005 各国から来た令嬢
十一月に入り、寒さが身に染みて来るころ、我が学園に編入生がやってくることになりました。
それが、各国の王子方の婚約者の方々で、どこで嗅ぎつけたのかはわかりませんが、ダニエッテ様の事を警戒していらっしゃったようなのでございます。
本当にご苦労な事ですわよね。
シャメルお姉様のお話ですと、すでに王宮内に客室が用意され、そこに滞在なさっているのだそうです。
わざわざ本国から婚約者を監視するためにいらっしゃるなんて、相当惚れているか、危機感を抱いているかどちらかですわよね。
まあ、後者の気もしますけれども、その方の本当の想いはその方しかわかりませんし、興味もございませんので関係ありませんわ。
そう、無いと思っていたのですけれども、シャメルお姉様曰く、今学園で一番高位の令嬢であるわたくしが編入していらっしゃった令嬢方の接待役になるのではないかという事なのです。
まあ、シャメルお姉様がわたくしの体の弱さを説明して、ならないように国王陛下を説得してくださっている最中なのだそうですわ。
なので、現在は暫定の接待役といった感じになっております。
補佐には、メンヒルト様と、先日のお茶会で親しくなった令嬢方が数人付いてくださっておりますのよ。
それにしても、皆様アトワイト王国語を流暢に話されていて、感心してしまいますわ。
きっと沢山お勉強なさったのでしょうね。
クダレーネ様、レーベン国からやっていらっしゃったリードリヒ様の婚約者で公爵令嬢でいらっしゃいまして、リードリヒ様のお母様が男爵令嬢ですので、せめてその正妃は公爵令嬢をという事で決められた婚約者なのだそうです。
トレクマー様、ブライシー王国からいらっしゃったアウグスト様の婚約者で侯爵令嬢でいらっしゃいまして、紫色の髪の毛が印象的な美しい方でいらっしゃいますが、アウグスト様とは政略結婚だと言って憚らないあたり、さばさばした性格の方なのではないでしょうか?
ヴェリエッテ様、ルトルダン王国からいらっしゃったデブレオ王子の婚約者でいらっしゃった、侯爵令嬢でございまして、デブレオ様の事は心から愛しているのだと仰っておりました、珍しいタイプでいらっしゃいますわよね。
フィリーダ様、エトルート王国からいらっしゃった公爵令嬢で、ルーカール様の婚約者でいらっしゃいまして、吸い込まれそうな黒い瞳が印象的な方でございます。
皆様個性的な方々でございまして、そんな方々の接待役など、わたくしには荷が重いですので、メンヒルト様達に引き受けて頂きたいですわね。
それぞれの婚約者がいらっしゃった事で、ダニエッテ様はシナリオと違う! などと叫んでいらっしゃいましたが、何の事を仰っておいでなのでしょうか?
わたくしにはさっぱりわかりませんわ。
「それでね、ダニエッテ様がシナリオと違う、悪役令嬢役が増えたって事? と、叫んでいらっしゃいましたのよ」
「あらまあ、それは自分の中にある物語と相違が出てしまってパニックになってしまっているのではないでしょうか? どちらにせよ、そういった類の人種とは関わらない方が賢明ですわね」
「相手が絡んでくる場合はどう対処すればよろしいのでしょうか?」
「簡単だよ、カロリーヌは病弱なのだし、気絶したフリでもしておけばいいのではないかな」
「そうだな、そのダニエッテ嬢、だったか? その人物に近寄ったら具合が悪くなると周囲に想わせておくことも重要だ」
「お父様達の言う通りだよ。とにかくそういう類の人種にはかかわらない事だね」
「わたくしもそう思いますわ。ジャレール様が在学中も似たような方がいらっしゃいましたけれども、結局はお相手が見つからずに婚約者が出来ないまま卒業なさいましたもの」
「そうなのですね。皆様ありがとうございます、とても参考になりましたわ」
夕食の席で、お母様達に相談いたしましたら、皆様一様に関わらないほうが良いと仰っておりますので、やはりそうしたほうが良いのですわね。
けれども、ダニエッテ様は標的を基本的にイェニーナ様に変えたとはいえ、わたくしに未だに絡んでくるのですよね。
わたくしが適当にあしらうと、それはもう嬉しそうなお顔で、「覚えてなさい」と仰って立ち去って行くのでございます。
本当になにがしたいのでしょうか?
頭がお花畑で出来ていらっしゃる方の考えは本当にわかりませんわね。
「そういえば、各国の令嬢を歓迎するお茶会が近々開かれるそうですわ、カロリーヌも体調が良いようなら参加して欲しいとのことです」
「まあ、お茶会ですか?」
「ええ、今度の学園のお休みの日に合わせて行うそうです。けれども寒くなってきましたからね、わたくしはカロリーヌが熱を出してしまうのではないかと今から心配でたまりませんわ」
「確かに、例年だとこの時期から熱を出しやすくなりますが、大丈夫ですわよ。無理はしないように致しますもの」
「そうですか? 少しでも熱っぽいと感じたら、すぐにコレットやドレアヒムに言うのですよ?」
「はい、お母様」
夕食を食べ終えて、私室に戻り湯あみをして寝着に着替えてから、わたくしは寝室に入ります。
「本日はベルガモットのお香を焚いてみますね。リラックス効果のある香りでございますので、緊張なさった心をほぐしてくださると思います」
「ありがとう、コレット。いい香りですわね」
「それでは、お休みなさいませ。カロリーヌお嬢様」
コレットが寝室から出ていくと、わたくしはベッドに入りまして、目を閉じました。
ベルガモットの香りに包まれて、今日もすんなりと眠りにつくことが出来そうです。
本日は他国の令嬢が編入してきましたので、自然に緊張してしまっていたのでしょう、ベルガモットの香りが心をほぐしてくださるように感じられます。
わたくしはそのまま夢の世界に旅立ちました。
翌朝、寝室に入って来たコレットに起こされて、朝の身支度を済ませますと、朝食を食べる為に食堂に向かいました。
食堂には既にお母様達が揃っていらっしゃってわたくしが最後だったようでございます。
「お待たせしてしまって申し訳ありません」
「かまいませんよ。カロリーヌが元気に朝食の席にこんなに頻繁に参加することが出来るようになっただけでも嬉しい事ですもの」
「そうですわね」
確かに、昨年まではこんな風に皆様と食事を取ると言うのは年に半分あるかないかといった感じでしたものね。
お母様お抱えの典医のランドルフさんは、成長して体力がついて来たのかもしれないと言っておりましたが、そうなのだとしたら本当に嬉しいですわね、この調子で健康体を手に入れまして、淑女としても活躍したいものですわ。
けれども、わたくしは病弱を理由に婚約者がおりませんので、このままジャレールお兄様のお世話になるしかないのでしょうか?
それはそれでなんだか申し訳ないのですけれども、子供を産めるかもわからないような女を嫁にしたいと言う家は少ないですものね、仕方がありませんわ。
国策で子作りの推奨も行われておりますし、そう考えますと、わたくしを嫁にしたいと言う家は本当に少ないのではないでしょうか?
ジャレールお兄様やシャメルお姉様のように恋愛結婚できれば良いのですが、政略結婚しか私には残されていないのではないでしょうか?
ああ、でも、そんなものをさせるぐらいなら、家に居ろとジャレールお兄様なら言い出しそうですわね。
わたくしは家にいる人生でも構わないのですが、ラルデット様に申し訳ないのではないでしょうか?
やはり政略結婚であってもどこかに嫁ぐのが正しい道ではないでしょうか?
けれども私の医療費を負担できる家となりますと、数は少ないですわよね……。
その中でも同じ年頃の子息がいる家となるとさらに少なくなってしまいますし、わたくし、どうなってしまうのでしょうか?
そういえば、第二王子のヨーゼルム様から求婚の申し込みが来ているとお母様が以前仰っておりましたわね。
ヨーゼルム様ですか、わたくしが熱を出した時など、どこから聞きつけて来るのか必ずお見舞いのメッセージカードなどを下さるまめな方でいらっしゃいますのよね。
まあ、実際にお会いしたことは二回しかございませんけれども……。
最後にお会いしたのは四年前でしたかしら? どのような青年に成長なさっているのでしょうか?
そういえば、側妃様は娶っていらっしゃるそうですけど、正妃様は娶っていないとシャメルお姉様が仰っておいででしたわね。
その側妃様にも避妊薬を飲ませているともお聞きしますし、何がなさりたいのでしょうか?
物語風にいうのであれば、わたくしが成人するのを待ってくださっていると言う感じなのでしょうけれども、そこまで夢を見る事は出来ませんわよねえ。
それに過去にも正妃を持たない大公はいらっしゃいましたし、それにならっているのではないでしょうか?
まあ、側妃様方に避妊薬を飲ませている理由はわかりませんけれどもね。
ヨーゼルム様はわたくしよりも四歳年上の王子様でいらっしゃいまして、ハニーブロンドと黄緑色の瞳が美しい、絵に描いたような王子様でいらっしゃいますが、今はジャレールお兄様と同じく宰相補佐の任についていらっしゃいます。
けれども特に宰相の座を狙っていると言うわけではなさそうだと言うのがジャレールお兄様の意見ですわね。
語学が堪能な方なので、外交官として働いてほしいと言うオファーもあるそうなのですが、ご本人は宰相補佐の地位で満足していると周囲に公言なさっているようです。
せっかくのオファーですのに、断るなんて勿体ないですわよね。
まあ、実際に外交官になりましたら、プリエマ叔母様のように一年のほとんどの時間、各国を飛び回らなくてはいけませんし、それが嫌なのかもしれませんわね。
それに、外交官に関しては、ウォレイブ大公のご長男が引き継ぐのではないかという噂だという事ですし、遠慮なさっているのかもしれませんわ。
まあ、ともかくヨーゼルム様はわたくしに求婚していらっしゃる奇特な方でいらっしゃいますが、二回しか直接お会いしたことがございませんので、何とも言えないのですよね。
側妃様との結婚式にも、体調が悪くて参列できませんでしたし、どのような方に成長なさっているのでしょうか?
シャメルお姉様やジャレールお兄様に聞くところによると、見た目通りの立派な方だという事ですけれども、お母様とお父様方はまだまだ青いと仰っておりました。
あ、ちなみに在学中こそ特進科に通っていらっしゃったそうですけれども、放課後は騎士科の方々に混じって訓練をしていらっしゃったそうで、武芸にも秀でていらっしゃるのだそうですわ。
まさに、令嬢が憧れる王子様でいらっしゃいますわよね。
ああ、もちろんシャメルお姉様のバンジール王子も素敵な方でいらっしゃいますわよ、ハニーブロンドに紫色の瞳が美しい方でいらっしゃいまして、シャメルお姉様と並んだ姿は思わず写真機に納めたくなるほどでございます。
そういえば、お母様がティスタンさんに命じて作らせた写真機ですが、まだまだ値段が高く、高位貴族の貴婦人や令嬢しか持っていないのですよね。
ただ、国外にも少数ではございますが出荷しているとのことで、レーベン王国の側妃のルトラウト様などが手にしていらっしゃるそうです。
ルトラウト様とお母様は国を越えての親友だそうで、今でも頻繁にお手紙のやり取りをなさっておいでなのですよ。
わたくしにもそんな親友が出来ると良いのですけれども、なかなか難しいですわね。
メンヒルト様がわたくしによくしてくださっていますけれども、親友と言われると、また違う感じがいたしますものね。
親友を作るのって難しいですわ。
お母様に親友を作るコツを聞いましたら、やはり共通の趣味を持っている事が良いのではないかと言われましたが、これと言った趣味の無い私には難しい話ですわね。
それにしても、お母様の趣味って薔薇世界の鑑賞ですわよね? ルトラウト様も薔薇世界の鑑賞が趣味なのでしょうか?
趣味は国境を越えるものなのですね、勉強になりますわ。
そんな事を考えているうちに朝食が終わり、わたくしは学園に向かいました。
馬車停めで馬車から下りますと、丁度王宮からの馬車も到着したようでございまして、各国の王子方とその婚約者の方々が続々と降りていらっしゃいました。
「あら、ご機嫌ようカロリーヌ様」
「ご機嫌よう、皆様。今朝も良い天気ですわね」
「そうですわね。けれども、肌寒くなってくる季節でございましょう? 制服に合わせたショールを考えるのが毎日大変ですわ」
「そういえば、カロリーヌ様の着ていらっしゃるショールはアンゴラの毛を使っていらっしゃるのかしら、とても暖かそうですわね」
「ええ、わたくしはすぐに体調を崩してしまいますので、お付きのメイドが毎日その日の気温に合わせてショールを考えてくださいますの」
「そうなのですか、優秀なメイドが付いていて羨ましいですわ。わたくしのメイドなど、わたくしのいう事に素直なのは良いのですが、反論という物をしないせいで、一時期、わたくしはわがままに育ちかけておりましたのよ。お父様が側室を作って、矯正されなければどうなっていたか、今考えただけでもぞっとしますわ」
「皆様色々ございますのね。わたくしはメイドにも家族にも恵まれておりますので、そこの所は神様に感謝しておりますわ」
まあ、他に感謝できる部分が見つからないのですけれどもね、家族に恵まれたことは最高の事でございますし、そこの部分は最大限に感謝すべきですわよね。
団体で教室に向かう途中、色々な生徒の方々がわたくし達を見て頭を下げたり、ひそひそと囁き合ったりしております。
ああ、恥ずかしいですわね、だからこの方々と関わりたくないのですわよね。
個人個人は良い方々なのですけれども、団体になりますと目立って仕方がないんですもの、わたくしもそこに入るだなんて烏滸がましいですわ。
わたくしなんて、何のとりえもないただの公爵家の次女でございますものね。
まあ、多少魔法が使えると言う点は人と違いますけれども、使い道のない能力でございますものね。
わたくし以外にも魔法が使える方がいらっしゃったら、話が弾むかもしれませんけれども、神官長曰く古に失われた力が復活したのは奇跡に近いという事ですし、そうそう居ませんわよねえ、魔法を使える人って。
そう言えば、アロマテラピーが趣味と言えば趣味かもしれませんわ。
寝るときなど必ずお香を焚きますもの、うん、それが趣味なのかもしれませんわね。
お母様も昔お父様達に頂いた花をサシェにしてプレゼントしたことがあると仰っておりましたし、わたくしもいい香りのサシェを作って皆様にプレゼントすると言うのはどうでしょうか?
あ、案外いい考えかもしれませんわ。
サシェはプレゼントとしても人気の品物ですし、まずは同じクラスの令嬢方に配ることにしましょうか。
サシェにする花は何がよろしいかしら? お母様が最初にお作りになったのは薔薇だと仰っていましたわよね、わたくしもそれにならったほうがよろしいでしょうか?
けれどももう十一月ですし、中庭の薔薇もほとんどが時期を終えているのですよね。
……はっ! こんな時こそ魔法を使うべきなのではないでしょうか? わたくしの魔法は枯れた花も咲かせることが出来ますので、香りの強い薔薇を咲かせることが出来ますわ。
いいアイディアが浮かびましたので、わたくしは周囲の視線が気にならなくなり、ワクワクとしながら教室に入りました。
普通科のAクラスは家を継がない、けれども成績の良い方々がいらっしゃいまして、ほとんどが令嬢になります。
子息は次男など家を継がなくても、下の爵位を継ぐ場合もございますのでそんな方は特進科に進むのですわ。
それでいきますと、王子方がなぜ普通科にいるのか疑問なのですが、特進科は我が国における貴族の在り方についてを学ぶため、留学生にはあまり適さないクラスになるのです。
なので、留学生の方々は普通科に通っていると言うわけです。
それにしても、今日から忙しくなりますわね。
クラスの令嬢に配るサシェだけでも十三個必要、あ、留学生がいらっしゃったので十七個ですわね。
風魔法を使っておけば、乾燥も早くすむかもしれませんわ。
あら、こう考えますと、魔法も意外と便利かもしれませんわね、他に使い道は思いつきませんけれども。
教室に入直前、急にコレットがわたくしの横に立ちましたので、何事かと見てみますと。ダニエッテ様がコレットにぶつかっているのが見えました。
なんでしょうか? コレットの立ち位置から見て、コレットが動かなければわたくしにぶつかっていたとみていいですわよね。
何のために?
「いったーい。カロリーヌ様酷いです、お付きのメイドを使ってあたしにぶつけさせるなんて!」
この方、何を言っているのでしょうか?
お花畑の頭だとは思いますけれども、そもそもAクラスに何の用があって来たのでしょうか? あ、王子方に会いに来たとか?
けれども、王子方も微妙な顔をしておりますわよねえ。
婚約者の前で堂々と他の令嬢にかまけるわけにもいかないでしょうし、対処に困っていると言った感じでしょうか?
「カロリーヌ様が皆を誘導して、あたしの事を虐めてくるんです! 皆様、信じてください。今だって、ただ通りすがっただけのあたしを、お付きのメイドを使ってぶつけたじゃないですか」
いえ、確実にダニエッテ様の方から突進してきたのではないでしょうか? そうでなければコレットが動くはずがありませんもの。
ダニエッテ様がわたくしにぶつかってきた場合、確実にわたくしは倒れこんでおりましたわね。
だって、わたくし体幹がありませんもの。
そうなのです、ダンスのレッスンを受けていないせいもあるかもしれないのですが、ほとんどをベッドの上で過ごしていたせいか、わたくしには体幹というものがほとんどないのでございます。
お母様が行うストレッチにも何度かお付き合いさせていただいたのですが、すぐに息が上がってしまって、結局最後までお付き合いすることが出来なかったのですよね。
最近ではわたくし自身の運動神経の無さに笑いさえ出てくるほどでございますわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます