006 発熱でお茶会欠席
十一月の中頃、王妃様主催のお茶会が開催されました。
侯爵家以上の令嬢が集められたお茶会でございまして、もちろん私も呼ばれていたのですが、生憎その日は朝から熱が出てしまって、参加することが出来ませんでした。
はあ、最近は体調がよかったので油断したのが悪かったのでしょうか? サシェ作りに夢中になっていたのも良くなかったのかもしれませんわね。
夜はいつも通りの時間に寝ていたはずなのですが、やはりサシェを作っていると言う興奮がお香では冷めていなかったと言う感じだったのかもしれませんわ。
とにかく、参加できなかったお詫びのお手紙を王妃様宛に書きまして、ヘルフに王宮まで届けていただきました。
帰って来たヘルフは、両手いっぱいの花束とメッセージカードを持ってきましたので、どなたからの物かとお聞きしましたら、案の定ヨーゼルム様からの物だそうです。
一体、どこからわたくしの体の不調を聞いているのでしょうか? 我が家に告げ口するような使用人はいないと思うのですけれども。
それにしても、今回のお茶会に参加できなかったのは痛いですわね、わたくしの親友を作るいい機会だったはずですのに、それが頓挫してしまいましたわ。
けれども、もう少しでサシェも出来上がりますし、それで釣るわけではございませんが、親友が出来るかもしれませんわ。
アロマテラピーも貴婦人や令嬢には人気のものでございますし、話が盛り上がるかもしれませんわ。
「カロリーヌ、具合はどうですか?」
「お母様、熱は少し下がりました。けれども、明日は学園を休んだほうが良いかもしれませんわ」
「そうですわね、無理はしない方がよいですし、そのほうが良いでしょう」
お母様はわたくしの額に手を当てて熱を測ると、やはりまだ熱があると仰って、わたくしの居るベッドの横にある椅子に座りますと、優しい微笑みを向けてくださいました。
「お母様、神様は学園でわたくしが出会う王子方や高位子息は運命を動かす重要人物だと仰っておりましたが、わたくしにはそうは思えませんの。皆様婚約者がいらっしゃいますでしょう? それなのに横からわたくしが入り込むような真似をするのはなんだか違う気がしますのよ」
「そうですわね、カロリーヌの言う通りだと思いますわ。神様の言う事など聞かなくても良いのですよ」
「けれども、本来であれば、わたくしは王子方の接待役をするはずでしたのよね。ダニエッテ様が仰っておりましたわ、わたくしは悪役令嬢なのだからちゃんとしなさい、と」
「そのような方のいう事はもっと聞かなくてよいですわ。今回は神様は関わっていないそうですが、厄介な人物であることに変わりはないのですもの、そんな方に関わって、カロリーヌの体調が悪化するほうがわたくしは心配ですわ」
「そうですね、お母様の仰る通りだと思います。神様には申し訳ないですが、運命を動かす重要な方々という部分は無視させていただくことにいたします」
わたくし、母離れが出来ておりませんので、お母様の言う事には逆らえませんの。
神様、ごめんあそばせ。
「ところで、サシェ作りは進んでいますか?」
「はい、乾燥する季節という事もございまして、順調に進んでおります」
「そうですか、懐かしいですわね。わたくしもトロレイヴ様とハレック様に頂いた薔薇をサシェにしてプレゼントいたしましたのよ。その時のお二人は本当に喜んでくださって、あの時はわたくしも嬉しかったですわ。カロリーヌもそんな相手に恵まれると良いですわね」
「はい、お母様」
「ところで、ヨーゼルム様から花束を頂いたのですって?」
「はい、わたくしへのお見舞いだとメッセージカードにございました」
「そうですか。まだ諦めてないのですね」
「はい?」
「いいえ、なんでもございませんわよ」
よくわかりませんが、お母様が何でもないと言うのでしたら、そうなのでございましょう。
ヨーゼルム様が花束を下さるのは今回が初めてではございませんし、ある意味見慣れた光景という感じですわね。
「それにしても、今日はお茶会に行けなくて残念でしたわね」
「はい、令嬢方と仲良くなるチャンスだと思ったのですが、興奮してしまったのでしょうか、熱が上がってしまったようです」
「カロリーヌは本当にささやかな事で熱を出してしまいますものね。学園に通えるようになったことが本当に奇跡だと思えますわ」
「ええ、学園生活はとても楽しゅうございますわ」
「それはなによりです。わたくしも、放課後はトロレイヴ様とハレック様の居残り練習に付き合ったりして、楽しい日々を過ごしましたわ」
「お母様の学園生活は、お父様方が中心だったのですね」
「ええ、もちろんですわ。あのように素晴らしい方々なのですから、思わず目を奪われるという物です」
「お母様は本当にお父様方が好きなのですね、羨ましいですわ。わたくしもいずれそのような方に巡り合えますでしょうか?」
「そうですわねえ、しつこく言い寄って来る方ならいらっしゃいますけれども」
「そうなのですか?」
「まあ、カロリーヌは気にしなくてよいのですよ」
「そうですか、わかりましたわ」
わたくしにしつこく言い寄って来る方ですか? 想像がつきませんわね。
「さあ、薬湯を飲んでもう一度お眠りなさい」
「はい。あ、そうですわお母様。以前にも一度お話したと思うのですが、熱さましの粉薬を丸薬にして糖衣にしていただける開発はどうなっておりますでしょうか?」
「ああ、あれですか。確かに粉薬は飲みにくいですものね。ティスタン様には開発を進めて下さるようにお願いしている所ですわ。まあ、痛み止めの糖衣の要領がございますので、そんなに長い時間待たせることは無いと思いますわよ」
「そうですか、それは良かったですわ」
あの熱さまし、本当に苦いのですよね。
この薬湯も決して美味しいわけではないのですが、お母様曰くこれでも大分改善されたのだそうです。
とろみの付いた、お母様曰く葛湯のようになっておりまして、甘みを足すことによって苦さを消しているのだそうです。
お母様が自ら実験台になって、様々な甘みを加えることによって、ここまで味の改善をしているのだそうですので、あまりわがままを言ってはいけませんわよね。
わたくしは薬湯を冷ましながら飲み終えますと、ベッドサイドテーブルに置きました。
飲み終えたカップをカルラが寝室に入って来て下げるのを見届けてから、わたくしはベッドに横になります。
お母様がわたくしの頭を撫でて下さって、わたくしは目を閉じますと、夢の世界に旅立って行きました。
熱は三日間引かず、わたくしは念のためを含めて四日間学園を休むことになってしまいました。
はあ、こんなに休む予定ではなかったのですが、熱に関してだけは仕方がありませんわね。
「まあ、カロリーヌ様。もうお体はよろしいの?」
「ええ、ご心配をおかけいたしました。熱も下がりましたし、こうして学園に通う事が出来るようになりましたわ。お見舞いのメッセージカードありがとうございました」
「こちらこそ、お返しに頂いたサシェをありがとうございました。とてもよい香りでしたわ」
「我が家の庭で採れた花で作ったものなのですよ」
「そうなのですか。ふふ、この四日間、誰がどのようなサシェを頂いたかと、評判になっておりましたのよ」
「まあ、そうなのですか」
メンヒルト様の言葉にわたくしは思わず笑みを浮かべてしまいます。
皆様が喜んでくださって何よりですわ。
「ご機嫌よう、皆様」
「まあ、クダレーネ様方、ご機嫌よう。本日はカロリーヌ様が登校なさっておいでですわ」
「あら、体調は回復なさったのですね、なによりですわ。そう言えば、サシェをわざわざありがとうございます。カロリーヌ様は香りものにご興味がおありなのかしら?」
「ええ、寝るときなどは必ずお香を焚いて寝ますの」
「それでしたら、トレクマー様と話が合うのではないでしょうか? ねえ、トレクマー様」
「そうですわね。わたくしも香りものが好きなのですよ。けれども香水のように匂いのきついものではなく、ほのかに香る物が好きなんですの。ですので、この国から輸出されている石鹸などには大変興味がありますのよ」
「そうなのですか」
「なんでも、エヴリアル女公爵の開発商品だそうですわね」
「ええ、お母様も自然な香りがお好きでいらっしゃいますから、香水よりもそう言った物を好んでいらっしゃいますのよ」
「そうなのですか。そういえば、カロリーヌ様が保健室から帰っていらっしゃる六限目には良い香りがいつもしておりますけれども、お香の香りでしょうか?」
「そうかもしれませんわ。ドレスは着替えているのですが、髪などに香りが移っているのかもしれません」
「わたくし、好きですわ」
「え?」
「ああ、もちろん香りの事ですわよ」
「そうですわよね、ちょっと驚きましたわ」
「もちろん、カロリーヌ様の事も守りたくなる対象として好きですけれども」
「え!」
「うふふ」
な、なんでしょう、胸がドキドキいたしますわ。
トレクマー様はただでさえ紫の髪の毛に青い瞳のさばさばした色っぽい方ですのに、そんな風に言われてしまっては、胸がドキドキしてしまうではございませんか。
……これが、恋?
って、相手は女性、女性ですのよ、しっかり致しましょう、わたくし。
でもお母様が薔薇世界の反対に百合世界があるとも仰っていましたし、もしやトレクマー様は百合世界の方なのでしょうか?
けれども、直接お聞きするのはマナー違反だとお母様が仰っていましたし、観察を続けまして、真贋を見極めるべきですわね。
って、なんの真贋を見極めるつもりですの、わたくし。
トレクマー様はアウグスト様の婚約者なのですから、恋愛対象ももちろん男性に決まっているではありませんか。
ふう、危うく恥をかいてしまう所でございました。
けれども、蠱惑的な青い瞳で見つめられてしまうと、思わず見とれてしまいそうになるから不思議ですわね。
この感情を何と言ったらいいのか、今度お母様に聞いてみましょう。
「それにしても、カロリーヌ様がいない間は大変でしたのよ。フリーゲンが悪役令嬢のくせに病弱なんてありえない、折角のイベントが台無し! なんて叫び出しておりましてね」
「そう言えばそうでしたわね」
「ヴィリエッテ様とフィリーダ様が特に絡まれていらっしゃいましたのよ。ねえ、お二人とも」
「そうですわね、あれには参りましたわ。いきなりお昼休みに近づいて来たかと思ったら、目の前でトレイをひっくり返すんですもの。気が狂ったのではないかと正気を疑ってしまいましたわ」
「わたくしも、ルーカール様と中庭を散歩していた時に、突然現れまして、目の前で転んだかと思ったら、わたくしが足をかけたと言い始めましたのよ」
「まあ、そんな事がございましたのね」
大変だったのですねえ、思わず同情してしまいますわ。
それにしてもイベントですか、本気で物語の中に生きていらっしゃるような事を仰るのですね、ダニエッテ様は……。
「まったく、フリーゲンはどこにでも現れて本当に厄介な存在ですわねえ。いっそのこと、家ごと潰してしまいましょうか?」
「厄介ではありませんが、実害はございませんでしょう? そこまで仰らなくてもよろしいのではありませんか?」
「カロリーヌ様がそう仰るのでしたら……。けれども、目に余る行動を取るようでしたら、我が国の対面もございますし、家ごと排除する必要もあると私は思いますのよ」
「そうですわね、その時は仕方がないのではないでしょうか?」
けれど、神様が仰るにはダニエッテ様のお婆様がブライシー王国に滅ぼされた亡国の姫君だということですし、男爵家を滅ぼした後にそれが判明してしまった場合、どうなってしまうのでしょうか?
メンヒルト様に害が及ばなければよいのですけれども。
会話をしているうちに一限目の鐘が鳴りましたので、わたくし達はそれぞれ席に着きまして、講義を受ける事になったのでございます。
そして昼休み、いつものようにお弁当を持ってサロンに行きますと、珍しい事にトレクマー様が居らっしゃっておりました。
「まあ、トレクマー様。どうなさいましたの? アウグスト様と学食で昼食を召し上がらなくてよろしいのですか?」
「ええ、本日は気分転換を兼ねて学食でお弁当を作っていただきましたのよ。よろしければ一緒にいただきませんか?」
「もちろん、歓迎いたしますわ」
わたくしは定位置になっている観葉植物が沢山置いてある場所に誘導いたしますと、テーブル席に座ってお弁当を広げます。
学食で作ったばかりという事もあってか、トレクマー様のお弁当は温かさが残っている物になっているようですわね。
「いい場所ですわね、ここ。周囲からの視線も気になりませんし、秘密の会話をするにはうってつけの場所ですわ」
「そうですか? わたくしは直射日光に当たらない場所を選んだだけなのですけれどもね」
「こんな場所に、お付きのメイドがそれぞれいるとはいえ、二人っきりでいるだなんて、なんだか他の方に悪い気がいたしますわ」
「まあ、どうしてでしょうか?」
「だって、人気者のカロリーヌ様を独り占めできるのですよ。こんなに嬉しくて罪悪感の湧く事なんてそうそうございませんわ」
「わたくしが人気者ですか? 何かの間違えでは?」
「いいえ、カロリーヌ様は間違いなく人気者でいらっしゃいますわよ。その証拠に、お休みなさっていた四日間にクラスの全員からお見舞いのメッセージカードが届きましたでしょう?」
「ええ、確かにクラスの方全員からお見舞いのメッセージカードを頂きましたが、義務的なものではないでしょうか?」
「ふふ、そんな自己評価が低い所も可愛らしいですわね」
「トレクマー様はわたくしを褒め殺しになさるおつもりでしょうか? そんなに褒められてしまうと、照れてしまいますわ」
「あら、それでカロリーヌ様のお心を手に入れられるのでしたら、いくらでも褒めますわよ?」
トレクマー様の言葉に食事をしながら思わず顔が赤くなってしまいます。
本当にトレクマー様は褒め上手でいらっしゃいますわね。
「そういえば、カロリーヌ様は歌もうまいとお聞きしましたわ。よろしければ今度何か歌っていただけますでしょうか?」
「まあ、そんな大層な物ではございませんのよ?」
「かまいませんわ。わたくし、趣味でバイオリンを弾きますので、伴奏はお任せください」
「まあ、バイオリンを? それはぜひ聞いてみたいですわね」
「そうですわねえ、今日は学園には持ってきておりませんので、明日、カロリーヌ様の独唱とわたくしのバイオリンの伴奏を合わせると言うのは如何でしょうか?」
「ええ、よろこんで」
わたくしの歌が、こんなところで活躍するなんて、意外ですけれども、好きなものですし、好んで聞いて頂けるのでしたら、喜んで歌わせていただきますわ。
その後、香りについての話や、歌についての話で盛り上がった昼休みが終わり、わたくしはいつものように保健室に参りました。
「ご機嫌よう、ドレアヒムさん」
「ご機嫌よう、カロリーヌ様。なんだか機嫌がよさそうですね」
「ええ、お友達になれそうな方を見つけましたのよ」
「それは何よりですね。けれども、それに興奮して熱を出しても困りますので、気を付けてくださいね、やっと熱が下がったばかりなのですから」
「分かっておりますわ」
わたくしは着替えのスペースに行くと、コレットに手伝ってもらっていつものようにシュミーズドレスに着替えましてベッドに横になりました。
「本日はベルガモットの香りにいたしましょう」
「良い香りですわね」
「ゆっくりお休みください」
ドレアヒムさんの言葉に、わたくしはベッドに入って目を閉じると、夢の世界に旅立って行きました。
約一時間後、コレットに起こされまして、温めたレモネードを頂きまして、再び制服に着替えますと、六限目を受けるために教室に戻りました。
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