第7話 絆

 しばらく踊ると満足したのか、上機嫌に星影せいえいは空へ飛び立ってゆき一堂の視線は絳鑭こうらんに集まった。


「えーと、いろいろあってうやむやになってたけど....、どうして絳鑭がここにいるんだ??」

「ま、まあ取り敢えず、その説明の前にちゃんと自己紹介させてや。....うちは、絳鑭。改めて宜しくなー。」

彼女は兵部尚書、翔信しょうしんの養女だったのだ。


「やっぱりそうだったんだー。」

「星華お前、知ってたのか!?」

何も知らなかった廉結は、ただでさえ丸い目をさらに丸くした。

「え?うん、まあね。だって姓を名乗らないだなんて明らかに怪しいじゃない。それに対戦した時のあの構え!!あんなに綺麗な構えを取れる人なんて、国中探してもそういないわよ。」


何てこともなさげに平然と答える星華に、絳鑭はその端整な顔を歪ませた。

「あちゃー。やっぱり星華にはバレてたんやな。じゃあうちがしよおった事知っとるはずやのに、どないして側近になんかしたんか??」

「絳鑭何かしてたのか??」


廉結れんゆの問う声には耳も貸さず、絳鑭はただじっと真顔で星華だけを見つめていた。そんな絳鑭を横目でチラリと見た星華は、少しばかりそっぽを向いて答えた。


「知ってるよ。だけど絳鑭と一緒にいると気が楽なの。見知らぬ人に気を使いながら護衛してもらう事なんて私には出来ない。だけど、平民街という場所で嫌な顔一つせず、“私”の事を分かっていても普通に接してくれた....、友達になってくれる絳鑭だったら、信用できると思ったの。............ただそれだけやでー。」


少しふざけた彼女の言葉が、緊張感で張り詰められていたこう烏殿うでんに大輪の笑顔の花を咲かせた。

「はははっ!星華には敵わへん。やっぱ星華はええなー。ほんと自分があほぉらしくなる。

うちは友達を生半可に護衛したりはせぇへんから安心せい。ちゃーんと守ったる!先輩としてな。」


「うん。ずっと、宜しくね。」

穏やかな風が日向の虹烏殿を優しく包み込んだ。



 新緑の若葉が無邪気に笑う姿を微笑ましく見守りながら、霜晏は虹烏殿へと向かっていた。彼と前国王、りん紅鏡こうきょうは彼の家の家業(礼部れいぶ)の都合上、幼い頃からの友人、—幼馴染だった。


 幼い頃から霜晏は、当時礼部尚書であった父親の考えで、虹力を扱った儀式へと連れられていた。家の中では誰にも敬意を払うことなく横柄な態度を取っていた彼の父が唯一跪いた相手、それが彼と同い年の紅鏡だった。


虹姫と言えど、自分と同じくまだ幼い子供である相手に跪くらしい父を、彼女と会う前までの幼き彼は不甲斐なく感じていた。


彼が初めて会った紅鏡は、程よく大きくきらきらと輝いた目に筋の通った小さな鼻、控えめに弧を描く唇、と五歳とは思えない程の華やかさがある美幼女であった。彼の父に立つよう命じたその声はまだ幼く、澄み切っていた。そんな彼女の姿を目の前にした彼は、自身の頬が熱くなってゆく事を実感した。それと同時に彼は、彼女と頻繁に会う事のできる父を恨みがましく感じるようになったのだった。

 

『お前は将来礼部尚書となり、紅鏡様のお助けをするのだ。よいな??』


 父の言いなりなんて真っ平御免、そう決意していた霜晏だったが、その言いつけに対して、否、という答えはもう持ち合わせてはいなかった。歴史、計算、地理、古典、哲学、儀式、剣術—、全てを完璧にこなせる、紅鏡様にとって一番頼れる臣下になる。そう決意した彼は彼女と親交を深めつつ、礼部尚書になるべく、そのための教育に熱心に取り組んだ。


そのような日々が始まり約六年が経ったある日、霜晏十五歳の時だった。その日、いつも通りに仕事へ出掛けた彼の父が仕事場で急逝したのだ。何の予兆もなく突然当主を失った伶家に跡を継げる人間は霜晏しかいなかったため、十五歳という若さで彼は礼部尚書となった。


『霜晏、貴方が礼部尚書になってくれるのなら、こんなに嬉しい事はないわ!』


彼女に頼られる事が誇らしくて、笑顔を見られるのが嬉しくて.....、霜晏はほのかな想いを胸に、彼女を隣で支えていったのだった。

 

だが、就任の挨拶をする彼には、いつも見ることのできる彼女の姿を見る事はできず、虹王竜紅鏡の足元だけしか窺う事が出来なかった。



 (今更このような事を思い出しても仕方がないのに....。)


自身の心の弱さに、すっかり瑞々しさのなくなった苦笑いを浮かべた彼は、時間の経過の残酷さを身に染みつけつつ、気を取り直して虹烏殿へと入っていった。

「星華様、礼部尚書、霜晏で御座います。」

「霜晏!待っていましたよ。」


 振り返った少女は、彼のよく知るあの人にとても似ていた。


 


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