戦線離脱したドワーフと二人で見学としゃれこんだ。



 小僧勇者の鎧に蛙がへばり着く


 わたしはドワーフにぴったりくっつくように座る。


 小僧勇者が剣を振るうが、蛙は跳ねて避ける。


 わたしがドワーフの肩を抱こうとすると、ドワーフが恥ずかしがって避ける。


 小僧勇者が蛙の頭を叩く。


 わたしはドワーフの肩を掴んで離さない。


「うおおおおお」

 小僧勇者が吠える。


「…好き」

 わたしはドワーフの耳元で囁く


 蛙がぴょんびょん勇者の回りを跳ねる


 ドワーフがびくんと震えてわたしから離れようとするけれど、離さない。絶対。


 小僧勇者の剣が蛙の舌を切った。


 わたしはドワーフの髪と髭を撫でるように、その頬に触れた。






「お前ら、いい加減にしろーーっっ!!」


「うっせええ!!いいとこなんだよ、こっちはよおお!」


 キレる小僧勇者にキレ散らかしたのは



 ドワーフだった。



「ドワーフ、あなた…」


「あ、その、これは…」


 頬を赤く上気させ、双斧を握りしめてドワーフが沼に向かって駆け出す。

 蛙が何匹も襲いかかるが、双斧をひと振りするだけで、その振動で蛙たちは霧散した。すげえ。


 赤い花のように散った蛙の死体の道をドワーフが走る。

 わたしは、嬉しさを隠し切れず、それを追う。

「待って!行かないで」


 ドワーフが沼のほとりでわたしを振り返った。


「…エルフ、私、私は、わ!!」



 振り返ったドワーフは、バランスを崩して、沼に どっぷん と落ちた。




「まずい、ドワーフは全身が重筋肉で脂肪がほとんどにゃいから、沈むぞ」

 猫獣人が叫んだ。

 でも、猫だから泳げない。沼の前で足踏みをしている。


 わたしが飛び込むしかなかった。


 どっぷん



 沼に飛び込む音って、ちょっと、なんか。



 沼の中は思ったよりも視界は良かったが、けっこう深かった。


 ずぶずぶと沈んでいくドワーフを見付けたわたしは、水の精霊の助けを乞う。


「水の愛し子よ、森の同胞はらからの声が聞こえるか……」


 水の精霊の力を借りて、風魔法に水を乗せるようにして、水中に流れを作り出す。

 沈みかけていたドワーフを流れの力で水面に浮かび上がらせる。


 重い!!



 でも、わたしの愛はもっと重い!!!!





 沼から何とかしてドワーフを引き上げたが、呼吸が止まっていた。


「わたしが治癒魔法を」


 しゃしゃり出てきた僧侶をどかっと蹴飛ばして、

 ドワーフを抱き抱え、その花のような唇に、わたしの唇から息を吹き込んだ。





 ……髭ってキスに邪魔やんか!

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