第5話 再会

「これより、任命の儀を執り行う。名を呼ばれた新人の者達は前へ進み出るように。」


 進行役の吏部官の朗々とした声を聞きながら廉結れんゆは、進士式の日から始まった長かったようで短かった一年間をふと思い返していた。平民上がりながらも第二位という好成績で及第した彼は、進士式当日より周囲からとても良いとは言えないような視線を向けられてきた。

 だがたった一人、第一位及第したえい迅楸じんしゅうだけは、唯一廉結と対等に同期として親しく付き合ってくれた仲間だった。


 第一位と第二位ということもあり、二人は転々と配属された仕事先でよく組まされ、互いに協力しながら次々と降りかかる仕事を着々とこなしていった。いつしか休日でも付き合うようになった彼らはかけがえのない友となった。



 そうして時は過ぎ、宮廷内の木々の飾りは薄桃の小さな花から紅に染まった葉へ、やがてはそれらが絨毯になり代わり、再び花を飾りつけようと新たな蕾が芽吹いていた。小さな命を揺らすそよ風は、優しく包み込むように廉結達のいるへやにも忍び入ってきていた。


「同じ部署に配属されるといいな。」

そのような事は万に一つもないということを良く知っているはずの迅楸からそう言われ、同じく願ってしまっていた廉結は急にむず痒いような気持ちになった。

「あぁ。そうだな。」


 結局ぶっきらぼうな言い方しか出来なかった自分に、廉結は心の中で舌打ちした。

「君ともうあまり話せなくなってしまうと考えると、とても寂しく感じるなぁ。」

真顔で恥ずかしいような事を言う迅楸には羞恥心というものが存在していないのではないのか....、廉結は本気で隣に佇む男を心配した。彼の言葉には冗談が多く、普段きらきらとした笑顔でいる分何が真意なのかは全く分からないが、彼の根底には相手を敬う心が備わっているように廉結には感じられていた。

  

 そして何よりも彼は名門中の名門、栄家の跡継ぎ(次期吏部尚書)であるため今一番注目されている若手だ。いわば、周囲からのご機嫌窺いである。だが当の本人は父である吏部尚書、朔蒼さくそうに何か思うところでもあるのか配属先について唯一、吏部にだけは行きたくないと言っているため、そう簡単に栄家の跡継ぎ問題は解決しそうにないだろう。


 下位の及第者から順に名が呼ばれてゆきついに廉結の順が来た時、突然室の扉が開け放たれた。その先には数人を従えた一人の少女が佇んでいた。廉結はその少女の顔を見て、頭に雷が落ちたような衝撃を受けた。


「........星....華............??」


廉結の小さな呟きを拾った迅楸は反射的に身体を跪拝の形へと移らせていた。

「廉結、あの方の名前を呼び捨てにするだなんて、無礼にも程がある。何突っ立っているんだい??あの方は次期国王陛下、虹姫こうきであらせられる星華様だよ。」


 (次期........、国王陛下っ??)



廉結の頭の中は混乱していた。今廉結に左右を尋ねたとしても、返ってくる答えはだろう。


「任命の儀を迎えられた新人の皆様、初めまして。まずはお顔を上げて下さいませ。私はりん星華と申します。ご存知の通り、虹姫でございます。本日は私の側近となって頂く方を呼びに参りました。」

突然の虹姫様の言葉に、辺りはざわつき始めた。

「皆様、お静かに。」


 その佇まいはゆったりとしており、まるで野に咲く花のようにたくましく、華奢だった。はらはらと舞う花びらがまるで彼女を取り巻く精霊のように見える。その儚げな美しさは見る者を虜にする。


「では、早速発表させて頂きます。....『華廉結』殿。あなたを私の専属文官に任じます。一人ではお寂しいでしょうから、誰か一緒に任務に就きたい方がいらっしゃれば、教えて頂けるかしら??」

何にも考えられなくなっている頭のせいで疑問符を付けていた彼は自然と口を開いていた。

「ならば、栄迅楸殿が良いです。」


 周囲からの貫くような視線の中、廉結ははっきりと星華の目を見て答えた。そんな彼を隣で見守っていた迅楸は人知れず、彼にしては珍しい本物の微笑を浮かべたのだった。


「では栄迅楸殿、あなたも私の専属文官としてこの後、虹烏殿こううでんへいらして下さいね。」


任命の儀に衝撃を走らせた前代未聞の人物、竜星華は自身のもたらした後始末もせず、優雅な足取りでその場を立ち去ったのだった。




「はぁー。面白かったぁ。」

虹烏殿に戻った星華は誰がどう見ても、とても一国の次期国王には見えないような意地の悪い笑みを浮かべていた。

「星華様。お一人でどこへ行ってらしたのですか!?あれほどお一人で出歩かれるのはやめて下さいと申しましたのに!まったく、星華様という方は!!あの時も....」

「はーい、わかってマスー。でも鵲鏡さくきょう、側近を三人決めてきたの。ふふん。すごいでしょ?もうそろそろこちらに来る頃だと思うわ。」

「........、へ?」

彼の珍しいまぬけ面を垣間見た星華は、さらに上機嫌になり調子に乗って言わなくても良い事を口走ってしまった。

「任命の儀に乗り込んで廉結を指名して、その場にもう一人適任がいたからその子にもこちら側になってもらったでしょー。それにもう一人は、兵部に行ってちゃんと任命してきた、という感じかなー。」

星華の言葉を聞いた彼はその直後、まさに鬼の形相で彼女に差し迫った。

「星華様?とは、一体どういう事です??予め決めておられた事なのでしょうねぇ?」

「ひぇっ!?そ、そうよぉー......。廉結と仲の良い人に側近になってもらおうって決めていたの。き、きちんとっ、決めていたのよぉっ!?」

声を裏返しながら彼と全く目を合わせようとしない星華には、まるで説得力がなかった。

「星華様??あなたは........、」

鵲鏡のこんこんとした説教に、星華はただただ頷いて見せる事しかできなかった。

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