008 お茶会の乱入者

 フィリーダ様の主宰するお茶会に参加するついでに、わたくしは国王陛下に謁見を申し込みまして、接待役はやはり無理だという事をお伝えいたしました。

 国王陛下は、わたくしの人気を考えると、接待役はぜひともしてほしいと仰って下さいましたが、頻繁に熱を出して学園を休むような状況でございますので、やはり難しいと再度申し上げましたら、しかたがないと引き下がって下さいました。

 わたくしの後任にはメンヒルト様に任せるとの事でございまして、社交的なメンヒルト様にはぴったりの役目なのではないでしょうか。

 その後、フィリーダ様の主宰するお茶会に参加したのですが、侯爵家以上の令嬢だけでなく、子息も参加なさっているようで、王子方やその接待役のオンハルト様達も参加なさっておいででした。

 楽しくお茶会をしていると、会場になっている離宮の中庭の入り口が騒がしくなり、ダニエッテ様が少々ぼろぼろの姿で中庭に入ってきました。

 おそらく護衛騎士に止められたのにもかかわらず、無理やり王宮に侵入してきたと言ったところでしょうか?

 例え貴族とはいえ、ただの男爵令嬢を通したとあってはお父様方に護衛騎士の方々が怒られてしまうのではないでしょうか?

 それにしても、ダニエッテ様は何をしにここにいらっしゃったのでしょうか?


「皆様、聞いてください! あたしのお婆様の形見の品が無くなってしまったんです。学園でも肌身離さず持っていたのに。ダンスの講義の着替えの時間に、カロリーヌ様があたしの荷物を漁っていたっていう証言があるんです、カロリーヌ様、あたしのお婆様の形見をどうしたんですか!」

「え? わたくしですか? 申し訳ありませんが覚えがございません」

「そんなはずありません! あの時間に一人で行動できたのはカロリーヌ様だけなんですから、カロリーヌ様がやったに違いありません!」

「そう仰られましても……」


 本当に身に覚えがございませんので困ってしまいますわね。


「リードリヒ様、アウグスト様、デブレオ様、ルーカール様、オンハルト様、ルノルタ様、セバストフ様、あたしの言う事を信じてください!」


 ……名前を呼ばれた方々も困っていらっしゃるではありませんか。

 わたくしがダンスの講義の時間は保健室で眠っている事は有名ですものね、他人の荷物を漁るようなはしたない真似をするはずがございませんもの。


「あたしのお婆様の大切な形見のブローチなんです! 盗むなんてひどいです、カロリーヌ様!」

「申し訳ありません、ダニエッテ様の仰っている事が微塵もわかりませんわ。一体いつわたくしがダニエッテ様の持ち物を盗んだと仰いますの?」

「昨日です!」

「昨日ですか、昨日のダンスの講義の時間は、すぐに保健室に参りましたので、ダニエッテ様の仰っている事を実行するのは難しいと思うのですけれども……」

「その時間を利用したんでしょう! 大切な物なんです、早く返してください!」

「持っていないものを返せと言われましても、困ってしまいますわね」


 わたくしはため息を吐きまして、扇子で口元を隠します。

 他の令嬢方は、わたくしが昨日保健室で眠っていたことをご存知ですのでひそひそと「これだからフリーゲンは」などと囁き合っていらっしゃいます。

 さて、困りましたわね。

 わたくしと致しましては、体調が悪くならないうちに穏便に事を済ませたいのですけれども、ダニエッテ様の感じでは簡単には引き下がってくれそうにはありませんわね。

 どうしたらうまい具合に話を収めることが出来るでしょうか?


「えっと、ダニエッテ様、でしたわよね? わたくし、メンヒルトと申しまして、留学していらっしゃった令嬢方の接待役を仰せつかっておりますの。その中の、フィリーダ様が主催なさったお茶会の邪魔をなさるなんて、看過できることではございませんわ。カロリーヌ様がダニエッテ様の物を盗んだと主張なさっていらっしゃいますが、証拠がどこにございますの?」

「それは……状況的にカロリーヌ様以外ありえません!」

「証拠はないという事ですわね。ところで、お召し物が少々ぼろぼろのようでございますけれども、お召し替えになったほうがよろしいのではございませんか? もしかして、着替えも持たずにいらっしゃったのかしら?」


 メンヒルト様がそう仰ると、お茶会に参加なさっている令嬢がクスクスと笑い初めました。

 確かに、特に主催者とドレスが被らないように予備のドレスを擁しておくのは常識ですわよね、わたくしも数着予備でドレスを持ってきておりますわ。

 正直、かさばりますのであまり数を持ってきたくはないのですが、流行もございますので、被ることが多いのが淑女のドレスという物。

 予備を多く持ってくるのは仕方がない事ですわよね。

 それにしても、本当にドレスがみすぼらしく、いえボロボロになってしまっておりますわね。

 そんな感じに、膠着状態が続いていると、中庭に新たな方が入っていらっしゃいました。


「まあ! ヨーゼルム様、どうなさいましたの?」

「いや、護衛騎士が騒いでいたから何事かと思って来てみたのだけれど、こちらの令嬢はどなたかな?」

「初めまして、ヨーゼルム様! あたし、ダニエッテ=ルゴット=ルハイルザって言います。ずっとヨーゼルム様に憧れていました!」

「そうかい? でも申し訳ないけど、僕は君の事はちっとも知らないな。それに、カロリーヌ嬢を責めていたようだけど、そんな部分も好感が持てないね」


 一体、どこら辺から見ていらっしゃったのでしょうか?


「そんな、責めてなんて……あたしは真実を言っているだけです。信じてください!」

「その君のお婆様の形見のブローチというのはどういうものなんだい?」

「はい! 瑪瑙のカメオで出来たもので、髪に椿の髪飾りを付けた女の人の彫刻が彫ってあるんです」

「そう、そのブローチを付けているのを見たことがある人はこの中にいるかい?」

「申し訳ありません、ヨーゼルム様。ダニエッテ様とはクラスも違いますので、詳しくお姿を見たことはございませんわ」

「わたくし達もです」


 令嬢達の言葉に、わたくしも頷いて同意いたします。


「だ、そうだけど?」

「それは……、で、でも確かに盗まれたんです! それに、あのブローチはお婆様のとっても大切な物だってお母様に言われていて、あたしもすっごく大切にしていたんですよ。それから、今の話を聞いて、何か感じる所はないですか?」

「いや、特には。まあ、そんなに大事なものを学園に持ち込むと言うのも大体間違っていると思うよ。落とし物届に出されていないか、もう一度よく探してみるといいんじゃないかな」

「……まだ好感度が足りてないのかな? えっと、はい……そうしてみます」


 ヨーゼルム様の言葉に、ダニエッテ様は渋々と言った感じに頷いて、けれども中庭から出ようとはなさらずに、ヨーゼルム様をうっとりと見ていらっしゃいます。


「……用事が済んだのなら、早く帰宅したらどうだい?」

「ヨーゼルム様、おくっていってくださいませんか?」

「は?」

「……やっぱり、好感度が足りないのね。えっと何でもないです」


 ダニエッテ様はそういうと、最後までヨーゼルム様を見つめたまま中庭から立ち去って行きました。

 本当に何しにいらっしゃったのでしょうか?

 ブローチが無くなったのであれば、まず落とし物届に出されていないか確認するのは当然の事ですのに、それをなさっていないという事だったのですわよね。

 ヨーゼルム様の仰ったように、そんな大事なものを学園に持ってくると言うのも常識外れですわよね。

 さて、折角の楽しいお茶会に水を差されてしまったようで、なんだか皆様しらけた気分になっているようですわね、フィリーダ様、どうなさるおつもりなのでしょうか?


「……乱入者のせいで折角のお茶会が台無しになってしまったようだな。そうだ、僕からのサプライズだ、皆へのお土産だよ」


 そう言ってヨーゼルム様が使用人たちに持ってこさせた王室御用達の菓子店のロゴが入った小箱の中をその場にいる全員に配りました。

 中を開けてみますと、色とりどりのマカロンが入っておりました。

 一気に場が盛り上がります。

 マカロンは我が国では今となっては高位貴族にはさほど珍しいお菓子ではありませんが、他国ではまだ珍しいですし、王室御用達の菓子店のものとなりますとなかなか手に入りませんものね。

 わたくしが受け取った小箱にはメッセージカードが添えられておりまして、「愛しの姫君へ あとでとっておきのプレゼントを用意しておくよ」と書かれておりました。

 いつも愛しいとか愛らしいとか言われておりましたが、神様からヨーゼルム様のお気持ちを聞いた今となってはつい照れてしまう言葉でございますわね。


「じゃあ、僕はこれで失礼するよ。皆、お茶会を楽しんでいって」


 そういってヨーゼルム様は中庭から出ていかれました。

 なんだか美味しいとこ取りをされてしまったような気も致しますけれども、ヨーゼルム様が居なかったら収集が付かなかった気もしますし、仕方がございませんわね。

 それにしても、とっておきのプレゼントってなんでしょうか? 今まで沢山の贈り物を頂きましたけれども、どれも素晴らしい物でしたわよね。

 今回もつい期待してしまいますわねえ。

 ふと、メッセージカードを眺めていますと、二枚重ねになっていることに気が付きまして、あとでお付きのメイドと一緒にヨーゼルム様の離宮の中庭に来るようにと書かれておりました。

 はて、離宮に行くのは構わないのですが、何をくださるのでしょうか?

 その後、お茶会は楽しい雰囲気を取り戻しまして、つつがなく終了いたしました。

 お茶会が終わりまして、王宮に住んでいない皆様が馬車停めに向かうのを見送ってから、わたくしはヨーゼルム様の離宮に向かいました。

 離宮に着きますと、護衛騎士の方がすぐに中庭に案内してくださいまして、そこには何か箱のような物を眺めているヨーゼルム様が居らっしゃいました。


「ヨーゼルム様、カロリーヌです。今日は何の御用でしょうか?」

「ああ、来たんだねカロリーヌ嬢。ほら、見てごらん。この離宮に迷い込んだ猫が産んだ子猫たちだよ」

「まあ! 子猫ですか?」


 わたくしは促されるままに箱の中を見ますと、そこには三匹の可愛らしい手の平サイズの子猫が居りました。


「産まれて三日しか経っていないだよ」

「まあ、そうなのですか。母猫はヨーゼルム様が飼われるのですか?」

「それが、側妃の中に猫が苦手な者が居てね、この離宮で飼うことは難しいんだ」

「あら、ではこの子猫や母猫はどうしますの?」

「他の弟妹に欲しいかどうかを聞こうと思っているんだけど、カロリーヌ嬢はどうだい?」

「どうって、わたくしに猫を飼えとおっしゃいますの?」

「うん、どうかな?」

「どうと言われましても、わたくしの事だけでも世話をかけておりますのに、これ以上使用人に手間をかけさせるのも申し訳ありませんわ」

「そうかい? それは残念だ。まあ、しばらくはこの中庭でこの子猫たちを住まわせるつもりだから、会いたくなったらいつでも来るといいよ」

「よろしいのですか?」

「もちろん」


 見ているだけですと、子猫というのは可愛いものですわね。

 そっと手を出して撫でてみますと、産毛というのでしょうか? ふわふわしておりまして、触り心地がとてもよいですわね。


「この子猫たちの母猫はとても気性が大人しくてね、餌を獲って帰ってくるのだけれども、その時に僕が居ても威嚇も何もしないんだよ。逃げずにそのまま子猫に母乳を与えているんだ」

「そうなのですか。賢い猫なのですね、きっとヨーゼルム様に敵意がない事をわかっているのですわ」

「まあ、昔から動物には好かれていたからね」

「素晴らしい事だと思いますわ」

「カロリーヌ嬢にそう言って貰えると嬉しいな」

「ふふふ」


 その後、しばらく中庭で過ごしておりますと、母猫と思われる猫が来たのですが、初めて見るわたくしを警戒してなのか、中々近づいてきません。

 その時、ヨーゼルム様がちょいちょいっと手招きをなさいますと、恐る恐るではございますが、母猫が近寄って来てはこの中に入ると、子猫たちに母乳を与え始めました。


「まあ! なんて可愛らしい」


 一生懸命母乳を吸っている子猫というのはこんなにも可愛らしいものなのですね。


「ヨーゼルム様には動物に好かれる才能がございますのね、きっと」

「そうだね。昔から動物がよく寄ってきていたよ」

「羨ましいですわ。と言いましても、わたくしは学園に通うまではほとんどベッドから出たことがございませんので、動物と触れ合うこともございませんでしたけれども」

「そうだね、僕とこうして直接会うのも三回目になるかな」

「そうですわね」


 三回目とは思えない気やすさですけれども、これも私への想いゆえなのでしょうか?

 まあ、今まで散々お見舞いの品物やメッセージカードを頂いておりますので、なんというか、改めて正式にお会いしたのが三回目という感覚が薄いのもあるのですけれどもね。


「それにしても、さっきのお茶会は驚いたな。いきなり男爵令嬢が護衛騎士を突っ切って走っていくものだから、何事かと思って後を付けたのだけれども、まさかあんなことになるなんてね。あんな風になるなんて知っていたらもっと早くに止めるべきだったかな」

「では、最初から見ていらしたのですか?」

「ん? まあ、そうなるかな」

「覗き見は良くないですわよ?」

「まあ、硬い事は言わないでくれ。お詫びの品も用意しただろう?」

「確かに、あの短い時間で良く用意出来ましたわね」

「それは秘密のコネってやつだよ」


 ヨーゼルム様、侮れませんわ。

 宰相補佐をやっていらっしゃいますけれども、出世欲に乏しいとジェレールお兄様が仰っていましたが、それはヨーゼルム様の一面でしかないのですわよね。

 長い間、家族としか触れ合ってこなかったわたくしには、人の内面を読むとか、難しいですわねえ。

 神様に教えて頂かなかったら、ヨーゼルム様のお気持ちにも一生気が付かなかったのではないでしょうか?

 ……考えてみたら、わたくしを想ってくださっている方と、コレットがいるとはいえ、二人でいると言うのはどうなのでしょうか? 考えるとなんだか少し恥ずかしくなってしまいますわね。


「……で、ではわたくしはこの辺で失礼しますわね。子猫、引き取ることが出来なくて申し訳ありません」

「かまわないよ。本当にいつでも子猫に会いに来てくれていいからね」

「わかりましたわ」


 でも、正妃のいらっしゃらないヨーゼルム様の離宮に足蹴く通うと言うのは、体裁上どうなのでしょうか? お母様に聞いたほうが良いですわね。

 その後、王宮を後にいたしまして、屋敷に帰りますと早速お母様の執務室に参りまして、今日あったことをお話いたしますと、やはり正妃の居ないヨーゼルム様の離宮に足蹴く通うのはあまりよろしくない行動だと言われてしまいました。

 やはりそうですわよね。

 お母様に確認しておいてよかったですわ、危うく我が家の体裁に傷をつけてしまう所でした。


「それにしても、ヨーゼルム様ったら、ついにご自分で動かれたのですね」

「と仰いますと?」

「以前より、カロリーヌを正妃にしたいと言う打診はあったのですよ。けれども、カロリーヌは体が弱いでしょう? それを理由に断り続けていたのですが、学園に通う体力があれば、と考えたのかもしれませんわね」

「そうなのですか……」


 けれども、いくら体力が回復したとはいえ子供を産めるかわからないようなわたくしを正妃にしたいだなんて、ヨーゼルム様は酔狂ですわね。


「そういえばお母様、本日のお茶会では、お母様が提案して開発なさったものについてのお話になりましてね、それで話が盛り上がりましたのよ。香り付きの石鹸など、やはり令嬢方には人気のようでございました。子息には腰への負担を軽減するクッションが人気でしたわね」

「そうですか、随分と楽しかったようですね」

「はい。久しぶりに参加したお茶会なので、無作法があってはいけないと最初は緊張しておりましたが、過ごしているうちにだんだんとその緊張も取れて来まして、沢山の令嬢とお話することが出来ましたわ。わたくし、今日だけで沢山お友達が出来ましたのよ。これも、お母様が提案して開発なさった作品のおかげですわね。お母様はどうやったらあんなに素晴らしいものを思いつけるのですか?」

「それは企業秘密ですわ。けれどもそうですか、カロリーヌが楽しい時間を過ごせたようで何よりです。けれども、興奮しているようですし、今晩は熱さましを飲んでから寝るようになさいね」

「わかりましたわ」


 それにしても、本当に有意義なお茶会でございました。

 皆様、家で良く教育を受けているのか、礼儀正しくていらっしゃって、将来の事をきちんと見据えていらっしゃる方ばかりで、わたくしのように将来の展望がまったく見えていないのが恥ずかしくなってしまうほどでございましたわ。

 わたくしの将来ですか、うーん、思い浮かびませんわね。

 どなたかと結婚するのが普通なのでしょうけれども、この体ですし、まともに子供も産めそうにありませんので、引き取り先は……あ、ヨーゼルム様がわたくしを正妃にしたいと仰って下さっているのでしたっけ、本当に酔狂な方でいらっしゃいますわよね。

 もしかして、わたくしに男の子を産んでもらうまで側妃様方に避妊薬を飲ませているのでしょうか?

 それですと、国王陛下の国策の子作り推奨に反していらっしゃるので、おとがめを受けてしまうのでは?

 大公なのですし、率先して国王陛下の国策にとは取り組むべきですわよね?

 ヨーゼルム様はそこの所どうお考えなのでしょう。

 わたくしが成人するのを待っていてくださると言うのは、一見してみればラブロマンス小説に出て来そうな物語ですけれども、現実的に考えてみると、ラブロマンスというよりも執着が酷いように感じますわね。

 まあ、ヨーゼルム様がそこまでわたくしの事を想ってくださっているのは嬉しいのですが、大公の正妃など、わたくし似は務まりませんわよね。

 将来は、お母様達が引退なさるのに合わせて、わたくしも領地に移住すると言うのが一番現実的なのではないでしょうか?

 まあ、領地に行くまでの旅程にわたくしの体が付いていければ、ですけれども。

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