017 エピローグ

 時は流れ、長期休暇に入る直前の六月になりました。

 トレクマー様から聞いた話によると、ブライシー王国では、ダニエッテ様の子供がアーティファクトを起動させるという啓示があったという事で、王太子の側妃になったそうなのです。

 一日も早く子供を孕むようにと、足蹴く通っているのが災いしたのか、自分は王太子に愛されているのだと勘違いしたダニエッテ様は、まるで自分が正妃であるかのように振舞って、正妃様や他の側妃様方に制裁を受けて、その顔に醜い痣を作ってしまわれたそうです。

 それでも、王太子は子供を作るためにダニエッテ様の寝所に通わなくてはいけないので、通う日はダニエッテ様の痣が見えないように、マスクを付けさせて抱いているという事です。

 子供が産まれた暁には、その功績をたたえて、教会に女神官として奉仕させる日々を送らせる予定なのだとか。

 なんというか、悲しい末路ですわね。


「ところで、長期休暇はカロリーヌ様は何をして過ごすご予定なのですか?」

「家で大人しく過ごす予定ですわ。暑い中で動いてしまってはいつ倒れるかわかりませんもの」

「そうですか、わたくしはアウグスト様と一時的に帰国する予定になっておりますの。そこで、今後この国に移住するかどうかを判断される事になっておりますわ」

「そうなのですか。しばらくの間離れ離れですわね」

「手紙を書きますわね」

「ええ、わたくしも」


 わたくしとトレクマー様はサロンで秘密の時間を重ねて、以前よりも親密な関係になっていきました。

 わたくしに合わせてなのか、トレクマー様も王宮からお弁当を持ってくるようになって、お昼の時間は二人だけの秘密の時間になったのですよ。

 まあ、たまにメンヒルト様や他の令嬢方も加わっての即席お茶会になる事もございますけれどもね。

 それにしても、トレクマー様は長期休暇の間はブライシー王国に帰ってしまわれるのですか、残念ですわね。

 まあ、基本的に暑い時期は屋敷というか部屋の外を出歩かないように言われておりますので、どちらにせよほとんど会えなかったのではないでしょうか?

 そう思うと、お手紙のやり取りを出来る分、ましかもしれませんわね。

 そうそう、ヨーゼルム様との婚約も無事に貴族院に認められまして、わたくし達は正式な婚約者になりました。

 わたくしの出産に関しては、周辺各国の神様が力を合わせて無事に産ませてくださるとのことですが、良いのでしょうか?

 平癒の神様と豊穣の神様と安産の神様でしたっけ? ご協力いただけるのは。

 そこまでしてヨーゼルム様の子供を産まなくても、跡取りはいるので良いのではないかと思うのですけれども、ヨーゼルム様は出来れば子供は欲しいと仰っております。

 まあ、わたくしの体を考えて無理はさせないと仰っておりますし、いざとなったら子供よりもわたくしを選ぶと仰って下さいました。

 それにしても、神様、周辺諸国の神様に借りを作ってよろしいのでしょうか?

 神様の序列がどのような物なのかはわかりませんが、少なくとも安産の神様に腰かけにされる程度なのですわよね?

 守護特化って、やはりあまり格が高くないのでしょうか。

 そのような神様に守護される我が国って一体……。



 そうして七月になり、長期休暇に入りまして、トレクマー様はブライシー王国にアウグスト様と一緒に旅立って行かれました。

 はあ、お帰りが待ち遠しいですわね。

 そしてわたくしはというと。


「やあ、カロリーヌ嬢。今日の体調はどうかな?」「今日も体調に問題はございませんわ、ヨーゼルム様。こんなに毎日いらっしゃらなくてもよろしいのですよ?」

「せっかくの長期休暇なんだ、愛しい婚約者の顔を見なくて何を見ろと?」

「ヨーゼルム様にはお仕事がございますでしょう?」

「だから、仕事が終わってから来ているじゃないか」

「まめですわね」

「愛しい婚約者の為だからね。仕事終わりから、夕食までのわずかな時間しか会えないのだから、この時間を大切にしたいのだよ。それにしても、最近は一段と暑くなったね。この部屋には氷柱が用意されているから涼しいけれども、外は蒸し暑くて仕方がないよ」

「そうなのですか。この時期は、食事も部屋で頂きますので、本当に外に出ないので知りませんでしたわ」

「カロリーヌ嬢が僕と結婚して離宮に住まうようになったら、同じように夏は氷柱を用意させないといけないね。ああ、食事は僕もカロリーヌ嬢の部屋で食べるから問題ないよ」

「ご配慮感謝いたします」

「そういえば、お付きメイドのコレットは離宮に連れてこないんだって? 大丈夫なのかい?」

「ええ、子供や旦那様と引き離すのも気の毒ですし、カルラとヘルフは連れて行きますので問題はございませんわ」

「そうかい。こちらでも、カロリーヌ専属のメイドと侍従を用意することにしよう」

「ありがとうございます」

「あと、典医のランドルフの事なんだけど」

「はい、なんでしょうか?」

「優秀だと噂なのに、エヴリアル女公爵は手放しても大丈夫なのかい?」

「それなのですが、お母様と話を致しまして、ランドルフさんではなく、ドレアヒムさんを連れて行こうと言う話になったのです」

「ドレアヒムって、学園の養護教諭の?」

「ええ、元はランドルフさんの教え子でございますし、わたくしの体の事もよく把握しておりますので、丁度良いのではないかと」

「カロリーヌ嬢がそれでいいのならこちらとしては構わないよ」

「ありがとうございます」

「そういえば、今度宰相になることになったんだ」

「まあ! おめでとうございます」

「うん、これでエヴリアル公爵家が筆頭公爵家に返り咲いた感じだね」

「確かに、王家との繋がりを考えますとそうなりますわね」

「あんまり嬉しそうじゃないみたいだね」

「筆頭公爵家と言われましても、お母様が仕事が増えると嘆くだけのような気も致します。それよりも、ジェレールお兄様からお聞きになりました?」

「なにかな?」

「ラルデットお義姉様が妊娠なさったのですって。以前から兆候はあったのですが、先日確定なさったそうですわ。安定期にも入りましたし、我が家も安泰といった感じですわね」

「ああ、聞いたよ。盛大にのろけられたからね」

「あら、ジェレールお兄様ってば、余程嬉しかったのでしょうね」

「カロリーヌ嬢は、自分の子供が欲しいと思うかい?」

「わたくしですか? 神様にお任せしておりますので、何とも言えませんわね」

「神様にか、カロリーヌ嬢らしいね」


 いえ、実際に神様がどうにかしてくださるそうですので、わたくしの意志に関係なく。


「結婚したら、嫌かもしれないけど初夜は迎えなくちゃいけないから、覚悟だけはしておいて欲しい」

「ええ、もちろんですわ。別に、ヨーゼルム様の事を嫌ってはいませんのよ?」

「それが救いだな」

「お母様に聞きましたわ、月の物が終わって一週間後ぐらいが一番妊娠しやすいのですって」

「そうなのか。……一応聞くが、カロリーヌ嬢は月の物は来ているか?」

「ええ、不定期ですけれども」

「そうか」


 なぜそこでほっとしたような顔をなさっているのでしょうか?

 確かに、わたくしは不定期な上にお母様に似たのか、月の物が重くて毎回ベッドから起き上がれませんけれども、来るときはちゃんと来ますわよ。

来ない時は三ヶ月以上来ないですが。

 それに、わたくしは髪の毛以外の毛が薄いと申しますか、無いと申しますか、あ、眉毛はございますよ? お母様曰くムダ毛処理がいらなくていいという事なのですが、無かったらなかったで少し切ないと申しますか……。

 あそこの毛もございませんし。

 ええ、コレット曰く普通は皆様あそこに毛が生えているそうなのですが、わたくしは生えていないのですよね。

 べ、別に構いませんのよ、お母様仰っていたムダ毛処理の手間がかかりませんもの。

 ちょっと寂しいだけですわ。

 他の方と思いを共有できないって物悲しいですわよね。


「しかし、月の物が不定期となると、妊娠しやすい時期というのもわかりにくいのではないかな?」

「そうですわねえ」

「まあ、無理に抱かれて欲しいとは言わないから安心してくれ。跡取りならもういるしね」

「そこまで気になさらなくてよろしいのですよ? わたくしだって貴族の娘、政略結婚をすると決めたからには覚悟はきちんとつけましたもの」

「そうか!」


 ヨーゼルム様は花が咲いたように「パア」と笑顔を浮かべました。

 そんなに嬉しいのでしょうか?

 よくわかりませんが、ヨーゼルム様が喜ぶのなら、それで良いのではないでしょうか?

 冷やしたレモネードを飲み終えて、おかわりを頂いていると、ニコニコとしたヨーゼルム様と目が合いましてコテリと首を傾げます。


「なにか?」

「いや、こんな風に毎日カロリーヌ嬢に会えるなんて夢のようだと思ってね。以前は体が弱くて王宮に呼び出すわけにもいかなかったし、かといって婚約者でもないのに毎回お見舞いに行くのもおかしいしで、とてももどかしかったんだよ。長期休暇の間だけとはいえ、こうしてカロリーヌ嬢の時間を独り占めできると言うのは幸せだと改めて思ってね」

「そうですか? そこまで想われるなんて、わたくしは幸せ者ですわね。けれども申し訳ありません、そのお気持ちにお応えできず」

「ああ、トレクマー嬢の事は気にしなくていいよ。僕も了承したしね。むしろ男じゃなくて本当によかったよ」

「そんなものなのですか?」

「そんなものだよ、僕にとってはね」

「そうですか」


 ヨーゼルム様は中々に難しい性格をなさっていますわね。

 実際、ヨーゼルム様がわたくしの部屋にいる時間は二時間ほどなのですが、毎日通っていらして、飽きないのでしょうか?

 わたくしなんて、特に面白い話が出来るわけでもございませんし、魔法という物は使えますけれども、これと言った特技もございませんものね。

 そうして、主にヨーゼルム様がお話になる時間が過ぎて、お帰りの時間になりますと、わたくしの部屋から出ていくのを見送ります。

 ええ、お母様から部屋の外には出ないように言われておりますので、失礼かとは思いますが、ここでのお見送りになってしまうのです。

 ヨーゼルム様が帰りますと、少ししてわたくしの部屋に夕食が運び込まれてきます。

 本日はオニオンミートグラタンのようですわね。

 熱いので、フーフーとしてから食べなければいけないのですが、以前わたくしの部屋で一緒に食事をしたジェレールお兄様とシャメルお姉様がわたくしのその仕草を見て悶えていたのが今でも謎で仕方がございません。


「お母様達は食堂で召し上がっていますのよね」

「はい、奥様方と若旦那様方は食堂にて食事をなさっておいでです」

「わたくしもたまにはご一緒したいですわ」

「カロリーヌお嬢様、この部屋の外は暑いので、カロリーヌお嬢様の体には毒でございますよ」

「わかっていますわ」


 それでも、この時期の間中一人で、といってもコレット達はいますが、食事を食べるのはつまらないですわ。


「涼しい日はございませんの?」

「雨の日などは比較的涼しい事もございますが、それでもカロリーヌお嬢様の体には負担が大きいかと」

「そうですか」


 はあ、残念ですわ。

 まあ、我が国ではブライシー王国のように日照りが続くという事はございませんし、それだけでもましなのかもしれませんわね。

 トレクマー様、お元気にしておりますでしょうか?


「そういえば、先ほどカロリーヌお嬢様宛てに手紙が届いておりましたよ」

「まあ! どなたからですか?」

「トレクマー様とクダレーネ様、フィリーダ様とヴィリエッテ様からでございますね」

「皆様長期休暇中に帰国なさっていますものね」

「はい。けれどもその長期休暇も残り一ヶ月でございます、あと半分と考えればよろしいではございませんか。カロリーヌお嬢様の刺繍の腕も上がっているようでございますし、何よりでございます」

「あれは、孤児院のバザーで売ってもらう用の物ですもの。自分用ではございませんわ」

「然様でございますね。お手紙はお食事が終わったらお渡しいたします」

「もう、コレットってば意地悪ですわね」

「お手紙に夢中になって食事の手がおろそかになっては困りますので」

「わかりましたわ」


 わたくしは手紙を読みたくて、いつもよりも速いスピードで食事を勧めていきます。

 時折食べ物がのどに詰まりそうになりますので、レモネードで流し込んだりして、コレット達に呆れられてしまいましたが、仕方がないではありませんか、娯楽が少ないのですもの。

 お手紙を読むのは、この部屋にほぼ幽閉されていると言っても過言ではないわたくしの唯一の娯楽ですのよ。

 食事が終わりまして、先ずは退学なさったクダレーネ様のお手紙を読みます。

 もうレーベン王国の学園への編入手続きが終わったそうで、今は新しい婚約者との仲を深めている最中だそうです。

 流石は公爵令嬢ですわね、王子と婚約破棄をしても、すぐに次の相手が見つかるなんて、って、わたくしも公爵令嬢なのですけどね。

 ともかく、お元気そうで何よりですわ。

 お返事はなんて書きましょうか? えっと、……。


『わたくしは相変わらずの日々を送っておりまして、刺激の溢れる日々を送っていらっしゃるクダレーネ様が少し羨ましく感じます。

まだまだ暑い日が続きますので、ご体調にはお気を付けになって下さいませ。

 新しい婚約者の方と今度こそうまくいくことをお祈りしておりますわ』


 こんなものでしょうか。

 次は同じく退学なさったフィリーダ様のお手紙ですね。

 やはり、学園への編入手続きは終わったそうで、学園生活で次の婚約者を見つけるとやる気満々のようですわ。

 長期休暇の間は家に申し込まれている婚約の選別に追われているらしく、学園でその人となりを判断なさるとのことです。

 人となりを判断するのって難しいですわよね。

 ルーカール様のような例もありますし、フィリーダ様にはぜひとも幸せになって欲しいものですわ。

 えっと、返事を書かなくてはいけませんわね。


『わたくしは、部屋から出る事の無い日々を送っていますが、毎日ヨーゼルム様が居らっしゃってくださいます。

 ヨーゼルム様のお話はいつも楽しい者ばかりで、聞いているとあっという間に時間が過ぎてしまいますのよ。

 フィリーダ様にも良き婚約者が出来ることを、遠い地からではございますが、祈っておりますわね』


 こんなものでしょうか?

 次はヴェリエッテ様ですわね、長期休暇の間は一時的に帰国なさっているのですが、ルストダン王国を守護なさっている平癒の神様にはお世話になりましたので、様子を伺えるのは嬉しいですわね。

 えっと、デブレオ様と一緒に長期休暇中は避暑地に行かれているそうです。

 ルストダン王国の国王陛下から、正式に大使として、アトワイト王国に永住するように指示を受けたとの事でございます。

 えっと、返事は……。


『避暑地ではいかがお過ごしでしょうか? わたくしは部屋から一歩も出ない生活を送っております。

 我が国に永住することが決まったようで、わたくしは嬉しく思いますわ。

 お帰りになりましたら、是非ともお茶会でも致しましょうね』


 こんなものでしょうか?

 最後はトレクマー様からの物ですわね。

 ああ、手紙を開けるだけでもドキドキしてしまいますわ。

 ええと、……まあ! トレクマー様もアウグスト様と一緒にこの国に永住するようにブライシー王国の国王陛下に言われたそうですわ。

 これは吉報ですわね。

 今は自宅にて、家族で過ごしているそうですが、こういう機会もあと数回なので堪能していらっしゃるそうです。

 結婚式はブライシー王国でなさるそうですけれども、それが終わったらアトワイト王国に大使として正式に赴任なさるのだと書かれておりますわね。

 まあ! お土産に百合の香水を下さると書かれてありますわね。

 なんでも自然な百合の香りで、あまり強い香りの物ではないので、普段使いできるのだそうです。

 香りに関しては敏感なトレクマー様が仰るのですから、素晴らしいものなのでしょうね、今から楽しみですわ。

 そういえば、手紙からもかすかに百合の香りが……この香りの香水なのでしょうか? だとしたらわたくしの好きな香りですわね。

 お返事を書かなくてはいけませんわね。


『トレクマー様、お元気ですか? わたくしは部屋から一歩も出ないで過ごしております。

 この国に永住なさるとの事で、私事のように嬉しく思っておりますわ。

 ご家族と離れ離れになってしまうのは寂しいかもしれませんが、トレクマー様にはわたくしが居りますので、寂しさを少しでも埋めることが出来ればと思います。

 百合の香水を下さるとのことですが、とても嬉しいですわ。

 もしかして手紙から香るものがその香水の物なのでしょうか? だとしたら、とても気に入りましたわ。

 トレクマー様のお帰りを、お待ちしております。

 お帰りになりましたら、わたくしの部屋で一緒にお茶でも頂きましょうね』


 検問もございますし、こんなものでしょう。

 それにしても、皆様充実した長期休暇を過ごされていらっしゃいますのね、羨ましいですわ。

 わたくしの生活なんて、本当につまらないものですものね。

 部屋でわたくしにも出来る何か楽しい事はございますでしょうか?

 ……だめですわ、思いつきません。

 せめて刺繍をするぐらいですわよね。

 はあ、皆様のお帰りが待ち遠しいですわ。

 トレクマー様、ご家族と引き離すようなことを考えるのは心苦しいですが、早く戻ってきて下さらないでしょうか?



 わたくし、カロリーヌは病弱なので、悪役令嬢は出来ませんでしたけれども、様々な方のお力を借りて、こうして幸せな平凡な日々を送る事が出来ております。

 皆様、もしまた会うことがございましたら、その時はよろしくお願いいたします。

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悪役令嬢、職務放棄 茄子 @nasu_meido

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