009 お家取り潰し?
熱さましを飲んでから寝たのですが、効果が薄かったようで、お茶会の翌日、わたくしは熱を出して家で寝込んでしまっておりました。
ティスタンさんとランドルフさんがいらっしゃって、熱さましの効果を上げようかと相談なさっていらっしゃいましたが、丸薬にするとどうしても効果が下がってしまうらしく、今後の課題になるのだそうです。
あ、昨晩のんだ熱さましは、試験的に作られた糖衣の丸薬でございました。
わたくしの欠席を聞き付けてなのか、午後にはクラスメイトからメッセージカードが届きましたので、無理のない範囲で返事を書く作業をしておりましたら、その中にヨーゼルム様からのメッセージカードも紛れ込んでおりまして、昨日子猫に引き合わせたので、そのせいで熱を出してしまったのではないかと心配なさっているようですが、お母様曰く猫アレルギーという物とは症状が違うので、純粋に興奮したために熱が出たのだろうという事でございました。
そのことを返事に書きまして、放課後皆様が家に着くころには配達が終わっているように届けさせますと、わたくしは温めたレモネードを飲みましてベッドから起き上がったまま編み物を始めました。
無理をすると熱が下がらないので、無理のない範囲で少しずつ編んでいるのですが、今編んでいるのは毛糸のひざ掛けになります。
もっとも、ひざ掛けでしたらわたくしには毛皮で出来たものがございますので、今編んでいる物は孤児院への寄付用の物でございます。
国王陛下の国策によって、孤児が随分減ったと言いますが、それでも様々な事情により子供を孤児院に預ける家もまだあるそうで、孤児院の孤児が急激に減るという事はないそうなのです。
それでも、国策が実行される前よりは減っているという事ですので、効果は出ているのではないでしょう。
「カロリーヌお嬢様、その辺になさいませんと熱が下がりませんよ」
「わかっていますわ。コレット」
言われてわたくしは編み物一式をコレットに渡しますと、替わりに病人食の乗ったトレイを受け取りました。
胃に負担がかからないようにシェフが作ってくれている物で、熱が出ている時は基本的にこれを食べる事になっております。
少量でもいつものように栄養が取れるように計算されておりますの、お母様曰く沢山食べると太ってしまうそうなのですが、沢山食べられるほど胃が大きくないのでその心配はありませんわね。
まあ、ジェレールお兄様曰く、薄味なのにカロリーが高いなんて詐欺に近いとのことですが、昔からこれを頂いている身と致しましてはこれが普通になってしまっておりますわ。
食事が終わりますと、ぐっと背伸びをいたしまして、少し体を起こしたまま本を読んで休憩としておりますと、お母様がお見舞いに来てくださいました。
「具合はどうです、カロリーヌ」
「はい、熱も下がりましたし、明日には学園に行けるだろうとランドルフさんが仰っておりました」
「そうですか。くれぐれも無茶をしてはいけませんよ」
「はい、お母様」
そう言うと、お母様はわたくしの頭を撫でて下さって、ベッドサイドにある椅子に座ります。
「あのね、カロリーヌ。ヨーゼルム様から正式に婚約の申し込みが来たのです」
「え」
「もちろん、貴女の体の事もあるから、返事は保留にしておりますけれども、どうしますか?」
「どうと言われましても、ヨーゼルム様には三回しかお会いしたことがございませんし、わたくしの体では、大公妃になるのは難しいのではないかと思いますわ」
「そうですか。では、そのように返事を返しておきましょう」
「……お母様、ヨーゼルム様はどうしてわたくしになど婚約をもうしこんだのでしょうか?」
「何を言うのです。こんなに愛らしいのですから、婚約の申し込みが来ない方がおかしいではありませんか。大体は貴女の体を理由に断っていますが、流石にヨーゼルム様の婚約の申し込みを簡単に断るわけにはいきませんので、貴女の意見を聞きに来たのですよ」
「本当はもっと多くの申し込みがあるのですか?」
「ええ、野心家の方々はカロリーヌの体の事など考えずに、公爵家の娘だからという理由で婚約を申し込んでくるのです」
「そうなのですか」
確かに、わたくしの体の事を考えますと、それなりに財産を持っていなければ養えないですものね。
それをただ、公爵家の娘だからと闇雲に申し込むのは間違っておりますわよね。
そもそも、ちゃんと子供が産めるかもわかりませんし、側室を持つことが可能な身分の家に嫁ぎましたら、側室が子供を産むことになるでしょうし、確執が産まれないとも限りませんものね。
我が家は、お父様方は仲がよろしいので、確執とは無縁ですけれども。
ヨーゼルム様にも側妃がいらっしゃいますのよね、その方々とうまくやっていける自信もございませんし、やはり婚約の申し込みはお断りするべきですわよね。
お気持ちはとてもありがたいのですが、わたくしは将来何になりたいかも決めておりませんし、学園を卒業するまでにそれが決まるといいのですが、どうなのでしょうか?
ジェレールお兄様は宰相を目指していらっしゃいますし、シャメルお姉様は立派な王妃になるべく日々努力なさっていると聞きますものね。
わたくしも目標を持って日々を過ごせるようになりたいものですわ。
「お母様がわたくしぐらいの年の頃の目標は何でございましたか?」
「目標ですか? そうですわね、立派な女公爵になる事でしょうか? あとは、トロレイヴ様とハレック様に恥をかかせないような淑女になる事ですわね」
「そうですか、どちらも私には難しいですわね」
「なんです? 何か目標を持ちたいのですか?」
「はい。なんだかこのまま目標も持たずに生きているのも、勿体ない気がしてしまって」
「そうですわね。貴女ぐらいの年であれば、普通なら騎士になりないとか文官になりたいとか、それこそ、誰かのお嫁になりたいという目標を持っていてもおかしく無い年頃ですものね。けれども、貴女は体の事もあるのですから、無理をして目標を決めなくてもいいのですよ。いざとなったら、わたくしが引退した時に一緒に領地に静養に行けばよいのですから」
「それはそうなのですが、それではいつまでたってもお母様達に負担を背負わせているようで申し訳がないですわ」
「ふふ、何を言っているのです。可愛い娘の一人ぐらい負担できなくて何が女公爵ですか」
お母様は人を安心させるような笑みを浮かべてそう仰って下さいますが、やはり目標という物は持ったほうが良いですわよね。
「さあ、あまり長い時間わたくしが居ても眠れないでしょうから、そろそろお暇いたしますわね。わたくしの愛しいカロリーヌ、ゆっくり休むのですよ」
「はい、お母様」
わたくしがベッドに横になるのをしっかり見届けて、寝室に入って来たコレットがお香をたくのを見てから、お母様はコレットを伴って寝室を出ていかれました。
それにしても目標ですか、難しいですわね。
騎士の道は当然無理ですし、文官も体力勝負だとジェレールお兄様が仰っていたので無理でございましょう? 誰かに嫁ぐと言っても、この体では嫁ぎ先も絞られてきてしまいますし、側妃や側室を持てるような身分の方に嫁ぐのが一番なのでしょうが、その場合側妃・側室の方々とうまくやっていけるかが不安ですものね。
はあ、本当に難しいですわ。
せっかく産んでくださったお母様には悪いのですが、もう少しわたくしが健康であれば、選択肢も増えたと思うのですが、生きているだけでもお母様に感謝しなくてはいけませんわよね。
……そういえば、わたくしが熱を出してしまってすっかり忘れておりましたが、ダニエッテ様のブローチは見つかったのでしょうか?
落とし物届に出されていると良いのですけれども、相当大事な物のようですし、無事に見つかるといいですわよね。
……ふう、駄目ですわ、色々と考えたいのですが眠気が勝ってしまって、今にも眠ってしまいそうです。
考えるのは明日にして、今夜はもう寝てしまいましょう。
翌朝、いつものようにコレットに起こされて、朝の支度を済ませたわたくしは、一日ぶりとなる家族そろっての朝食の席に着きました。
「カロリーヌ、体調はどうだい?」
「はい、トロレイヴお父様、熱も下がりましたし、本日は学園に行こうと思います」
「無理はしないようにな。また熱が上がったら早退してもいいんだぞ」
「わかっておりますわ、ハレックお父様」
「それにしても、お茶会に出る度にこんな風に熱を出していたのでは、今後の令嬢や貴婦人との付き合いも考えなくてはいけないな」
「ジェレールお兄様、そんなに心配なさらなくても、わたくしは大丈夫ですわよ?」
「けれど、やはりカロリーヌさんのお体が他の方よりも弱くていらっしゃるのですし、無理をして大事に至らないか心配ですわね」
「ラルデットお義姉様ってば、心配のし過ぎですわよ」
朝食の席で交わされるのは、わたくしの体調の事に関することが多いのですが、熱を出した翌日などは特に多い気がいたしますわ。
それだけ皆様が心配してくださっているという事なのでしょうけれども、心配しすぎですわよね。
まあ、少し前までほとんどベッドから起き上がる事も出来なかったのですし、心配する気持ちもわからなくはないのですけれど。
「そういえば、ヨーゼルムお兄様からの求婚を断ったそうですわね」
「ええ、ラルデットお義姉様。わたくしには大公妃など務まりそうにありませんもの」
「そうですか。幼い時からヨーゼルムお兄様はカロリーヌ様に好意を寄せていたので、がっかりなさるでしょうね」
そういわれましても、無理なものは無理だと思いますのよね。
「そうですわ、こんどシャメル様が主催なさるお茶会がございますの。一緒に参りませんか?」
「シャメルお姉様が? 体調が良ければ是非参加させていただきたいですわ」
「では、そのようにお返事を出しておきますわね」
次のお休みは一か月後になるのですが、シャメルお姉様の事です、そこの所はきちんと考えていらっしゃるでしょう。
それにしても、一昨日のお茶会ではシャメルお姉様にお会いできませんでしたし、久々にお会いできるのは楽しみですわね。
そんな楽しい気分のまま、学園に向かって教室に入りますと、なんだか皆様がわたくしをみてひそひそとお話をなさっておいでのようなのです。
はて、何かおかしなところでもございますでしょうか?
「ご機嫌よう、カロリーヌ様」
「ご機嫌よう、メンヒルト様。なんだか皆様わたくしを見ていらっしゃるようですけれども、どこか変なところがございますでしょうか?」
「いいえ、いつも通り可愛くていらっしゃいますわ。皆様がお話しているのは、昨日件なのです」
「わたくしが休んでいる間に何かございましたの?」
「それが、フリーゲンがいきなり教室に入って来たかと思ったら、カロリーヌ様のロッカーを漁り始めまして、無くなったと騒いでいたブローチがカロリーヌ様のロッカーから見つかったと言い始めたのですよ」
「まあ、それは不思議ですわね」
「ええ、カロリーヌ様のロッカーの位置を把握していたことといい、事前に仕込んでいたとしか思えないのですけれども、中にはフリーゲンの言葉を信じていらっしゃる方もいて」
「まあ!」
「もちろん、侯爵家以上の子息令嬢は信じておりませんけれども、伯爵家以下の中には、信じてしまう方もいらっしゃるのですよ。まあ、フリーゲンが大きな声であちらこちらでカロリーヌ様のロッカーから大切なブローチが出てきたと言いふらしているのも原因ですわね」
「そうなのですか。身に覚えのない事で責められるのはなんだか嫌ですわね」
「そうでしょうとも。わたくし達は信じておりませんけれども、フリーゲンのクラスの方々なんて、ほとんどが信じていらっしゃるようなのですよ」
「まあ……」
「ねえ、カロリーヌ様。フリーゲンの家を取り潰してしまっては如何でしょう? 所詮は男爵家ですもの、取り潰すなんて簡単でございましょう? エヴリアル女公爵様にご相談なさったらいかがでしょうか?」
「そうですわね、イブルスト男爵家はわたくしの家の系列ではございませんので、簡単に取り潰せるとは思えませんけれど、お母様に相談してみますわ」
「それがよろしいですわよ。フリーゲンが学園からいなくなるだけで、空気が澄んだようになるに決まっておりますもの」
お家取り潰しにしてしまっても良いのでしょうか? 神様曰く、ダニエッテ様は亡国の姫君のお孫様だそうですけれども……。
「ご機嫌よう、カロリーヌ様。体調はもうよろしいの?」
「フィリーダ様、ご機嫌よう。もうすっかり良くなりましたわ。ご心配おかけいたしました」
「わたくしの主宰したお茶会に何かあったのかと、心配しておりましたのよ」
「いいえ、とても楽しいお茶会でしたわ」
「そうですか? でしたらよろしいのですけれども」
「ご機嫌よう、カロリーヌ様」
「ご機嫌よう、トレクマー様」
「快癒なさったようで良かったですわ、昨日は心配で一日中気もそぞろでございましたのよ」
「まあ、それはご心配をおかけしました」
「カロリーヌ様がいらっしゃらないと、教室の花が失われてしまったようですもの、本当に今日いらっしゃってよかったですわ」
「まあ、ふふふ」
トレクマー様の言葉に思わず照れてしまって顔が上気してしまいます。
本当に、トレクマー様はわたくしをドキドキさせるのがお得意でいらっしゃいますわね。
「そうですわ、来月に開催されるシャメル様主催のお茶会にはカロリーヌ様は参加なさいますの?」
「ええ、ヴィリエッテ様、体調が良ければ参加する予定になっておりますわ」
「そうですか、王太子妃のお茶会ですもの、今から参加するのが楽しみですわね」
「クダレーネ様は前回のシャメルお姉様のお茶会にも参加なさいましたのよね?」
「ええ、素晴らしいお茶会でしたわ」
「流石はシャメルお姉様ですわね。わたくしも妹としてシャメルお姉様を見習わなくてはいけませんわよね」
「まあ、カロリーヌ様にはカロリーヌ様の良いところがございますでしょう?」
「あら、わたくしの良い所ですか?」
「ええ、こんなに可愛らしいのも、長所だとわたくしは思いますわよ」
「まあ、トレクマー様ってば」
わたくしはまた顔を赤くしてしまいます。
胸もドキドキしておりますし、トレクマー様に対するこの想いはお母様はこの年ごろの女児にはよくあることだと仰っていましたが、それだけではないような気がしますのよね。
「トレクマー嬢は本当にカロリーヌ嬢の事が気に入っているようだな、このままこの国に移住すると言い出すのではないかと心配でならないよ」
「まあ、アウグスト様。ちゃんとアウグスト様との政略結婚の意味は分かっておりますもの、この国に永住するような真似は致しませんわよ」
「わたくしはどうなのでしょうか? リードリヒ様がこの国に永住なさるのでしたら、わたくしもこの国に移り住むことになりますけれども」
「クダレーネ様、リードリヒ様がこの国に永住する可能性があると仰るのですか?」
「そうですわねえ、我が国も王位継承に関しては、決して平和と言うわけではございませんし、他の王子方にも言えることですが、この留学を機会に、中立国となったこの国に、その証として永住する可能性はあるのではないでしょうか?」
「まあ、そうなのですか」
それぞれの国にお家騒動がございますのね。
確かに。中立国となった我が国に、その証として各国の王子が滞在すると言うのは考えられなくはない話でございますけれども、そうなった場合、もちろん婚約者の方々も一緒に滞在なさることになるのですよね。
場合によっては、我が国の令嬢から側妃を娶る場合もございますでしょうね。
うーん、政治のお話は難しいですわね。
ジェレールお兄様でしたら、何か知っていらっしゃるかもしれませんので、今度聞いてみることにいたしましょう。
それはともかくとして、まずはダニエッテ様ですわよね。
わたくしのロッカーを勝手に漁るなんて無作法をしただけでなく、わたくしのロッカーからブローチが出て来たなんて虚言を吹聴なさるなんて、何を考えていらっしゃるのでしょうか?
本当にお母様にお願いしてお家の取り潰しをしてしまいましょうか?
……それがいい気がしますわね。
神様方はシナリオが、とか予定が、とか仰りそうですけれども、わたくしに実害が出ている以上、放置することは得策ではございませんものね。
ああ、お母様に取り潰しが出来なくても、国王陛下にお願いすることも可能ですわね。
なんと言いましてもわたくしの後見ですし、何かあったら遠慮なく言うようにと仰って下さっておりますものね。
早速ですが、今日にでもお邪魔いたしまして、国王陛下に相談してみましょう。
お母様を飛ばす形にはなってしまいますが、善は急げと申しますものね。
その後、一日の講義をいつものように終えたわたくしは、馬車に乗って帰宅いたしますと、お母様の執務室に行って、これから国王陛下に謁見することをお伝えいたしました。
「国王陛下に謁見ですか? 何があったのです?」
「実は、とある男爵家の令嬢が、わたくしの事を悪く言っているようでございまして、周囲の勧めもございますし、その男爵家を取り潰せないかと相談しに行こうと思っておりますの」
「まあ、その男爵家とはどこの家です?」
「イブルスト男爵家ですわ」
「そうですか。我が家の系列ではないので、わたくしの裁量でどうにかできる物では確かにありませんね。よろしいでしょう、国王陛下にはよくお願いするのですよ」
「はい、お母様」
わたくしは制服から別のドレスに着替えまして、国王陛下に謁見するために王宮に向かいました。
王宮に着きますと、すぐさま護衛騎士が謁見室まで案内してくださいました。
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