007 秘密の独唱会
お母様に聞いたところ、わたくしのトレクマー様に対する感情は、この歳ごろの女子によくある感情なのだそうで、憧れと申しますか、ファン心理が働いているのではないかという事でございました。
まだ百合世界には足を入れていないと言われて、心のどこかでほっと致しましたわ。
翌日、わたくしはトレクマー様の伴奏で独唱を行う事になっておりますので、いつもよりも軽めの昼食のお弁当を用意していただきまして学園に向かいました。
教室に入りますと、すでにいらっしゃっていた王子方やその婚約者の方々が揃っておいでで、賑やかな一団を作っております。
わたくしにはその賑やかな集団に紛れると言う高等技術はございませんので、出来る限り気配を消して自分の席に座りました。
やはり、わたくしには接待役など無理そうでございますので、シャメルお姉様にお願いいたしまして、是非とも接待役から外していただくよう国王陛下にお願いをして頂いましょう。
あ、いえ、自分で言ったほうが良いでしょうか?
出来る限り早く王宮に出向きまして、接待役は無理だと直訴したほうが良いかもしれません。
ただでさえ熱を出して学園を休むこともございますし、そのほうが良いですわよね。
わたくしはそう心に決めて一限目の講義の準備をしておりますと、トレクマー様がわたくしが居ることに気が付いたのか、わたくしの席までいらっしゃいました。
「ご機嫌よう、カロリーヌ様」
「ご機嫌よう、トレクマー様」
「本日は楽しみですわ、つい皆様にも自慢したくなりましたけれども、折角の二人だけの秘密の独唱会ですもの、邪魔されては困りますものね」
そういってウインクなさるトレクマー様に、また胸がドキドキいたします。
お母様、この歳ごろの女児にはありがちな事と仰いましたが、このドキドキは放っておけば治まるものなのでしょうか?
「あら、楽しそうに何を話していらっしゃるの?」
「秘密ですわ、ヴィリエって様」
「まあ、カロリーヌ様を独占なさるおつもりかしら、ずるいですわね」
「ふふふ、ちょっと内緒話をしているだけでしてよ」
「まあ、内緒話でしたらわたくし達も混ぜてくださいな」
「フィリーダ様にもこればかりは教えられませんわねえ、なんといってもカロリーヌ様との秘密ですもの」
「まあ、ずるい、わたくしも知りたいですわ」
「ごめんなさいね、クダレーネ様」
流れるような皆様の会話に、わたくしはただ微笑みを浮かべて聞いている事しか出来ませんでした。
こんな華やかな方々に混じって接待をするなんて、本当に無理ですわ。
「カロリーヌ様、今度王宮でわたくしが主催のお茶会をすることになりましたのよ。前回参加なさった侯爵家以上の令嬢を集めての物なのですが、もし体調がよろしかったら是非参加していただけませんか?」
「そうですわね、体調が良かったら是非お邪魔させていただきますわ、フィリーダ様」
「まあ、嬉しい! 後ほど正式な招待状を送らせていただきますわね」
「はい、楽しみにしておりますわ」
今度は発熱しないように気を付けないといけませんわね。
その後、午前の講義はつつがなく終わり、わたくしはいつものようにコレットにお弁当を持ってもらってサロンの定位置に行って、トレクマー様を待ちました。
しばらくして、トレクマー様が居らっしゃって、楽しく昼食を頂きながら、何を歌うか相談して、「二つの月」という有名な曲を歌う事になりました。
この曲は、とある物語を語る吟遊詩人から広まった歌曲でございまして、今ではオペラに使われていたりと、近隣諸国ではとても有名になっている曲なのでございます。
お弁当を食べ終わると、少し休憩をした後、早速わたくし達は独唱と伴奏を行う事にいたしました。
お母様のピアノの伴奏に合わせて歌うという事は今までも何度もございましたが、他の方の伴奏で歌うと言うのは初めての事でございましたので緊張致しましたが、なんとか上手に歌い上げることが出来ました。
「素晴らしいですわね、カロリーヌ様。ほら、ご覧になって、カロリーヌ様の歌声に惹かれたのか、花々が咲き誇りましたわよ」
「まあ、ただの偶然でございましょう」
油断しましたわ、気分が高揚して無意識に魔法を使ってしまっていたみたいですわね。
「ふふ、カロリーヌ様の歌声に惹かれたに決まっておりますわよ。だって、ほらご覧になって、季節外れの花まで咲いているではございませんか。カロリーヌ様の歌声は人だけではなく花をも魅了致しますのね」
「そんな、お恥ずかしいです」
「もちろん、花だけではなく、わたくしもカロリーヌ様にすっかり魅了されてしまいましたわ」
「まあ」
ほんのりと顔が上気していくのが分かります。
熱が出た? と、一瞬思いましたが、これがきっと照れてしまっているのでしょうね。
「そんなに褒められましても、何も出ませんわよ?」
「あら、こうしてカロリーヌ様と過ごす時間こそが最高のご褒美ではございませんか」
「そんな……」
「心からの言葉でございますわよ?」
「トレクマー様は、人を褒めるのが上手でいらっしゃいますのね」
「あら、誰でも褒めると言うわけではございませんわ、カロリーヌ様だから褒めておりますのよ」
「なんだか恥ずかしいですわ」
「ふふふ、カロリーヌ様ってば可愛らしいですわね」
なんだか本当に胸がドキドキしますわ、こんなにドキドキが続いてしまったら熱が上がってしまうのではないでしょうか?
「ねえ、カロリーヌ様が髪を結い上げないのは、五限目に保健室で休養を取るからですか?」
「ええ、そうですわね」
「そうですか、垂らした髪も愛らしくてよろしいですわね。今度ヘッドドレスをプレゼントしてもよろしいかしら?」
「そんな、わたくしなんかにプレゼントだなんて」
「カロリーヌ様にだから贈りたいのですわ」
「本当にトレクマー様は人を喜ばせるのが上手でいらっしゃいますわね」
そういうと、トレクマー様は意味ありげにほほ笑みまして、わたくしの髪を一房取りますと、そこに口づけをなさいました。
どうしましょう、胸のドキドキが止まりませんわ。
「なんだか、トレクマー様と一緒にいると、胸がドキドキしてしまいますわね」
「まあ、嬉しいですわ。わたくしの事を意識してくださっておりますのね。ふふふ、このままわたくしの国に攫って行ってしまいたいぐらいに可愛らしいですわよ、カロリーヌ様」
「そんな」
国に攫うだなんて、冗談ですわよね。
そもそも、長距離の旅にはわたくしの体が付いていけませんもの、現実的な話ではございませんので、からかわれているだけですわよね。
「……さて、名残惜しいですけれどもそろそろお昼休みも終わってしまいますわね。カロリーヌ様は保健室に行かれるのでしょう? ゆっくりお休みになって下さいね」
「ええ、ありがとうございます」
わたくしはそう言って顔が上気したままサロンを出ますと、幾分おぼつかない足取りで保健室に参りました。
「ご機嫌よう、ドレアヒムさん」
「カロリーヌ様、顔が少々赤いようですが、熱でも出ましたか?」
ドレアヒムさんはそう言ってわたくしの額に手を当てて熱を測ってきます。
「大丈夫ですわ。少々、照れてしまう出来事がございまして、そのせいで顔が上気しているのだと思います」
「そうですか? ともかく、熱さましの薬を飲んでから本日はお眠りになって下さい」
「わかりましたわ」
熱さましの薬を飲んでから、コレットに手伝ってもらってシュミーズドレスに着替えまして、わたくしはベッドの上に横になります。
本日のお香はイランイランのようですわね。
すぐさま夢の世界に旅立ちまして、わたくしはぐっすりと眠ることが出来ました。
その後、コレットに起こされて温めたレモネードを頂きまして、制服に着替え直しますと、六限目の講義を受けるために教室に戻りました。
その日、家に帰ってお母様にトレクマー様と一緒にいると胸がドキドキして顔が上気してしまうことを相談しますと、優しいお顔をなさって、そういう時もあるのだから心配はいらないと言ってくださいました。
以前もこの歳ごろの女児にはありがちな事と仰っておりましたし、本当にあまり気にする必要はないのかもしれませんわね。
その後、夕食を皆様と楽しくいただきまして、湯あみをして寝着に着替えまして、わたくしはサンダルウッドの香りに包まれて夢の世界に旅立ちました。
『カロリーヌ、起きるがよい』
「まあ、神様。ご機嫌よう」
『ご機嫌よう、ではない。いいかカロリーヌ、其方の運命を大きく変えるのは王子達や高位貴族の子息であって、その婚約者ではないのだ』
「まあ、ご覧になっておりましたの? 覗き見は良くないと思いますわよ」
『話がなかなか進まぬ故見守っていたのだが、肝心の其方がこのありさまでは、進むものも進まなくて当然だ。カロリーヌよ、もう少し恋愛事に興味を持ったらどうだ?』
「そう仰られましても」
恋愛に興味がない場合はどうしたらいいのでしょうか?
わたくしは日々を生きることで精いっぱいでございまして、恋愛事にかまけている体力などございませんのに。
『とにかく、王子や高位貴族の子息にはカロリーヌについての夢を見せることにする』
「あら、余計なお世話は止めて頂けますか?」
『これはカロリーヌの将来にとって重要な事なのだぞ!』
「そういわれましても」
『各国の守護神も、カロリーヌの事を見守っているのだ。頼むからきちんと動いてくれ。出ないと私の評価が……』
「そんなの知りませんわよ。といいますか、各国の守護神の方々は暇なのですか? ダニエッテ様を観察なさればよろしいのに、わたくしを観察しても楽しくなどございませんでしょう」
『いや、ダニエッテも観察しているが、テンプレに飽き飽きしていると言うかな、わかるだろう?』
「まったくわかりませんわ」
それに、婚約者の方々がいらっしゃったからか、王子方もダニエッテ様に構うという事が無くなりましたし、わたくしの出る場面など無いのではないでしょうか?
「よろしいではございませんか、わたくしが居なくても、王子方や高位貴族の子息の方々は婚約者との仲は順調でいらっしゃいますし、わたくしが出て行かなくても問題はございませんでしょう?」
『そういう問題ではないのだが』
「神様方は、波乱が起きることを望んでいらっしゃるのですか? だとしたら相当性格がねじ曲がっていらっしゃるとしか言えませんわね」
『うぐ……』
『ああもうっ、まどろっこしいですわね』
いきなり、金髪碧眼の美女が出現なさいました。
『ご機嫌よう、カロリーヌ。わたくしはレーベン王国を守護している安産の神ですわ。今日この場に現れたのは、このヘタレの替わりにきちんと説明をして差し上げるためでしてよ』
「説明ですか?」
『ええ、上位世界の影響を受けて、今この世界、というよりもアトワイト王国はとある乙女ゲームの舞台とかしているのですわ』
「乙女ゲームとは、以前お聞きしましたが、女性向けの仮想遊戯という事でよろしいのでしょうか?」
『ええ、よろしくってよ。それで、その乙女ゲーム『ラクリマの後で』に出現するヒロインなのですが、上位世界より魂が転生してきた方でいらっしゃいまして、その乙女ゲームの内容を熟知なさっている方なのです。なので、カロリーヌが思うように動かないので「シナリオと違う」などと言っているのですよ。まあ、わたくし達が好きかどうかはともかくとして、守護している国の王子が関わっている事でございますので、皆関心を寄せているのです。もっとも、カロリーヌの病弱さは承知の事でございますので、シナリオ通りにいかないことは百も承知です。それでも、上位世界の影響は強く、カロリーヌが悪役令嬢として扱われるのではないかとわたくし共は心配しているのですよ』
「そうなのですか。それで、わたくしの運命に関わって来る云々に関してはどうなっているのでしょうか?」
『もう、こうなってしまっては、わたくし共の未来視でも確定した未来を見ることが出来ません。未来視というのはとても不安定なものなのです』
「そうなのですか」
『ただ、確かに各国の王子、そしてアトワイト王国の高位貴族の子息が貴女の運命に大きく関わってくるのは変わらないことでございましょう。このヘタレの説明ではわかりにくいかもしれませんが、直接的でも間接的でも、貴女の運命に大きな影響を与えるのは事実なのです。それと、『ラクリマの後で』という乙女ゲームには隠しキャラが存在しておりまして、そのキャラクターがヨーゼルムなのですよ』
「まあ、そうなのですか」
『ヒロインであるダニエッテの望みのエンディングが何かはわかりませんが、隠しキャラを出さないとも限りません。ヨーゼルムは今の所カロリーヌに好意を寄せていますが、今後の展開次第ではそれも変わってくるかもしれませんね』
「あら、ヨーゼルム様がわたくしに好意を? それでお見舞いのお花などを下さっているのでしょうか?」
『そうですね、そうなります』
「そうなのですか」
全く気が付きませんでしたわね。
『トレクマーにときめいてしまうのも、運命が関係しているのかもしれません。本来アウグストにときめくはずの感情が、トレクマーに移行しているとも考えられます。その場合、少々厄介な事になってしまいますが、一時の事という事で済みますでしょうし、親友という形に落ち着くかもしれません』
「まあ! わたくしに親友が出来るのですか?」
『あくまでもその可能性があるという事です』
「それでもかまいませんわ。嬉しい、わたくしにもやっと親友が出来ますのね」
『カ、カロリーヌ。私が説明した時よりもきちんと聞いているのではないか? 私だって散々説明したではないか』
「あら、だって神様の説明よりもわかりやすいのですもの。……お二人とも神様なのですよね、お名前はございますの?」
『ありますが、人には発音できないと思いますよ。わたくしの名前は§ΔΣηΦと言います』
「……ちょっと、難しいですわね」
『そうでしょう? ですので、人の間では安産の神と呼ばれておりますのよ』
「そうなのですね」
『ちなみに私の名前はηζδεдという』
「胸を張って言われましても、発音できませんので……」
そう言いますと、アトワイト王国を守護なさっている神様が四つん這いになってしくしくと泣きまねを致しました。
『よいしょっと』
「ぐえっ」
レーベン王国を守護なさっている神様がその背中に腰を落とすと、そんな声が聞こえてきましたが、きっと気にしてはいけませんわよね。
『とにかくカロリーヌ、貴女はこんなヘタレの言う事を聞かずに、自由に行動してよいのですよ。その方がわたくし達も楽しめますもの』
「そうですか」
『ところで、体の方は大丈夫ですか? 何でしたら、病気平癒の神を呼びましょうか?』
「そんな神様がいらっしゃるのですか!?」
『ええ、ルストダン王国の守護神がそれにあたりますわ』
「それはぜひとも護符を取り寄せたいですわね」
『この場に呼ぶことも可能ですが、何せ引っ込み思案な者でして、神以外に会うことを恐れているのですよね。昔、平癒した人間に裏切られたトラウマが未だに残っているようなのですよ。まったく、二千年も昔の事だと言うのに、女々しいったらないですわね』
「そうなのですか……」
『まあ、彼もカロリーヌの事は見守っておりますし、学園に通うだけの体力を付けさせたのは彼でございますので、そのうちカロリーヌの病気も平癒してくれるかもしれませんわね』
「そうだったのですか。では感謝しなくてはいけませんわね。学園に通えるようになったのですもの」
『まあ、神の力も万能ではございませんので、確実に平癒できると言うわけではないのがもどかしい所なのですけれどもね』
「神様にもどうしようもない事がございますの?」
『ええ、沢山ございますわよ。まず、上位世界からの干渉を止めることが出来ませんもの。本来なら、上位世界のように文明が発展していてもおかしくないのですが、人の営みはまるで時間を止めたようにとどまったまま動こうとしません。グリニャックが色々と開発させているようですが、それもささやかな物でしかありませんものね。流石のグリニャックも、空を飛ぶ乗り物の構造などは知らないでしょうし』
「まあ、空を飛ぶ乗り物が上位世界にはあるのですか」
『ええ、この世界とは比べ物にならないぐらいに発展を遂げておりますのよ』
「そうなのですね」
上位世界とはどんなところなのでしょうか? 興味は湧きますけれども、実際に行くことは出来ませんので、想像するしかございませんわね。
『それではカロリーヌ、あまりこの神界に居ては体調を崩してしまうでしょうから、今日はもうお戻りなさい』
「わかりました」
わたくしがそう答えた瞬間、視界が霞がかっていき、意識がホワイトアウトいたしました。
目が覚めると、まだ真夜中の様で、お香の香りが部屋の中に広まっている状況でございました。
「はふ」
目覚めるには大分早い時間でございますし、熱も出ていないようなので、もう一度眠ることにいたしまして、わたくしはしっかりと布団をかけて再び夢の中に旅立って行きました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます