2022/2/14特別エピソード IFバレンタイン No.1,No.2
これは、もし普通に主人公と元カノ達が出会っていて、なおかつ関係が続いていたらというIFストーリーです。
年齢は高校生で統一です。
――――――――――
IF
今年も来た。
目覚めと共にそう感じる。
別に来てほしくないわけではないが、来てほしいわけでもない。
いや、正直に言うと、心情的には来てほしくないほうに傾いている。
そんな事を考えたところで現実が変わるわけもなく、スマホの画面に表示されている日付から目をはずし、日光が差し込む窓を見つめて溜息を一つ吐く。
……
………
…………
「おっはよ~!」
声と共に衝撃が後ろからやってくる。
毎度のことだが、肺から空気が出て行ったのが分かるほどの勢いでぶつかられると少なからずダメージを受けるからやめて欲しい。
そう言おうとしても、すぐ近くに見える彼女の悪戯っぽい笑顔を見るとそんな気が失せてしまう。
仕方ないな……と一夏の頭をなでてから地面に下ろす。
校門の方を見ると高そうな車の横でピシッと執事服に身を包んだ壮年の男性が諦念したように溜息を吐いている。
彼は俺と目が合うと深々とお辞儀をした。
俺は大変ですねという思いを視線に込めて会釈する。
毎朝の様にこんな行動されたら、ストレスたまりそうだな……。
今度訪問するときは胃薬を持っていこうと決めて、一夏に向き直る。
彼女は俺と目が合うと、少し恥ずかしそうにしながら鞄から綺麗にラッピングされた小箱を取り出す。
そしてそれを俺の方へ渡そうとした。
その途中で、彼女の後ろからヌッと現れた手に掻っ攫われたが。
「あー! ちょっと! 返してください!」
「だーめ! バレンタインだからチョコを持ってくるのは分かるけど……先生の目の前で出されたら没収しないわけにもいきません!」
文句を言う一夏に毅然として諫める女性教諭。
毎年、相手は違うにせよ、繰り返されている流れだ。
最終的に一夏は押し負けて、帰り際に返してもらえるところで妥協した。
むーと頬を膨らませる一夏を俺は宥めながら教室へ向かう。
怒っている彼女も可愛いので、このまま見ているのもやぶさかではないのだが、やっぱりいつもの一夏が一番かわいいのであやしている。
教室につく頃には機嫌も直っていた。
中に入ると彼女の友達が挨拶をしてくる。
一夏は彼女らと俺を見比べて悩むそぶりを見せたが、俺が彼女らの方に向かって背中を押すと名残惜しそうに俺を見つめた後、いつものグループに向かっていった。
……
………
…………
放課後になり、一夏はホームルームが終わると俺に近づいてきて腕を組んだ。
一夏がくっついている場所に柔らかな感触を感じる。
これ……もしかして……。
その正体に思い至った瞬間、顔が熱くなるのを感じる。
手で仰いで涼もうにも、片方は一夏がつかんで離さず、もう片方には鞄がかかっている。
そもそも手で仰いだところで、一夏の…その…む、むねが当たっているのが変わらなければ、根本的な解決には至らない。
そう考えている間にも耳まで熱くなってきた。今、俺の顔を見たらゆでだこみたいになっていそうだ。
しかし、恥ずかしいからといって腕を振り払うわけにもいかない。
一夏に腕を話してもらうように言うしかない。
そう思い、一夏の方を見る。
彼女は顔が真っ赤になった俺を見て、嬉しそうにニヤニヤしていた。
悪戯好きな彼女らしいと言えばらしいが、そんな目で見られると恥ずかしさが増してしまう。
俺は左手で彼女の視線をガードしようとしたが、動かそうとすると鞄が邪魔をする。
思わずくっという声が漏れる。
今の俺にできることは彼女の顔が視界に入らないように限界まで顔を背けることだけだ。
「早くチョコ返してもらってから、帰るぞ」
「は~い」
チョコという言葉に反応したのか、少しだけ腕の拘束が緩くなって多少の余裕が生まれる。
一夏の歩幅に合わせつつ、出来るだけ早く帰れるように心なし早めに歩く。
……
………
…………
一夏はチョコを先生から返してもらって、また学校で渡そうとするなんてことは流石にしなかった。
その代わり、一夏を送迎する車の中で渡される。
毎年のことだが、何故ここで渡すのかがよく分からない。
とはいえ、嬉しいものは嬉しい。
「わざわざPIERRE MALCORINIに特別に作ってもらったチョコよ」
「へえ……あ、美味しい」
一つパクリと食べると分かる美味しさ。
とろけるようなくちどけに、フルーツ系だが素材本来のおいしさを感じる。
それに、甘すぎないのでしつこくない。
まあ、当然と言えば当然だが。最高級チョコの有名格だからな……。
前にどこかで見た人気ランキングで一位に輝いていた記憶が蘇る。
値段は確認していなかったが、バレンタインに渡す価格ではなかったはず。
年々、値段が上がっていくチョコ。一夏は気にしなくていいと言ってくれているが、やはりホワイトデーに大したお返しができていないことを痛感する。
自分が納得できるかの自己満足でしかないと分かっているが……それでも気にしないというのは無理だ。
一夏と自分の間にある差を感じて、悩みながら、残りのチョコは帰ってから食べようと蓋を閉じようとする。
だが、一夏の顔を見て中断する。
蓋を閉じようとしていた時は悲しそうな顔をしていたが、もう一度開くと笑顔になった。
これは……あれか。
一年に一回しかないバレンタイン。しかも、その中でも数回に一回しかないが、彼女が手作りしたチョコを紛れ込ませている時がある。
今年がそうだったようだ。
さっきまでは軽く見ているだけだったが、一夏の作ったチョコが紛れていると思って注視すると――一つ、形が少し崩れているものが見えた。
俺はそれをつまんで口に入れる。
一夏をそっと窺うと不安そうに瞳が揺れているのが分かる。
「これも美味しい! むしろ、こっちの方が好きな味かもしれない」
俺の言葉を聞いて露骨に安心したように胸を撫で下ろし、すぐに慌てて取り繕う一夏に気付かないふりをする。
と、丁度よく一夏の家に着いたのか、車が止まる。
俺は車から降りて、一夏に手を振ってから帰路に着いた。
:―:―:―:―:―:―:―:
IF水谷一夏の主人公。
悪戯好きで少しわがままなお嬢様と付き合っているだけあって、苦労人気質が染みついてきた。
とはいえ、やはり彼女が可愛いのか、大抵のことは許してしまうし、甘やかしてしまう。
気分は近所の優しいお兄さん。
最近は大学生になったら指輪を送ろうと、バイトに精を出して資金調達中。
彼女のお父さんがすごく怖い。
:―:―:―:―:―:―:―:
―――――――――
IF
アラームの音で目が覚める。
まだ半分くらい夢の中にいる状態で、手探りでスマホを探し当てアラームを止める。
ぼんやりとした意識のまま、
俺はそれに逆らわず、ズレていた布団をかぶり直し、二度寝を敢行しようとした。
しかし、アラームは鳴りやんだはずなのに、スマホはまたしても音を鳴り響かせる。
ん~と口から声を漏らしながらスマホを手繰り寄せて、布団の中で画面を見る。
そこに表示されていたのは、最愛の彼女の名前だった。
それを理解した瞬間、眠気は吹っ飛び、すぐに電話を受話する。
「もしもし! 二愛!」
「今日もちゃんと起きられましたか?」
二愛の言葉に、靄が晴れ始めた頭の記憶が刺激される。
そうだ……毎朝の様に、二愛が二度寝を防止してくれているんだった……。
「ありがとう。今日も二愛のおかげで遅刻しないで済む」
「そうですか。よかったです……」
二愛への感謝を伝えている間にも、俺は心の中で若干の悔しさを感じていた。
今日こそは……と昨日、寝る前に考えていたにも
特に、今日はあの日なのに……。
とそこまで思考が及んでから、今日がバレンタインであることを思い出す。
「そうだ! 二愛、今日は何の日か分かるか?」
「今日ですか? んー……何の日でしょう?」
「そうか……いや、分からないならいいんだ」
二愛の言葉に、チョコが貰えなさそうな気配を感じて、落胆してしまう。
その落ち込みが声にまで表れていたのか、二愛が少し慌てたように言い募る。
「あっあっ、ご、ごめんなさい。冗談です。バレンタインですよね」
「なんだ……覚えてたのか」
二愛がバレンタインを忘れていなかったことにほっとする。
「二愛はどんなチョコをくれるんだ? 毎年、楽しみだよ」
「そうですね……まだヒミツです」
ふふという楽しそうな声が電話越しに聞こえてくる。
くそっ! 可愛い!
気分はお預けされている飼い犬だが、二愛が楽しそうにしているとそれもいいかなと思えてしまう。
「零夜~! 早く降りてこないと学校に遅刻するよ~!」
と二愛との楽しい会話に母さんの声が介入してくる。
名残惜しい気持ちもありながらも、仕方なく、着替えを始めるために二愛との電話を切…切……くっ!
「では。また学校であいましょう」
俺が葛藤している間に、二愛の方が電話を切ってしまった。
……
………
…………
放課後になり、俺はまっすぐ二愛のいる教室へ向かう。
「にあにあー! 彼氏君来てるよ~」
入り口近くに座っていた人が二愛に俺の訪問を知らせてくれる。
二愛はその声で教室の後ろ扉の方を振り返り、俺と目が合う。
「もう…迎えに行くので待っていてくださいと言っていたのに……」
距離があるので彼女が何と言ったかは分からなかったが、嬉しそうな顔をしているのは分かったので、俺も嬉しくなる。
彼女が俺の方に向かってきて、何を言うでもなく隣に並ぶ。
俺も特に何も言わず、そのまま二人で並んで帰る。
その途中、我慢できなくなった俺が彼女に問いかける。
「なあ、もうチョコくれない?」
「だめですよ。学校の中では勉強に関係ないものは渡しません」
しかし、彼女はにべもなく俺のお願いを断る。
あまり駄々を捏ねるわけにもいかないので、仕方なく二愛から切り出してくれるのを待つことにする。
だが、帰り道の半分ほどを進んでも彼女が渡してくれそうな気配がない。
じれったくなった俺が再度、彼女にお願いしようと口を開きかけた時だった。
どこからかわんわんと泣く声が聞こえてきた。
声の感じからして、小さい子の泣き声のようだ。
二愛はそれを耳にした瞬間、声がする方向に走り出していた。
俺もすぐに後を追ったが、彼女の素早い行動に虚を突かれたのと、大した運動をしていないのが祟って、彼女との距離が開いていく。
俺が彼女に追いついた時には、川の近くで泣いている女児から話を聞きだしていた。
俺も彼女の後ろで話を聞く。
泣き声だったり、鼻水をすする音、涙をこらえようとしたのか息を詰まらせているところがあり、更には小さい子なので順序だてて話すのが苦手なのだろう、話は要領を得なかった。
しかし、彼女は諦めずに根気よく話を聞き、どういうことか把握した。
俺も、流石に何度も聞いていればどういう状況なのか分かる。
簡単にまとめると、バレンタインで好きな男の子にあげるために一生懸命作ったチョコが川に落ちて流されてしまったらしい。
それを川から取り出そうにも、流されてから時間が経ちすぎてしまった。
それに、仮に川から引き上げることに成功したとしても、この濁った川に浸かったプレゼントは……好きな人に渡すには抵抗がありそうだ。
事情を話し終えた後、女の子は思い出してさらに悲しくなったのか、泣き声が大きくなっていた。
涙が尽きてしまうのではないか? と心配になるほど、彼女は大粒の涙を流し続けている。
それだけ、件の男のことが好きだったのだろうと分かってしまい、やるせない気持ちになる。
彼女はそんな女の子の頭を撫でて、よしよしとしながら自分の鞄に手を伸ばした。
そこから取り出したのは、小さな赤い箱だった。
リボンで可愛くラッピングされており、時間をかけたのが一目でわかる。
女の子もそう感じたのか、一旦泣き止むのをやめて彼女の顔を不思議そうに見る。
「これ……?」
「これはね。お姉ちゃんがつくったチョコなんです」
女の子は何故、今そんなものを取り出したのか分からず、ますます不思議そうな顔をすると共に、自分のチョコのことを思い出したのかまたしてもジワリと涙が浮かぶ。
「あっ、な、泣かないでください。あのですね……これをあなたにあげます」
「…えっ…」
女の子は予想外の申し出に目を丸くして、二愛の顔を凝視する。
そんな二人を眺めている俺はというと、だろうなという心持ちであった。
二愛ならそうするだろうと思っていたので、女の子の様に衝撃は受けなかった。
「……っ、でも……そしたら…お姉ちゃんが……」
「お姉ちゃんの心配をしてくれるんですか? 優しいんですね。でも、大丈夫です。お姉ちゃんは、好きって気持ちはもう伝えられていますから」
台詞の途中で二愛が振り返り、俺の方を見た。
それに釣られて女の子も俺の方を見る。
二愛の方は渡してもいいかという最終確認のものだったが、勿論構わない。
彼女に向かって、小さく頷く。
女の子の方は、小さい子の対応なんて俺にはよく分からないので、手をひらひらとしておいた。
女の子は手を振って返してくれる。
「だから、これはあなたにあげます。ちゃんと気持ちを伝えるんですよ?」
女の子は彼女に気を使ったのか、悩むそぶりを見せたが、最終的にチョコを受け取る。
「わかった! ありがとう、お姉ちゃん!」
笑顔になる女の子に、彼女は鞄の中から水筒を取り出し、自分のハンカチに含ませて女の子の瞼に押し当てる。
女の子はよく分かっていなさそうだが、二愛を信頼しているのかなすがままだ。
恐らく、二愛は目の腫れを少しでもひかせようとしているのだろう。
しばらくして、二愛が女の子を開放すると、女の子は勢いよく頭を下げお礼を言う。
「お姉さん、ありがとうございました!」
少しだけだが、丁寧な言葉遣いになっている。それだけ感謝しているという事だろう。
その後、女の子は待てないとばかりに走り出したので、二愛が注意する。
「走るとまた転んじゃうよ!」
それを聞いて、女の子はチョコを失くした時のことを思い出したのか、速度を落とした。
それを見た二愛は満足そうに立ち上がると、俺の方に向き直り頭を下げる。
「ごめんなさい。朝から引っ張っておいて、零夜君にあげるはずのチョコをあの子に渡してしまって……」
そんな彼女の頭をポンポンと撫でて俺は言う。
「気にしなくてもいい。俺は二愛のそんな優しいところが好きなんだから」
その言葉に顔を上げて俺を見つめてくる二愛に、恥ずかしくなって顔を背けてしまう。
耳まで熱を持っているのが分かってしまう。
そんな俺を見て、二愛は嬉しそうに微笑んだ。
チラリと横目で様子を窺っている時にそれを目にしてしまったものだから、きゅうと胸の奥が甘く疼く。
そんな俺の気持ちを知ってか、知らずか、彼女は何かを思いついたように走り出した。
「零夜君はそこで待っててください!」
二愛が走っていった方向を見ると、コンビニが見える。
彼女の言葉通りしばらく待っていると、彼女が走って戻ってくるのが見えた。
ふわりと膨らむスカートに鼻の奥が熱くなるような感覚を覚える。
幸いにも鼻血が出るまではいかなかったようで、彼女は鼻を覆っている俺を不思議そうに見つめる。
「鼻を押さえてどうしたんですか?」
「いや、大したことじゃない。大丈夫だ」
「そうですか……そうだ! 零夜君、これを一緒に食べましょう!」
彼女がそう言って袋から取り出したのが、有名なチョコ菓子だった。
その後、申し訳なさそうに言葉を重ねる。
「コンビニの市販品で申し訳ないのですが」
「全然大丈夫。俺は二愛の気持ちが籠ってたら、どんなチョコでもうれしいから」
俺の言葉にほっとした様子で、彼女は胸を撫で下ろす。
そして、ポッキーを箱から取り出し、袋を開ける。
それを渡してくれるのかと俺は思っていたが、彼女が次にとった行動はよく分からなかった。
あろうことか、そのポッキーを口に咥えたのだ。
食べるでもなく、渡すでもなく、何故咥えているんだ? と俺は疑問を感じながら彼女を見ていた。
次の瞬間――彼女はそのまま俺に近づいてきた。
そして、わずかに俺の口に咥えていたポッキーの反対側を差し込んできたのだ。
事情が呑み込めず硬直する俺を放置して、彼女はポッキーを食べ始めた。
短くなるにつれて、どんどん俺の方へ近づいてくる。
そして、彼女と俺の間にあるポッキーが無くなると彼女は俺の口の中に舌を侵入させてきた。
この段階で、ようやく再起動を掛けた俺は、彼女に負けじと舌を動かす。
そのまま、何秒も、あるいは何十秒だったかもしれないが、ともかく、長い時間彼女とキスをして、離れた。
「甘い」
「ふふ。甘いです」
恥ずかしくて、俺は口元を隠しながら彼女から顔を遠ざけようと離れる。
それを楽しそうに眺める彼女に距離を詰められる。
今年も彼女に翻弄されっぱなしのバレンタインだったけど……こんな日々が続くといいな。
:―:―:―:―:―:―:―:
IF金島二愛の主人公。
優しい彼女に甘やかされて腑抜け気味になった主人公。
本編とは違い、完全に主導権を握られている。
近所のお姉さんに甘える男の子な感じ。
相手の家族には大歓迎されているけど、親戚が一堂に会する場で凄い形相で睨んできた男性がいるとか、いないとか……。
:―:―:―:―:―:―:―:
―――――――――
申し訳ないですが、記念更新が詰まっています。
なので――
バレンタイン記念更新
を今回とさせていただきますが、他の話は記念更新分とカウントさせていただきます。
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