016 婚約破棄と婚約
ヨーゼルム様のお茶会に参加するために、一度屋敷に帰ってドレスを着替えてから王宮に向かいました。
寒い時期ですので、毛皮を使った温かいドレスです。
王宮に着きますと、すぐさま迎えが来まして、ヨーゼルム様の離宮に案内されました。
離宮のサロンにはもう王宮に滞在なさっている王子方とその婚約者の令嬢方が揃っておりまして、わたくしが最後だったようです。
「ご機嫌よう、ヨーゼルム様。先日はお見舞いの花をありがとうございました」
「快癒したようで何よりだよ。今日はお茶会に参加してくれてありがとう。早速席に座ってくれ、立ちっぱなしじゃ疲れてしまうだろう?」
「ありがとうございます」
「カロリーヌ様、こちらにどうぞ」
「はい、トレクマー様」
わたくしは喜んでトレクマー様の横に座ります。
ヨーゼルム様の隣の席も空いておりましたが、それには気が付かないふりを致しました。
開始の挨拶をヨーゼルム様がなさって、お茶会が開始されますと、まずブライシー王国に行ったダニエッテ様の話になりました。
「まったく、ダニエッテ嬢がブライシー王国に行ってしまって、学園は明かりが消えたように感じてしまうよ」
「わかるよ、リードリヒ殿」
「ルーカール殿もそう思いますか?」
「二人ともダニエッテ嬢とは親しくしていたからな」
「何か言いたいことが? アウグスト殿」
「いや? まあ、俺としては無事にブライシー王国に送り出せて安心しているよ。あとは国で父上や兄上がうまくやってくれるだろう」
「君の国が羨ましいよ」
「学園から光が消えたと言うが、あんな毒々しい光だったら消えて正解だったんじゃないか?」
「そんな言い方はないだろう」
「だってなあ。君はどう思う? デブレオ殿」
「私は彼女の事があまり好きではなかったから、学園からいなくなってくれてほっとしたよ」
デブレオ様の言葉に、リードリヒ様とルーカール様が驚いたような顔をなさいます。
気が付いていなかったのでしょうか?
「だって、デブレオ殿、君はダニエッテ嬢にあんなに優し気に接していたじゃないか」
「身分の低いものに慈悲を与えるのも王族の役目だろう?」
「そんな……」
「まあ、リードリヒ殿やルーカール殿のように彼女に好意的な人物ばかりでないという事だ。まあ、俺達の接待役のオンハルト殿もダニエッテ嬢とは親しくしていたようだけれども」
「そのせいで、彼女が私達に近づいて来たな」
「まったくだ。接待役が三人もいて、あんな身分も知能も低い令嬢を近づけさせるなんて、何を考えているのやら」
「そんな言い方……」
ルーカール様が何か言おうとなさろうとした時、「そういえば」とフィリーダ様が口を開きました。
「先日のルーカール様の発言をお父様にお伝えしたところ、正式に王家に抗議を致しまして、お望みどおりにわたくしとの婚約は破棄になりましたので、この場でご報告させていただきますわね。わたくしの留学に関しましても、今年度で終了となりまして、来年度からは祖国の学園に通う事になりますわ」
「まあ、そうなのですか? 寂しくなりますわね」
「まて。私はそんな話聞いていないぞ。婚約破棄なんて冗談じゃない。お前の後ろ盾が無くなったら私はどうなるんだ!」
「存じ上げませんわ。祖国の方でもう手続きは終わっているそうですので、今さら何を言っても手遅れですわね」
「そんな……」
「わたくしも言いにくいのですが、リードリヒ様、わたくし達も婚約が破棄されたことをご報告いたしますわね」
「え!? そんな、じゃあ僕の後ろ盾はどうなるんだい!?」
「さぁ? わたくしが欠かさず送っている家族への手紙を、お父様が読んで婚約破棄をするという判断をなさったようですので、新しく婚約者を探してくださいませ。まあ、我が家と婚約破棄をなさった第二王子の新しい婚約者になりたい家なんてそうそうないでしょうけれどもね」
クダレーネ様がそう言いますと、リードリヒ様の顔が真っ青になります。
「わたくしも、今年度限りで祖国に帰りますので、皆様とこうしてご一緒できるのはあと数か月といったところですわね」
「お二人もいなくなってしまうなんて、寂しいですわ」
「お手紙を書きますわね、カロリーヌ様」
「わたくしも、お手紙を書かせていただいてもよろしいかしら、カロリーヌ様」
「ええ、もちろん。お二人との縁がこれっきりなんて寂しいですもの」
「それにしても、いきなり婚約破棄なんて大変ですわねえ」
「今から祖国に帰ってお相手を探すしかないのではなくて?」
「あら、クダレーネ様。リードリヒ様もルーカール様も自業自得なのではございませんか? 婚約者を放置してダニエッテ様にかまけていたのですもの」
「今から祖国に帰るのは難しいのでは? だって、お二人とも公務でこの国に来ていらっしゃるのでしょう?」
「あら、カロリーヌ様、それはそうですけれども、婚約者、つまり後ろ盾が無くなった王子なんて、その扱いは酷いものになりますのよ」
「まあ、そうなのですか?」
「ええ、ですからリードリヒ様もルーカール様もあんなに青ざめていらっしゃいますのよ」
「そうなのですか」
わたくしは紅茶を頂きながら頷きました。
そう言えば、イェニーナ様も婚約破棄がやっとできると仰っておりましたし、ダニエッテ様に心酔なさっていた三人が全員婚約破棄される形になってしまいましたわね。
ダニエッテ様が残した爪痕は深そうですわ。
「まったく、若人はいいねえ」
「ヨーゼルム様だってまだお若いじゃないですか」
「僕かい? 僕は愛しの君にも振り向いてもらえないほど魅力のない人間だからねえ。そう思わないかい? カロリーヌ嬢」
「そんなことは無いと思いますわ。ヨーゼルム様は立派な方だと思いますもの。ただ、わたくしはそれにお応えできないと言うだけでございます」
「あら、ヨーゼルム様はまだカロリーヌ様を諦めていらっしゃらないのですか?」
「もちろん」
「わたくし、側妃の方々とうまくやっていく自信がございませんし、子供を産めるかもわかりませんもの。ヨーゼルム様の正妃になるのは無理ですわよ」
「子供なら、側妃が産んだ子供がいる。何だったら側妃を全員家臣達に下賜したっていい」
「どこかで聞いた話ですわね、トレクマー様」
「ええ、まるで我が国の数代前の国王のような事を仰いますわね」
「そのぐらい本気なんだ」
まあ、神様にも朧気ではあるけれども、わたくしとヨーゼルム様が結ばれると言っていましたし、いずれ結婚することになるかもしれませんわね。
けれども、やはりこう見ていても、トレクマー様に感じるようなトキメキは起きません。
まあ、逆に嫌悪感のような物も湧いては来ないのですけれどもね。
結婚するとしたら政略結婚なのですから、それぐらいがいいのかもしれませんわ。
「わたくしと本当に結婚為さりたいのでしたら、先ほど言った事に加えて、わたくしが想う方を認めていただくことが条件になりますでしょうか」
「カロリーヌ嬢に想う人がいるのかい!?」
「ええ。まあ、結婚は出来ないのですけれども、想い合っておりますので、その想いを引き裂くような真似をなさらないと言うのであれば、結婚も考えてもよろしいですわよ」
わたくしはそう言うと、さり気なくトレクマー様を見ます。
トレクマー様は面白そうな目でわたくしを見た後、ヨーゼルム様の返事を待つためか、視線をヨーゼルム様に移しました。
「……愛し愛される関係にはなれないってことかい?」
「政略結婚でそれを求めるのは難しいのではないでしょうか? そもそも、我が家はラルデット様が嫁入りしておりますし、王家にはシャメルお姉様が輿入れしておりますので、これ以上王家と縁を繋ぐ必要はございませんし、無理ならこの話はなかった事に致しましょう」
「待ってくれ、考える時間をくれ」
「よろしいですわよ? わたくしが学園を卒業するまでまだ時間もございますし、じっくり考えてくださいませ」
わたくしはそう言いますと、出来る限り優雅に見えるように紅茶を一口飲みました。
ふう、我ながら大胆な事を言ってしまいましたわね。
かなり無茶な要求だと思いますけれども、わたくしの想いを遂げるためですから、仕方がありませんわよね。
……自分勝手だったでしょうか?
なんだか少し反省してしまいますわね。
「ふふふ、カロリーヌ様ってば、男性を困らせるのが得意なのですね」
「ヴィリエッテ様、そんなつもりは……」
「いやはや、ヴィリエッテ嬢の言う通りだよ。カロリーヌ嬢は僕を困らせる天才だね」
「もう、ヨーゼルム様まで。自分でも都合のいいことを言っている自覚はございますわよ」
わたくしの言葉に、リードリヒ様とルーカール様以外に笑いが起きます。
お二人は婚約破棄のショックからまだ立ち直れていないようですわね。
それにしても、本当に我ながら無茶苦茶な事を言いましたわよね、側妃を全員追い出して、その子供は続けて養育して、けれどもわたくしはヨーゼルム様を愛さないと宣言したような物ですもの。
うう、反省ですわ。
けれど、わたくしと結婚したいのならそのぐらいしていただかないと、わたくしには何のメリットもございませんものね。
その後、お茶会はヨーゼルム様主導の元、楽しく進行し、わたくしは満足して家に帰る事が出来ました。
お茶会からしばらくたった二月の事です。
ヨーゼルム様の側妃の方々が家臣に下賜されると言う噂が広まりました。
ジェレールお兄様に確認したところ、それは本当の事で、わたくしを正妃として迎え入れるための準備をしているとの事なのです。
わたくしの要望を本気で聞く気なのでしょうか?
自分で言っていてなんですけれども、無茶苦茶言いましたわよね、わたくし。
「ジェレールお兄様。ヨーゼルム様は本気でわたくしを正妃にしたいと思っているのでしょうか?」
「そうなんじゃないかな。側妃の下賜先を探しているっていう話だし。まあ、子供は手元に残すらしいけど」
「結婚したら、その子供とうまくやっていけるでしょうか?」
「流石に子供まで手放せって言うのは無理なんじゃないか?」
「そこまでは言いませんけれども、母親と離れさせられた元凶でございましょう? 恨まれてしまうのではないかと心配なのです」
「っていっても、側妃様が産んだのは男児一人で、まだ六か月だ。やっと乳離れしたころだし、側妃も子供に見向きもせずに自分を着飾ることに夢中の人らしいし、良いんじゃないか? カロリーヌがその子を可愛がれば」
「そうなのですか?」
「ああ。側妃が四人もいて子供が一人しか出来ないって嘆いていらっしゃったからなあ。まあ、今となっては良かったのかもしれないけど」
「そうだったのですか。ジェレールお兄様はヨーゼルム様とよくそういうお話をなさるのですか?」
「ん? そうでもない。まあ、最近はカロリーヌの事について、言われてみればよく話すかもしれないけどな」
「そうですか」
丁度わたくしが学園を卒業したころに三歳になるのですね、そのお子様は。
うーん、母親と引き離されて育てられる感覚が分かりませんので何とも言えませんけれども、本当に恨まれたりしないでしょうか?
って、わたくしってば自分勝手ですわね。
はあ、こんなに悩むのでしたら、ヨーゼルム様の婚約の申し込みを最初から断っておけばよかったですわ。
神様が妙な未来視をしたせいですわね、きっと。
……いけませんわ、神様とは言え他人のせいにするのは良くないとお母様に教わってきましたもの、淑女たるもの自分の行った事には責任を取らなくてはいけませんわよね。
それにしても、二月が近づいているせいか、最近は一段と寒くなってきまして、わたくしは制服の上に毛皮で出来たフレンチジャケットを羽織っておりますのよ。
二月になりましたら、制服の下にも暖かい下着を着る予定になっておりますわ。
学園に来る前は暖炉のある部屋で過ごしておりましたのでこんなに冬が寒いものだとは思いませんでしたけれども、これも学園に通う醍醐味なのかもしれませんわね。
「ご機嫌よう、カロリーヌ様。今日も寒いですわね」
「ご機嫌よう、トレクマー様。雪が降るかもしれないとジェレールお兄様が仰っておりましたわ」
「まあ、雪ですか?」
「ええ」
教室に入りますと、最近では真っ先にトレクマー様がわたくしに声をかけてくるのが日常になりました。
メンヒルト様曰く、周囲から見たわたくし達は親友のように映っているそうなのですけれども、まさか恋人同士だとは誰も思いませんわよね。
まあ、アウグスト様はご存知ですけれど。
わたくしも、ヨーゼルム様と婚約が調いましたら、想う相手が誰なのか正直にお伝えしなければいけませんわね。
まあ、異性ではなく同性という事をお伝えすれば、お心も幾分軽くなるかもしれませんわ。
それとも、逆に落ち込んでしまわれますでしょうか?
男性のお気持ちというのは難しいですわね。
ジェレールお兄様に今度お聞きしてみることにいたしましょう、最近はヨーゼルム様とお話する機会も増えたそうですし……、主にわたくしの事で。
その後学園生活は平穏に過ぎていき、二月に入ってわたくしは万全の対策を取ってはいたのですが、やはり風邪をひいてしまい、二月は学園に半月ほどしか通う事が出来ませんでした。
そうして、花の芽が膨らみ始める三月、ヨーゼルム様の側妃の方々が全員下賜されたとの情報が、ジェレールお兄様経由で入ってまいりました。
そうして、わたくしは王宮に、国王陛下に呼び出しを受けてしまいました。
今回に限っては、お母様も一緒に来てほしいとの事でしたので、お母様と一緒に馬車に乗って王宮に向かいました。
王宮に到着いたしますと、トロレイヴお父様とハレックお父様がお迎えに来てくださっていて、国王陛下の謁見室まで案内されました。
残念な事に、お父様達はそこで別れてしまいましたが、お母様は一緒に謁見室に入って下さいました。
謁見室のソファに座って少し待っていると、国王陛下とヨーゼルム様が居らっしゃいましたので、わたくしとお母様は立ち上がってカーテシーを致しました。
「楽にしてくれ、二人とも。今日呼んだのは他でもない、カロリーヌとヨーゼルムの婚約の件だ」
やはりそうでしたか。
ジェレールお兄様の話では準備万端という感じでしたものね。
「ヨーゼルム様。わたくしは結婚をしてもヨーゼルム様を愛するという保証はございませんし、今、想う方も居ります。そんなわたくしを本気で正妃に添えるおつもりなのですか?」
「ああ、覚悟はした。初めてカロリーヌ嬢を見た時から、正妃にするならカロリーヌ嬢だと心に決めていたんだ。例え、報われない想いでも、傍に居てくれるだけでいいと思えるほどに、カロリーヌ嬢を愛しているよ」
ね、熱烈な愛の告白を受けてしまいました。
思わず顔が赤くなってドキドキしてしまいますが、やはりトレクマー様に感じるドキドキとは種類が違いますわよね。
「わたくしの好きな人は、同性の方なんです」
「「え」」
「お二人もご存知の方ですわ」
「誰だい?」
「トレクマー様です。トレクマー様もわたくしの事を好いてくださっておりまして、わたくし達は恋人同士なのでございます」
「親友と報告を受けていたが、まさか恋人同士だったとは……」
「ヨーゼルム、カロリーヌを探るのに王家の影を使うんじゃない。それにしても驚いたな、まさかカロリーヌの想い人が同性で、しかもトレクマー嬢だとは」
「トレクマー嬢はこの国アウグスト殿と一緒に残る可能性もあるが、帰国してしまう可能性もあるのだぞ。それでも、トレクマー嬢が好きなのかい?」
「ええ。ヨーゼルム様には申し訳ないのですけれども、この想いは本物ですの」
「そうか……。いや、相手が男でないだけましなのかもしれないな」
「そう、お思いになりますか?」
「ああ、男相手だったら嫉妬のあまりその相手を陥れてしまうかもしれないからな」
「まあ!」
「しかし、女性であるのなら話は別だ。確かに、非生産的な感情ではあるが、一定数そう言う想いを抱いた女性が居るのは知っているし、それを否定するのは紳士として失格だろう?」
ヨーゼルム様、わたくしには勿体ないほど立派な方なのではないでしょうか?
やはりこのお話はお断りしたほうが……。
「カロリーヌ嬢、改めてプロポーズさせてくれ。どうか僕と結婚して欲しい。君の為に、離宮の掃除は済んでいるよ」
うう、断りづらいですわ。
わたくしは助けを求めるようにお母様を見ます。
お母様はわたくしと目が合うと、にっこりと微笑みまして、手にした扇子を口元に持って行くと、ヨーゼルム様をじっと見つめて口を開きました。
「ご存知の通り、カロリーヌは体が弱いので、典医を常に配備しなければなりませんし、我が家で開発している薬も必要になってきます。つきましては、お付きのメイドと侍従を連れ添わせることと、我が家から典医を付き添わせる必要がございますわね」
「もちろん、受け入れますよ、エヴリアル女公爵殿」
「それと、わたくしも娘の想いを邪魔されるのは好ましく思いませんので、カロリーヌの想いを邪魔しないとお約束していただけますか?」
「もちろん」
「では、誓約書をお願い致します。国王陛下、羊皮紙のご用意をお願いできますか?」
「わかった。色々条件があるし、エヴリアル公爵用と王家が保存するようとで二枚書こう。ああ、貴族院に提出する分も必要か」
「貴族院の方も、まさか浮気を前提とした結婚があるとは思っても見ないでしょうね」
「まあ、ヨーゼルムがそれでもいいと言っているのだから仕方がない」
「万が一、約定に反した場合は即離婚、カロリーヌはエヴリアル公爵家に返していただきますわよ」
「わかっている」
そのまま話は進み、わたくしはヨーゼルム様と婚約する事になりました。
ヨーゼルム様、女を見る目が無いのではないでしょうか? 自分で言っておいてなんですが、わたくし最低ですわよね。
なんだか、罪悪感で胸が苦しいですわ。
今更ですけれどもね。
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