第6話 乱入者??

 鵲鏡さくきょうによるお説教がしばらく続き、彼の息が上がるようになった頃、扉を叩く音がした。


「星華様。文官のお二人がいらっしゃっております。お通ししますか??」

「えぇ。通してちょうだい!」


これ幸いとでもばかりに星華は、まだ言い足りなさそうな顔をする鵲鏡に目配せした。無駄な所での上手い機転の利かせ方に深く溜息を吐いた彼は、頭を切り替えるように目にも止まらぬ速さで客を迎える支度を調え、星華の傍らに控えた。


「星華様。この度は我ら若輩者を側近として任命して下さり、誠にありがとうございます。このえい迅楸じんしゅう、誠心誠意あなた様にお仕えする事、ここでお誓い申しあげまする。」

「ふふっ、ありがとう迅楸。....廉結れんゆ、久しぶり!元気だった??」

突如砕けた物言いとなった星華に様々な視線が集まる。


「あの時みたいに話していいからさ、何でも聞いてよ。」

「あの時、とはどういう事でしょう??」

一人首を傾げる迅楸。当たり前である。


「実はね迅楸。私、離宮期間はこの国が発表していたように外国へ行っていた訳ではなくて、州の平民街で身分を偽って八年間暮らしていたの。廉結とはそこで出会って、仲良くしてもらっていたわ。だからさっき私の顔を見た廉結はすごく驚いていたっていうわけ。....はぁー、面白かったなぁ。」

「はぁ、そ、そうでしたか。」


訳が分からない...、迅楸は内心でそう思いつつも、かなり面白がられている友に心の中で合掌した。


「だから迅楸も楽に話してね。身内で固っ苦しい言葉はうんざりだから。」

呆れたような顔をしつつ何も指摘していない鵲鏡(目が全く笑っていない笑顔を浮かべていて逆に怖い)を見た彼は、自分の主となる人物について深く考える事を放棄した。


「了解です。星華様。......星華様もこう仰られているのだし、ちゃんと聞いてみたらどうだい??」

迅楸は隣で困り顔をする友に片目を瞑って見せた。こういう事をするから女官達にモテるんだな、と呆れる廉結だったがどんな形であれ、混乱した頭を正常に戻してくれた友に心の中で感謝した。


「はぁー。じゃあ、遠慮なく。....星華お前、本っ当ーに、りん家の人間なのか?」

「あっ、えっ??そこ!?ま、まあそうよ。八年前に母が亡くなって、宮廷ここから離れる為に鵲鏡と二人、あの平民街に移り住んだの。」

「鵲鏡とお前は従兄妹っつってたけど、それは本当か??」

「それは嘘。ある程度近い血縁関係で繋がってるって言わないと、怪しまれて通報されちゃうからね。他は??」


 何かを考えるように顎へ手を置いた廉結は、密かに不安を抱えていた。廉結の知る星華は、任命の儀に突如現れた時のような風雅な少女ではない。天真爛漫でどこか抜けていて、とても放っておく事ができず何故だか目が離せなくなってしまうような........、廉結が初めて心奪われた相手、のはずだった。今、自分が気になっていることを聞いてしまったらこれまでの関係が全て壊れてしまう、そう感じてしまって止まない廉結は二の足を踏んでいたのだ。


「あなたが思っているような事にはならないと思いますよ。」


それまでただ星華の隣で控えているだけだった鵲鏡が突然口を開いた。それもまるで廉結の思考を読み取ったように。

「だから何も恐れずに聞くと良いと思いますよ?まあ、余計なお世話かもしれませんが。」


彼の言葉に勇気付けられた廉結は、一つ息を吐いてしっかりと前を見据えた。

「星華は、あの星華だよな?お前は、何もあの時から変わってないんだよな?」

確認するように、必死な目で問うてくる廉結に星華は思わず笑みが溢れた。


「当ったり前じゃない!人はそんなに変われないわよ。けれど........、これからはあの時のようにただ無邪気に笑っていられる訳ではないの。のほほんと生きる少女のままではいられない、というか.......。」

「どういう事?」

「だから、その......、ここは宮廷だから........。」


彼女の悲しそうに伏せられた瞳で目元に長いまつ毛の影が落ちる。その言葉にはっとしたのは迅楸だった。

「宮廷では何が起こるか分からない..........?」

「えぇ。そういう事よ。実は...、」


 星華が何か話し始めた時、虹烏殿こううでんの裏口の方でガタッという物音がした。その場に集まる面々が揃って硬直する中、素早く反応して裏口へと向かったのは武器を手にした鵲鏡だった。続くようにして側近二人が星華を守るように背で庇ったその時、扉がばーんと開き、そこへ鵲鏡が飛び掛かって行った。


「何者っ!!!」

「ぎゃあー!!何や、いきなり!!」


鵲鏡が羽交い締めにしたその人物は西訛りのある少女だった。その顔を見た鵲鏡は不覚にも息を詰めた。また、それは廉結にも同様だった。


「「絳鑭〜!?」」


二人の揃った声が虹烏殿に木霊した。

「どうして絳鑭がここに?」

「どうしてやて??」


首を傾げて星華の方を見る絳鑭に、鵲鏡は一つの答えに辿り着いた。

「まさか、星華様の仰られていた武官って....、」

勘の鋭い古馴染みを、星華はにんまりと見つめた。


「さすが鵲鏡!私の側にずっといるだけあるわ!!ここはお祝いの踊りをっと。........星影ー!、おいで〜出番だよー!!」

「カァーカァー!!」


 颯爽と虹烏殿に姿を現した星影は、その場でおそらく踊りと思われる変な動きをしながら、それに合わせてカァーカァーと鳴き始めた。その“変な烏”を見る一堂(星華と鵲鏡以外)は目を丸くして各々の頭に呼びかけた。

『機能停止するのはまだ早いぞ。さっさと仕事を始めろ』

と。


鵲鏡は相変わらず取って付けたような笑顔で星影と星華を眺めており、ただ一人、星華だけはにこにこと本当に嬉しそうに笑い、『上手だねー!!』と手をたたいて愛烏を褒めていた。


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