第2話「直ちゃん。身長2m」

 見通しの良い、片側一車線の道路。

 夕方、天候は小雨。


「今日は、いい魚が釣れた。勘蔵かんぞうに持っていくかな?」

 釣りの帰り道。中年の背の高い男性が車を運転している。

「前から来る車、ふらふらしているな……あ〜っ、意識を失っている……」


   『トイレットペーパー』


 皆様、快適なトイレになりますように。



 ❃



娘「おかえり」

父「あぁ、いたのか。ただいま」


 三日月家の茶の間、父親の勘蔵が昼間に帰ってきた。


娘「お父さん、今日は早いね。有休だったの?」

父「昨日、お葬式だったろ。だから、今日は昼で帰ってきた」


娘「お父さんの同級生の人ね」

父「冬子とうこも合ったことあるだろ、背の高い人」

娘「あの身長2mくらいの人?」

父「そう。小学校から知ってたのにな……車がぶつかったんだって……」


娘「それは気の毒ね……」

父「見通しの良い道で、どちらかが対向車線をはみ出したらしい」

娘「怖いね、お父さんも気を付けてね……」

父「対向車線をはみ出してこられたら、どうにもならないな……冬子、お前は休みか?」

娘「うん、今日は休みだよ。お父さん、ご飯は食べたの? 何か作ろうか?」


父「会社の帰りに食べてきた。地獄ラーメン」

娘「えっ、あの新しく出来たラーメン屋さん!? 美味しかった?」

父「美味しかったよ。地獄の一丁目から十丁目まであってな、辛さが増していくんだ。俺は三丁目を頼んだんだが、けっこう辛かったな」


娘「いいな〜あたしも行きたい」

父「こんど行くか? 辛いだけじゃなくてスープも美味かったよ。野菜も多くてチャーシューも厚切りなんだが柔らかくて食べやすかった」

娘「あたしのお店に来るお客さんも地獄ラーメンを食べたって言う人が多いのよ。十丁目を食べたっていう女のお客さんがいて、ラーメンは食べれたけど、翌朝のトイレが大変だったんだって」


父「辛い物は食べる時も辛いが、出す時も辛いもんな、なんなんだろうなあれは? しかし、本当に地獄があって痛い思いをするのはいやだな……」


娘「そういえば、最近、お父さんトイレで痛いって騒がないね」

父「トイレ? あれか!? あれはもう痛くないんだ。出血もない」

娘「治ったの? 病院にいった?」

父「いや、結局、病院には行かなかった。やっぱり恥ずかしいもんな、それに手術しましょうなんて言われたら嫌だからな」


娘「そんなこと言って、がんで手遅れになったら大変だよ」

父「ああ、そうだな……アメリカの女優さんが、お尻のがんで亡くなったのはショックだったな、あんな綺麗な人が亡くなるんだな……俺は高校生の時、部屋に彼女のポスターを貼っていたんだよ。金髪で笑った顔が最高だった!」

娘「あの女優さんね、あたしも映画で見た」


父「あのくらい綺麗な女の人はトイレなんか行かないと思っていたな」

娘「そんなわけないじゃない……」

父「昭和のアイドルはトイレに行かなかったんだぞ」

娘「何それ?」


父「イメージかな? 清純で汚いものは出さない花のような感じがしていた」


娘「お尻の病気は女性の方が多いのよ」

父「現実に戻さないでくれ〜 中年のおじさんがお尻が痛いって言うのは笑えるけど、女性がお尻が痛いっていうのは、あまり聞きたくないな……」

娘「しょうがないじゃない。構造的に女性の方がなりやすいんだから、誰にも言えなくて、病院にも行けずに悩んでいる人は多いと思うよ」


父「そうだろうな、男の俺でさえ病院でお尻を見せるのは嫌だもんな。薬局でお尻の薬を買うのも緊張するよ」

娘「薬は買ってたんだ!?」

父「買ってたよ。安いやつだけどな、薬を塗らないと痛くてな、座薬も入れていたな」


娘「今も座薬を入れてるの?」


父「入れてないよ。もう痛くないから、塗り薬も使ってない」

娘「ぜんぜん痛くないの? 前は、あんなに大騒ぎしていたのに……」

父「全然痛くないよ。むしろ気持ちいいよ」


娘「治し方ってあるの?」


父「治し方は簡単だよ。わかってしまえば簡単だが、俺も気がつくまで5年もかかったんだぞ!」

娘「どうやるの?」

父「親父おやじ(勘蔵の父親)に痔の治し方は教わったか?」

娘「うん、お尻をもむのと、肛門を押すやつでしょ?」


父「基本的にはそれなんだよ。若い時ならそれで治るんだが、50歳になった時には、それで治らなくなったんだ。まったく5年間も無駄な努力で悩んでいた……治し方のヒントをくれたのは恐竜と直ちゃんだった」

娘「なにそれ、教えてよ!」


父「知りたいのか?」

娘「知りたいよ!」

父「お前も痔なのか?」

娘「バ、バカ……あたしは大丈夫よ」

 顔を赤らめる冬子。

父「お前に痔の治し方を教えたら、俺は天国に行けるかな……直ちゃんも無事、天国にいけたかな?」


 三日月家の茶の間で話す何気ない話。

 58歳の父、勘蔵と、娘の冬子、27歳の会話。

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