2022/2/14特別エピソード IFバレンタイン No.3,No.4

PV6000記念

――――――

IF浜地はまち三澪みおの場合


 体が揺れている。

 光が瞼の上からでも容赦なく網膜に差し込んでくる。

 俺はその明るさから遠ざかろうともぞもぞと動きながら布団をかぶりなおそうとする。

 しかし、どこを探しても布団が見当たらない。

 しまいには体勢を崩してしまったのか、ベッドから落ちてしまう始末。

 地面にぶつかった右半身の鈍い痛みで覚醒が促される。


「零夜……何してるの?」


 呆れたような母の声が鼓膜を震わせる。

 痛みを堪えつつ手をついて体を起こすと、俺を見下ろす母の姿が見えた。


「ふわあ……おはよう……」


 あくびを噛み殺そうとしたが、しきれずに声が漏れる。

 あくびの涙と寝起きというダブルパンチで非常にぼやける視界のまま、母に挨拶をする。

 ぼんやりした頭のまま、母が剥いだのだろう布団が下に転がっているのを視認する。

 俺は眠気に従い、それを手繰り寄せミノムシの様にくるまって再び眠りにおちようとするが――母がグルンと俺の体が回転するほどの勢いで再度布団を剥がした。

 今度は頭を軽く打ち、先ほどよりも強い痛みが走る。

 おおぅと漏らしながら頭を押さえて縮こまる。


「早く下に降りてきて朝ご飯を食べないと遅刻するわよ」


 痛みに耐える息子を一目見てから、そう言って部屋を出ていく母。

 俺は数秒経って痛みが引いてから、着替えを済ませて鞄を持ち、リビングへ向かう。

 リビングでは三澪が父と母と楽しそうに雑談をしていた。


「あら、おはよう。今日も遅いお目覚めね」

「三澪、おはよう……眠い……」


 肌を刺す寒気に一旦目が覚めたかと思ったが、制服が体温でぬくくなってくると、眠気が再びやってきた。

 とはいえ、三澪のチクリと刺す物言いに、若干目を開ける気力がわいてくる。

 机に向かって、目が半開きのまま近づく。

 すると、俺の席に置かれていたのは何故かパン一枚だった。

 バターは塗られているが、逆に言えばそれだけだ。

 疑問符を浮かべながら、三澪の方を見ると彼女は鞄を持って椅子から立ち上がっているところだった。

 さらなる疑問がわいてきて、頭の中は大混乱だ。

 そんな俺に対して母さんが少し怒ったように話しかけてくる。


「零夜がいつもより起きるのが遅いからでしょ。早くそのパンだけ持って、登校しなさい」


 俺は時計を見てから、母さんに反論する。


「まだ時間は大丈夫だって。それに、いざという時は走れば間に合うだろうし」

「はぁ…。零夜は学校まで体力が持たないでしょうに……」

「まあまあ、お義母さん。零夜がもやしの考えなしなのは今に始まったことではありませんから」


 運動するとか疲れるし面倒くさいじゃないか! なんて言ったら今以上の批判が二人から殺到するのが分かっている俺は口を噤むしかない。

 俺がもやしなのは事実だし。

 ただ、にこにこと微笑みながら俺たちのやり取りを見守っている父さんも何か一言位言って欲しい。できれば、俺を擁護する方向で。

 そんな思いを込めて、父さんを見たが一層深く笑顔になるだけだった。


「はいはい。俺が悪かったです。だから、さっさと行こうぜ」

「そうね。では、いってきます」

「「いってらっしゃい」」

 ……

 ………

 …………


 学校に着くといつもと雰囲気が違う事に気付く。

 全体的にそわそわしたというか、浮ついた雰囲気だ。

 特に男子は下駄箱を何回も開け閉めしたり、女子の周りをもじもじしながら歩いているといった不審な行動が見受けられる。


「なあ、三澪。学校の空気、変じゃないか? 今日ってテストか何かだっけ?」

「本気で言ってるの? ……今日の日付を思い出してみなさい」


 俺の疑問に対して、驚愕したようすで三澪が答えてくれる。

 俺はスマホを取り出し、ホーム画面の表示を読み取る。


「今日? えーと……二月十四日だな。あ! 今日はバレンタインか」


 それならこの空気も納得だなと考えたところで気付く。

 そういえば、俺って三澪からチョコ貰えるんじゃないか? と。


「三澪はさ、俺にチョコ作ってきてくれた?」

「ええ。勿論よ」

「よし! じゃあ、ください!」


 ガッツポーズから流れるように手を差し出した俺を一瞥し、三澪は断る。


「だめよ。学校で渡さないわ」

「えぇ……そんなぁ……」

「そんなにがっかりしなくても……。放課後になったらちゃんと渡してあげるわよ」


 あからさまに落胆した様子の俺を気の毒に思ったのか、三澪が慰めの言葉を言う。

 しかし、放課後となると水泳部の練習もあるので、十時間くらい後になる。

 だが、ここで不満を言ったところで真面目な三澪は絶対にチョコをくれないので

俺は悔しさを体現するしか出来ることはない。

 そんな俺の渾身の悔しいポーズも三澪にはいはいと流されてしまった。

 くそう……。

 ……

 ………

 …………

 水泳部の終わりの挨拶を聞きながら、俺はもうすぐチョコが貰えるという期待に胸を膨らませる。

 女性の着替えは遅いものだと相場が決まっているので、時間をつぶそうとゲームをしていた俺の肩が叩かれる。

 振り返ると、案の定三澪だった。

 いつもと同じような笑顔に見えるが、何となく不機嫌なのかなと思ってしまう。

 なんだ? と思っても全く原因が思いつかない。

 ここは正直に聞いてみるところだな。


「三澪。不機嫌そうに見えるんだけど、どうしたんだ?」

「別に」


 ツーンと俺から顔を背ける三澪に俺は予測を確信にまで高める。


「なんだ? 俺が何かやらかしたのか? お前を迎えに行かなかったのが悪かったのか? それとも、もう俺に愛想が尽きちゃったのか……?」


 かねてから抱いている不安が表出してきた。

 全然モテない俺が三澪と付き合えている状況が奇跡なんだ。

 いつ瓦解してもおかしくない。

 俺がそんなことを考えていると、三澪が小さく呟く。


「……チョコ貰ったんでしょ」

「チョコ?」

「……斎藤さんにチョコ貰ってデレデレしてたらしいじゃない!」


 キッとにらんでくる三澪に困惑する。


「えぇ……どこ情報だよ、それ……。そもそも、斎藤さんのチョコって義理だし……」


 自分で言っておいてなんだが、そういう問題でもない気がする。

 しかし三澪は納得したらしい。


「そう…なのね。ごめんなさい。冷たい態度をとって……」


 申し訳なさそうな三澪を見ていると、俺まで悲しくなってくる。

 やっぱり彼女には笑っていてほしい。


「気にすんなって。それだけ、三澪が俺のことを好きだって事だろ?」

「え、ええ。そうね……」

「………」

「………」


 冗談めかして言った言葉だったが、三澪が顔を真っ赤にして肯定するとこちらまで恥ずかしくなってしまった。

 結果、二人で顔を赤くして黙り込む。


「…っはい!」

「…あ、ありがとう…」


 恥ずかしさを誤魔化すためなのか、勢いよく突き出されたチョコを受け取る。

 箱型ではなく、個包装されたタイプだ。針金ではなくリボンで口が閉められている。

 三澪は自分の作ったチョコを観察されているのを見るのが恥ずかしいのか、顔を背けたままだが、耳が真っ赤なのが分かる。

 肝心の中身はというと、クッキーだった。

 チョコチップとココアの二種類が入っている。

 基本は丸だったり四角に形成されているが、チラリと一つずつ小さなハート形が見える。

 そこまで観察したところで、懸念が浮かぶ。

 このクッキー湿気ってそうじゃないか? と。

 三澪は顔の赤みが引いてきたのか、俺の方を向き直る。

 そして、クッキーを眺めたまま止まっている俺を見て首を傾げる。

 彼女の視線はクッキーに移動し、そのまま数秒考え込んで俺と同じ思考に辿り着いたらしい。

 まさか……という表情を浮かべ、クッキーを見つめる。

 俺はゆっくりとリボンをほどき、一枚選んで食べてみる。

 ハートをとった俺を見て、また顔が少し赤くなった三澪もクッキーを一枚とって食べる。

 クッキーの味は――案の定湿気っていたので、明らかに美味しさが落ちていた。

 三澪も同じことを思ったのか、微妙な顔をする。

 いや、彼女の方が味が落ちているという事を実感しているだろう。

 残念そうに俺の持つ袋に手を伸ばしてきたので、サッと避ける。

 空ぶったのに驚いたのか、えっという顔で俺を見てくる三澪に見せつけるように追加でクッキーを食べる。


「返してちょうだい! そんなもの、渡せないわ……美味しくないでしょう、それ……」

「確かにクッキーが湿気ると美味しくないのは確かだ。でも、三澪が俺のために作ってくれたものなんだから、美味しくないわけがない」


 俺の言葉の前半で気落ちしたように肩を落とした三澪が、後半で顔を上げた…と思ったが微妙に目線が合っていない。

 これはいい感じかと思い、さらに畳み掛けるようにいい感じのセリフを言おうとする。


「愛情は最高のスパイスだっていうしな」

「……最後の一言は余計だったわ」


 一気に冷めたとでも言いたそうな顔で彼女は言う。

 そして、そのままスタスタと歩きだしてしまった。

 ショックで固まっていた俺は、数秒経ってから急いで三澪を追いかけ始める。


「ちょ、待ってくれよ」

「待たないわ」


:―:―:―:―:―:―:―:

 IF浜地三澪の主人公。

 ダメ人間が板についてしまった主人公。

 無意識に彼女の気を引こうと、ダメさが押し出されてきた。

 最近、競泳水着にエロスを感じ始めてしまった。

 ちなみに、斎藤さんのチョコでデレデレしていたというのは、件の斎藤さん本人からのリーク。

 彼女持ちとはいえ、諦めないぞという気持ちを込めての本命チョコだったが、まさかの義理だと思われていた悲劇の人物。

:―:―:―:―:―:―:―:

―――――――――

 もしかしたら間に合わないかもしれないので、三人目だけ先に更新です。

 四人目は明日には更新できているはず……。

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