第3話「秘伝とは」

 冬子とうこは整体の店を経営している。経営と言っても一人でやっているのだが……


 短大を卒業して会社に就職したが、経営悪化で会社が倒産。

 冬子は祖父、仁蔵じんぞうがやっていた整骨院『じんぞう堂』を手伝っていた。


 仁蔵は代々伝わる三日月流仙術を伝承する家系で、週に一度、仙術の中の健康法『導引どういん』を一般に教えていた。

 冬子もこの講習会に参加して導引を覚えていった。


 ある日、祖父が亡くなった。

 冬子は整骨院はできないので、祖父に習った導引で整体の店をすることにした。

 屋号はそのままで、

 整体『じんぞう堂』を始めた。


 仁蔵の息子、勘蔵かんぞうも子供のころから導引は教わっていたが職業にはしなかった。


 ❃


 三日月家の茶の間。

 勘蔵と冬子の会話。


父「冬子も親父(仁蔵)に、お尻の導引は習っただろ?」


娘「うん、教わった。直立して、お尻を手で上下にこするのと、肛門を指で押すやつ」


父「それは、お尻の導引の基本だ。俺も、それで50歳までは簡単に痔を治すことができた。しかし、50歳からは、それでは治らなくて、ずいぶん苦しい思いをした。そして、試行錯誤の末、治し方を見つけたんだ」


娘「それよ、それ! その治し方を教えて!」


父「これは、俺が5年間も試行錯誤して苦しんでいるとひらめいた秘伝の技だ。ちなみに、秘伝の技は、なぜ隠すか知ってるか?」

娘「えっ、秘伝? それは難しいからじゃないの?」

父「いや、逆だ。難しくて皆んなができないのなら、隠さなくてもいいんだ。簡単で、教えれば、皆んなができるから隠すんだ」


娘「そうなの!?」

父「そうなんだ。例えば、肛門を指で押すのも、直接指で押すのは、凄く抵抗があるだろ?!」

娘「それは、そうね、汚いもの……」

父「実際に痔になって、痛みがひどくなれば、指で押して治るのなら、いくらでも押すだろうが、普通は抵抗があって押せないだろうな……」


娘「普通は、肛門を直接さわるなんてないわよ」

父「そうだろうな、でもトイレットペーパーでは拭くだろう?」

娘「それは、そうでしょ。トイレットペーパーなんだから……」


父「それなら、トイレットペーパーの上から肛門を押せばどうだ?」

娘「えっ、トイレットペーパーの上から? ひょっとして、それが秘伝?」


父「いや、これは、簡単なメンテナンスで普段やるチェックの方法だよ。それでも、これも気づくのにずいぶん時間がかかった。55年くらいかかったな……」


娘「ずいぶんかかったのね。でも、そんなのでいいのなら、出来そうだよ」

父「排便のあと、習慣的にやるといいね。でも、トイレットペーパーも紙だから、やっぱり摩擦があるので上から押すのは30秒から1分くらいだね。それ以上やると肛門が痛くなったり、痒くなる。できればパンツや下着の上から肛門を押した方がいいんだ。俺はももひきの上から押していた。パンツ一枚では、どうも感触が悪かった」


娘「下着の上から? パンツが汚れちゃうよ」

父「パンツを取り替える前とかさ……痔が本当に痛くなったら汚れるとか言ってられない、何でもするぞ! 俺は切れ痔でパンツに血がつくなんて日常だった。ももひきは白いから血がつくと洗濯機では取れなくてな、固形石鹸でこすってから洗濯機で洗っていたぞ」


娘「そういえば、お父さん洗濯してたね」

父「お母さんには見られたくなくて下着だけな……」

娘「そんなに汚れたの?」

父「いや、外痔は痛みは強いんだけど出血は少ないんだ。便秘になって便が硬いと出血は多いけどな、それで便秘は怖かったな……便秘がひどくなった人は、肛門に指を入れて出す人も多いらしいぞ」


娘「治すためなら汚いなんて言ってられないんだ」


父「肛門は汚いから直接触ってはいけないという常識があるが、大切な部分なので手入れは必要だと思う」

娘「おじいさんが、体は差別してはいけないって言ってたけど、それが、このことかな?」


父「たぶん、そうだろう。もちろん、大便のついた手で他の所を触ったら汚いからだめだよ。大腸菌が尿道に入ったら膀胱炎になるからな。でも、汚いから肛門は触ってはいけないってことではないんだ。これを子供に教えるのは難しいから、子供には触ってはいけませんとなるのかもしれんが……」


娘「お父さんは、その方法で治ったの?」

父「いや、これだけでは治らなかった。もっと重要な事に気づかなくては良くならないんだ」


娘「それは何?」

父「それは、後で教えてやる。まずは順番に話してやるよ。トイレットペーパーの使い方もいろいろあって後で教えてやる」

娘「あとでか……」

父「楽しみは取っておいたほうがいいだろう?」

娘「そうだね……」

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