010 信用できません

 案内された謁見室でしばらく待っていると、国王陛下がいらっしゃいました。


「やあ、可愛いカロリーヌ。私に用があるとの事だが、いったい何かな?」

「ご機嫌よう、国王陛下。本日はご相談があってまいりましたの」

「相談? 珍しいな」

「実は、とある男爵令嬢が、わたくしの悪い噂を流しているそうなのです。昨日、わたくしは熱を出して学園を休んでいたのですが、その令嬢はその間にわたくしのロッカーを漁り、無くしたと言うブローチがそこから出てきたと言っているそうで、伯爵位以下の家の方にはその言葉を信じてしまっている方もいらっしゃるとかで、わたくし、困っておりますの」

「ふむ、その男爵令嬢の名前は?」

「ダニエッテ=レーネ=イブルスト様ですわ」

「イブルスト男爵ねえ、ふむ……………………、ああ、先代が庶子を養女に向かえたと言う家だったなか。その娘がカロリーヌを悪く言っていると言うのだね?」

「ええ」

「低い爵位の者が、高位貴族の事を悪く言うのはいつものこととはいえ、今回の発言に関しては少々度が過ぎている気がするな」

「友人たちは、その家を取り潰せないかと仰っていますのよ」

「家の取り潰しか。男爵家一つぐらいなら簡単に出来るけれども、カロリーヌはそれでかまわないのかい?」

「と、仰いますと?」

「その家の者や、その家に仕える者の人生が変わる責任をちゃんと取る覚悟があるのかと聞いているのだよ」

「覚悟ですか……」


 そこまで考えては居りませんでしたわね。


「使用人には推薦状を書いて別の家に奉公に上がってもらうとして、ご家族の方には、ダニエッテ様の教育を誤った責任を取っていただくと言うことで、平民落ちという事では如何でしょうか?」

「ふむ、まあ妥当なところだが、カロリーヌはイブルスト男爵家の者達から恨まれてしまうかもしれないぞ」

「仕方がない事ですわ。公爵家に歯向かったのですから、それなりの対応を取らなくては、下位貴族に馬鹿にされてしまいますもの」

「なるほど、それがカロリーヌの出した答えか」

「はい」


 わたくしの言葉に、国王陛下は何枚かの羊皮紙を取り出しまして何かを書きますと、インクを乾かしまして侍従に渡しました。


「国王陛下、今のは?」

「ああ、男爵家の取り潰しを貴族院に認めさせる認可書と、使用人用の紹介状を出させるように主家に連絡したものだ」

「……自分で言い出しておいてなんですが、あっさり終わりますのね」

「なんだ、もっとごねたほうがよかったのかい?」

「いえ、あっさりしすぎて拍子抜けしてしまっただけですわ」

「まあ、流石に伯爵家をと言われたら色々と厄介だが、男爵家程度だったらこんなものだ」

「そうなのですか」


 随分と男爵家の家柄って随分軽いのですね。

 まあ、普段から平民と変わらない生活を送っている家も少なくないと聞きますし、こんなものなのかもしれませんわ。


「それで、かわいいカロリーヌ、君はヨーゼルムからの求婚を断ったそうだけど、理由を聞いてもいいかな?」

「わたくしには大公妃など務まりそうにありませんし、子供を産めるかもわからないですし、そもそも、側妃達とうまくやっていける自信がございませんの」

「なるほど、それが理由かい?」

「ええ」

「ヨーゼルム本人が嫌とかではないんだね?」

「三回しかお会いしたことはございませんが、特に悪印象は抱いておりませんわ」

「そうか。いや、カロリーヌに振られたと言って今朝から落ち込んでいてね、職務に支障をきたしているんだ」

「まあ!」

「しかし、理由がそれなのであれば、対処のしようもあるし、結論付けるのはもう少し待ってくれるかい?」

「それは、返事を保留にしておけというご命令でしょうか?」

「まあ、そう受け取って貰って構わないよ。バンジールに恋愛結婚をさせておきながら、ヨーゼルムには駄目だとは、親として言いにくいからね」


 まるで、わたくしにヨーゼルム様を好きになれと仰っているようでございますわね。

 確かに、好感の持てる方ですけれども、トレクマー様のように胸がドキドキするわけでもございませんし、恋とは違う気がするのですよね。

 って、これではわたくしがトレクマー様に恋をしているような言い方ではありませんか。


「ん? なんだ、他に気になる異性でもいるのか?」

「いえ、そのような事はございませんわ」

「そうか、なら良いのだが、顔が少し赤いな、熱が出たのではないか?」

「大丈夫ですわ。少々、その、思うところがあるだけですので」

「ふむ、何か悩みがあって、グリニャックにも言えないような物であれば聞くが?」

「本当に何でもないですのよ」

「だったらいいが、私はカロリーヌの後見人でもあるのだから、何かあったら遠慮なく言うのだぞ」

「はい。今回の件はありがとうございました、国王陛下」

「ああ、このぐらいの事なら構わないさ」


 ダニエッテ様は亡国の血を引く姫君なのですが、お家がお取り潰しになってしまったらどうなるのでしょうか?

 まあ、学園には居ることが出来なくなってしまいますわよね。

 そうなりますと、わたくしに絡んでくることもございませんし、ヒロインでしたかしら、そのお役目を続けることも出来なくなりますわよね。

 あら、わたくし的には丸く収まるのではないでしょうか?

 国王陛下に相談してよかったですわね。

 神様方が何か言ってくるかもしれませんが、仕方がなかったということで押し通すことにいたしましょう。

 その後、国王陛下が謁見室を出ていくのを見送ってから、わたくしも謁見室を出て、屋敷へ帰宅いたしました。

 屋敷でお母様に国王陛下と話したことをお伝えして、ダニエッテ様の家が取り潰しになることを告げましたら、どこか安心したように微笑んでいらっしゃいました。

 お母様、わたくしがダニエッテ様に絡まれていたことについて、心配していらっしゃいましたものね。

 神様の髪の毛をもいでやる、とか仰ってましたが、神様の髪の毛が無くなる前に解決してよかったですわ。

 その日は皆様と楽しく夕食を頂きまして、部屋に戻って湯あみを致しまして、寝室でお香を焚いてもらい、夢の世界に旅立って行きました。



『カロリーヌ、目覚めるがよい』

「まあ、神様。ご機嫌よう」

『ご機嫌よう、ではない! ダニエッテを排除してどういうつもりだ』

「どう、といわれましても、実害がございましたので、排除しただけですけれども、何か問題がございますか?」

『これでは、シナリオが進まないではないか』

「そういわれましても」

『よいか、カロリーヌ。其方に悪役令嬢をしろという無茶な要求をすることは流石に諦めたが、まさかヒロイン役を舞台から引きずり下ろしてどうするのだ』

「どうといわれましても。もう手遅れではないでしょうか?」

『……よ、よいか。ダニエッテは亡国の末裔、それを平民に落とすなど』

「でもダニエッテ様のお婆様は平民として暮らしていらっしゃったのですよね? 何も問題ないのではないでしょうか?」

『んん。……このままではシナリオが進まない。私の未来視もブレてしまっている』

「そうですか」

『何を平然としている! 其方がしでかしたことだぞ』

「……困りましたわねえ」

『そうであろう』

「神様があまり無茶な事を仰るのであれば、お母様に報告しなければいけませんわ」

『グリニャックに!? そ、それは勘弁してくれ。今度こそボコボコにされてしまう』

「お母様は淑女ですので、そのような真似はなさらないと思いますけれども」

『カロリーヌはグリニャックに夢を見過ぎだ』


 そうでしょうか? お母様はわたくしの理想の淑女像でございますので、夢を見過ぎるという事はないと思うのですけれども。

 それにしても、神様は随分とお母様を畏れていらっしゃいますわね。

 今までに何かあったのでしょうか?


「まあ、とにかく。わたくしへの実害があってからでは、お母様も動きますでしょうし、そうなる前にカタが付いたと思えばよいのではないでしょうか?」

『ふむ……。ところでカロリーヌ』

「はい、なんでしょうか?」

『其方は心がときめくものに出会えたか?』

「心がときめく方ですか? トレクマー様でしょうか?」

『女だろう! 母親が薔薇趣味で娘が百合趣味とか冗談にも程があるぞ!』

「百合趣味……。そうですかこういう感情を百合というのですね」

『あ、いや、ちがっ』

「趣味というからには、わたくし以外にもこう言った嗜好をお持ちの方がいらっしゃるという事でよろしいのでしょうか? いえ、よろしいのですよね」

『い、いや、話を聞け、カロリーヌ』

「はい。なんでしょうか?」

『いいか、私は其方がグリニャックの胎内にいる時から見守って来た。そんな其方が百合などという非生産的な趣味に走ると言うのは看過できない』

「もとより、生産的な事に向いている体ではないと思いますけれども?」

『……カ、カロリーヌ』

「はい」

『トレクマーと結ばれても、其方に幸せな未来が待っているとは限らないぞ』

「……先ほど、未来視がブレていると仰いませんでしたか?」

『うぐ』

「神様、わたくしは別に女としての幸せを求めているわけではございませんので、その百合趣味、でしたかしら。それで幸せになれるのであればそれでよいのではないかと思うのですが、いけませんか?」

『よくない! 非常によくない!』

「なぜでしょうか?」

『カロリーヌには、悪役令嬢をせずとも、幸せな未来を送って欲しいと、神一同が願っているのだぞ』

「わたくしは今、十分に幸せですわよ?」

『そういうことではなくてだな!』

「よく話が見えませんわね。わたくしの嗜好がそんなにもよろしいものではないのでしたら、お母様が止めていると思うのですけれども」

『あの貴腐人が百合趣味を止めるとは思えんな』

「でしたら問題は無いのではありませんか? 貴婦人でいらっしゃるお母様が止めないのですもの」

『……とにかくだ、私はカロリーヌに幸せになって欲しいと願っているのだ』

「そのお心だけ受け止めておきますが、幸せになるかどうかに関しては、わたくしの心次第なのではないでしょうか?」

『ゴホン。よいか、ヒロインが舞台から立ち去ってしまえば、シナリオがどう動くか、我ら神の未来視でもよくわからないのだ。上手くいくかもしれないし、逆に上手くいかないかもしれない』

「そもそも、わたくしを悪役令嬢にする時点で問題があったと思いませんか?」

『否定はしない』

「そうでございましょう?」


 だとしたら、ダニエッテ様が舞台上から下りても問題は無いのではないでしょうか?


『しかし、ダニエッテは未だに亡国の王家に伝わると言うブローチを所持している。それがどう動くかだな』

「そんなに重要な品物なのですか?」

『王族の身分証明書のような物だと思ってくれて構わない。この国にも、王位を継ぐ者にだけ代々伝わる装飾品があるからな』

「まあ、そうなのですか」


 それは知りませんでしたわね。

 けれども、ダニエッテ様のお婆様がそれを持っていたという事は、第一継承者だったという事でしょうか?

 ご子息が居なかったのか、長子が継ぐという制度だったのかはわかりませんわね。

 それとも、女性が国を継ぐと言う制度だったのかもしれませんわ。

 えっと、確か、椿の髪飾りを付けた女性の像が彫られた瑪瑙のカメオでしたかしら?

 珍しいと言えば珍しいですが、わたくしはその品物を見ておりませんので何とも言えませんわね。

 こう見えて、幼少期から宝飾品には身近でしたので、真贋を見極める目はあると思うのですが、その品物を見れば何かわかるかもしれないと思うのですけれども、その前にダニエッテ様の放校が先ですわよね。

 貴族院が出来たとはいえ、我が国は王政でございますし、国王陛下が出した命令には従事しなくてはいけませんものね。


『とにかくだ、我ら神の見ていた未来視が崩れてしまった以上、どうなるかわからない。どんな未来になるのかわからない以上、アドバイスも出来ない』

「お母様が言っておりましたわ。神様のアドバイスは聞かなくていいと」

『……こほん。グリニャックと私のどちらの話を信じ……い、いやいい。ともかくだ、カロリーヌの今後については、神の間でも協議を重ねて、方針を決めて行こうと思っている。なんと言ってもカロリーヌは魔法の使い手、この時代に産まれたからには何か意味があるはずなのだ』

「そうなのですか」

『他人事だな!』

「正直、わたくしの魔法についてはあまり意味がないと思っておりますので」

『使い方次第では、どこに行っても重宝されると思うのだがな』

「そうでしょうか? まあ、どうでもいいですわ」

『雑! 自分の能力に対して雑過ぎるだろう!』

「だって、どんなにすごい能力を持っていましても、私のこの体でございましょう? 遠くに行くことも出来ませんし」

『そ、それは……平癒の神に土下座をしてでも何とかしてもらうしかないのだろう』

「土下座とは?」

『……あー、とにかくだ。カロリーヌの今後については神々の間でも話し合いを重ねていくから安心しなさい』

「なぜでしょう、全く安心できませんわ」

『信用無いな!』

「ところで、そろそろ戻していただかないと熱が上がってしまうと思うのですが。いえ、もう手遅れだと思いますが、少しでもましな状態の内に帰していただけますか?」

『はあ、わかった』


 神様がそう仰いますと、視界が霞がかっていきまして、意識がホワイトアウトいたしました。



 目覚めた時はまだ夜が明けて間もない時刻といった感じでしたが、額に手を当てると案の定発熱しておりましたので、サイドテーブルに置いてあるベルを鳴らしまして、夜番のメイドを呼びますと、熱さましの薬と氷嚢を持ってくるようにお願いしました。

 とりあえず、お母様に土下座とは何なのか聞くべきですわよね。

 あとは、神様との会話の内容もお話しなければなりませんし、熱を出している場合ではございませんが、こればかりは仕方がありませんわね。

 その後、夜番が持ってきてくれた丸薬を飲んで、氷嚢を額に当てて横になっておりますと、朝食前の時間だと言うのに、お母様が様子を見にいらっしゃいました。


「お母様、土下座とは何なのでしょうか?」

「どこでそんな言葉を?」

「神様が仰っておりました」

「そうですか、土下座とは、ひざまずいて額を低く地面に擦り付けて礼をすることですわ。それで、こんなに熱が出るまで神様とどんなお話をしておりましたの?」

「それがですね……」


 わたくしは包み隠さず、神様との会話の内容をお母様にお伝えいたしましたところ、お母様はやっぱり神様の言う事など信じなくてよいと言ってくださいました。

 この国を守護し下さっている神様ではございますけれども、力が大きすぎて、個人への守護は不得手なのかもしれませんわね。


「では、わたくしは朝食に行きますが、何かあったらコレットに必ず言うのですよ?」

「はい、お母様」


 お母様が寝室から出ていくのと同時に、コレットが銀盆に乗せた朝食を持ってきてくれました。

 今日の朝食は玉ねぎのリゾットですわね、ミネストローネも付いていてとても美味しそうですわ。

 今日もシェフがわたくしの為に考えて作ってくれたのだと思うと、感謝の思いしか湧いてきませんわね。

 神様になんかよりも余程感謝してしまいますわ。

 そういえば、わたくしの今後について話し合うとか仰っておりましたけれども、何を話し合うのでしょうか? わたくしはダニエッテ様が居なくなって平穏な日々が戻ってくるのでそれで十分なのですけれども。

 神様方の過剰な期待はわたくしに精神的ダメージを負わせますのでほどほどにしていただきたいものですわ。

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