004 昼休みのお茶会

 入学して一か月が経った十月の初めの日、わたくしは、わたくしにまつわる校内での噂をメンヒルト様に教えていただきました。

 曰く、病弱故に保健室通いを欠かさないという事。

 曰く、フリーゲンに絡まれて困っているという事。

 曰く、お友達を作りたいけれども、人見知り故なかなかうまくいかない事。

 だ、そうですわ。

 まあ、概ね事実なので否定はしませんでしたけれども、ダニエッテ様は最近はわたくしが、ダニエッテ様が仰ったような『悪役令嬢』をしないせいか、絡んでくることも少なく、標的をイェニーナ様に変えたようでございます。

 イェニーナ様、ご愁傷さまですわ。

 まあ、病弱というのは講義に熱心になりすぎて、発熱してしまって早退後二日間学園を休んだことと関係しているのでしょうね。

 あれには反省いたしましたわ、刺繍の講義だったのですが、つい熱中しすぎてしまいまして、いつの間にか発熱してしまっていたのですよね。

 コレットがわたくしの顔が赤い事に気が付いて手早く対処してくださいましたので大事には足りませんでした。

 学園は二日間お休みいたしましたけれども。

 クラスメイトや講義仲間からはお見舞いのメッセージカードを頂きまして、ベッドで横になっている間、それを眺めながら返事を書くと言う作業をしておりました。

 もちろん、学園に復帰後も改めてお礼を言いましたわよ。

 その時、これはお友達を増やすチャンスなのでは? と思いましたが、中々話が弾まず、お友達になることが出来なかったのも噂の通りでございますわね。

 お茶会を主宰しても良いのですが、その日に気分が悪くなってしまったら、主催者不在のお茶会なんて言う最悪なものになってしまいますので、自重しておりますの。


「そうですわ、カロリーヌ様。今度昼休みの時間を利用して、サロンでお茶会を開こうと思っているのですが、カロリーヌ様も是非参加していただけないでしょうか?」

「まあ、よろしいのですか?」

「ええ、もちろんですわ」


 メンヒルト様のお言葉に、昼休みを利用してのお茶会なら、丸薬もありますし大丈夫なのでは? と期待に胸が膨らんでいくのが分かります。


「皆様、カロリーヌ様とお話するのを楽しみにしていらっしゃいますのよ」

「そんな、わたくしなんて話の話題も大してございませんし、話していて楽しいとはとても思えませんわ」

「何を仰いますの。カロリーヌ様はいらっしゃるだけで十分なのですわ」


 なんだか、お母様がよくおっしゃる見世物パンダになってしまっているような気分ですけれども、お友達を作るきっかけになるかもしれませんし、そうでなくとも、わたくしの趣味を見つけることが出来るかもしれませんわ。

 歌唱も趣味と言えば趣味なのですが、あくまでも手慰み程度の物ですものね。

 はあ、お母様のように豊富な知識があれば相手を楽しませることが出来ましたのに、ベッドで寝てばかりおりましたので、それもないのですよね。

 本当にわたくしって駄目ですわね。

 まあ、とにかく、お茶会には気合を入れて臨むことにいたしましょう。

 あ、そうでしたわ。


「メンヒルト様、サロンでお茶会という事は、皆様お弁当を持ち寄るという事でよろしいのでしょうか?」

「ええ、そうなりますわね」

「そうですか、よかったですわ。わたくしだけお弁当を頂くのは少々気まずかったですので」

「そこの所はきちんと考えておりますのでご安心くださいませ」


 その言葉に、流石はメンヒルト様だと思いました。

 初日の入学式の際にわたくしに声をかけて下さって以来、何かとわたくしの事を機にかけて下さっているのですよね、ありがたい事ですわ。

 いつかお礼をしなければいけないとは思っているのですが、中々いい案が思い浮かばないのですよね。

 はあ、こんな時、お母様やシャメルお姉様ならどうしたのでしょうか?

 今度お母様に聞いてみることにいたしましょう。


「そうですわ! お茶会ではカロリーヌ様の独唱をなさっては如何でしょうか? 噂は聞いておりますわよ、それはもう美しいお声で歌われるのだとか」

「そんな、わたくしなどまだまだですわ」

「いいえ、そんなことございませんわよ。カロリーヌ様の歌声に惹かれたのか、教室に飾ってあった花が一斉に開花したとも聞きましたし、花も美しい歌声には負けてしまうのでしょうね」

「まあ」


 あれは、つい興が乗ってしまって、無意識に魔法を発動してしまった結果なのですけれども、そんな風に噂になっているのですね。

 いけませんわね、わたくしが魔法を使えるなんて知れてしまったら、ただでさえ出来ないお友達が余計に出来なくなってしまいますわ、今後は注意することにいたしましょう。

 けれども、歌を歌っていると気分が高揚すると申しますか、それに連動して魔法が発動しやすくなってしまうのも事実なのですよね。

 そんなことを話していると、昼休みが終わりましたので、わたくしはいつものように保健室に参りました。


「ご機嫌よう、ドレアヒムさん。今日もお邪魔いたしますわ」

「いらっしゃい、カロリーヌ様。うん、今日は顔色がいいみたいだけど、念のため寝ていくといいですよ」

「そうさせていただきますわ」


 わたくしはコレットに手伝ってもらって制服からシュミーズドレスに着替えますと、ドレアヒムさんの用意してくれたベッドに横になりました。


「今日はラベンダーのお香ですか?」

「そうですよ。リラックス効果がありますからね」

「そうですか、確かにゆっくり眠れそうな感じがいたしますわ」


 話しているうちにうとうとしてしまいまして、わたくしは夢の世界に旅立ちました。

 そうして一時間ほど眠っていますと、コレットに起こされまして、わたくしは制服に着替えますと、保健室を後にいたしました。

 ふう、やはり食後のお昼寝は欠かせませんわね。

 えっと、次の講義は淑女教育の一環の、流行についての講義でしたわよね、正直、座学の中では苦手な部類に入るのですが、弱音を言うわけにはいきませんし、流行を押さえておくのも淑女として必要な事だとお母様が仰っておりましたものね、頑張りましょう。

 その後、流行についての講義を受け、今日も一日がんばりましたので疲れてしまい、放課後楽しそうにおしゃべりをして居るクラスメイトの誰よりも早く馬車停めに向かって、馬車に乗り込み屋敷に帰るのでございました。



 数日後、昼休みを利用してのお茶会の日がやってまいりました。

 サロンにはいつもと違って沢山の令嬢が集まっており、賑やかなものとなっております。

 皆様、お弁当を広げて、見せ合ったり、交換したりして楽しんでいらっしゃるようですので、わたくしも早速その輪に加わろうと、侯爵令嬢が集まっていらっしゃる集団に近づいて行きます。


「あの、ご機嫌よう」

「まあ、ご機嫌よう、カロリーナ様。お茶会は楽しんでいらっしゃる?」

「ええ、皆様楽しそうな雰囲気で、いつもと違うサロンの様子に目で見ているだけで楽しめますわ」

「そうですか、それはなによりですわね。ところで、そちらのお弁当、随分量が多いようにお見受けいたしますけれども?」

「これは、我が家のシェフがせっかくお茶会をするのなら、と、特別にデザートをたくさん作ってくれましたので、よろしければ皆様に召し上がっていただければと思いまして」

「まあ! エヴリアル公爵家のシェフのお手製ですか? わたくしのお母様に聞きましたわ、エヴリアル公爵家のお茶会では珍しいお茶菓子が提供されるのですってね」

「お母様が様々なレシピを考案しておりますので、シェフがそれを参考に作ることが多いのですわ」

「そうなのですか、流石はエヴリアル女公爵様ですわね」

「さあ、どうぞ召し上がって?」


 わたくしはそう言ってお菓子の入った箱を開きますと、その中には色とりどりのキラキラしたマカロンが敷き詰められておりました。


「まあ、綺麗なお菓子ですわね。これは何というお菓子なのですか?」

「マカロンというお菓子ですわ」

「そうですか。ひとつ頂いてもよろしくて?」

「もちろんですわ」


 そう言って、一人、また一人と令嬢達がマカロンの入った箱に手を伸ばして来ます。

 お母様、やりましたわ! わたくし、お友達を作るきっかけを作ることが出来たかもしれませんわ。


「本当に美味しいですわね。カロリーヌ様はいつもこんなに美味しいお菓子を召し上がっていらっしゃるの?」

「ええ、体調の良い時は」

「そうなのですか、羨ましいですわね。そちらのお弁当もとても美味しそうですわね」

「……よろしければ召し上がってみますか?」

「よろしいの?」

「ええ」


 わたくし用の栄養価が高い食事ですけれども、少しぐらい交換するのでしたら構いませんわよね?


「では代わりにわたくしのお弁当をどうぞ。今日はシェフが鮭のムニエルを作ってくれましたのよ」

「美味しそうですわね、頂きますわ」


 うーん、冷えているせいか、本当ならもっと美味しいのでしょうけれども味が落ちてしまっておりますわね。

 お弁当を作るのに慣れていないシェフが作ったのでしょうか?

 確かに、この学園に通う生徒の大半は学食で食事を済ませて、お弁当を持ち込む生徒は少ないですものね。

 けれども、ここであまり美味しくないと言って心象を悪くするのもなんですわよね。


「美味しいですわね。この柚子胡椒のソースがまた美味しさを引き立てておりますわ」

「そうでございましょう? 作りたてはもっと美味しいのですけれども、やはりお弁当というのは難しいですわね。冷えてしまっても美味しさを保つと言うのは中々技術が必要なようですわ。その点、カロリーヌ様の所のシェフは素晴らしいですわね、冷えた料理ですのにこんなに美味しいのですもの」

「ええ、我が家自慢のシェフなのです」


 あら? 時間が経って味が落ちている事を指摘しても良かったのでしょうか?

 いえ、まずいわけではございませんでしたし、変に指摘して空気を悪くするのはいけませんわよね。

 その後も、数人の令嬢達とお弁当を交換して交流を深めたり、マカロンを食べていただいて交流を深めたり致しました。

 お茶会を主宰して下さったメンヒルト様には感謝しなくてはいけませんわね。

 そうして、和気あいあいとした時間を過ごしておりますと、サロンの入り口が騒がしくなり、ダニエッテ様がサロンに入っていらっしゃいました。

 時間から見て、もうお食事を済ませた後だと思うのですけれども、なにかサロンに用事があったのでしょうか?


「まあ、フリーゲンが入り込むなんて、折角のお茶会が台無しですわね」


 メンヒルト様が口元に扇子を当ててそう仰いましたので、わたくしもそれに習いまして、膝の上に置いていた扇子を口元に持って行きました。

 もうお弁当もマカロンも食べ終わりましたし、あとは楽しくおしゃべりをしながら食後のお茶を頂くのみだったのですけれども、ダニエッテ様は一体何しにいらっしゃったのでしょうか?


「ひどいです! あたしをのけ者にして、皆でお茶会を楽しむなんて!」


 何を仰っているのでしょうか? そもそもこのお茶会は同学年の伯爵家以上の令嬢を集めての者でございますので、のけ者にされたも何もないと思うのですけれども。


「あたしが王子様方と仲が良いからって、嫉妬してのけ者にするなんて、自分達のしている事が醜いって思わないんですか!?」


 いえ、別にダニエッテ様が誰と仲良くなろうとわたくしは構いませんけれども? まあ、オンハルト様、ルノルタ様、セバストフ様の婚約者の方々は気になるかもしれませんけれども、わたくしには一切関係のない話ですわよね。


「このあたしをお茶会に招待しなかったこと、後悔しても知りませんからね!」


 そう言って、ダニエッテ様はサロンを出て行きました。

 いったい何がしたかったのでしょうか?


「なんだったのでしょうか?」

「どうせ、のけ者にされたと王子方に告げ口なさるのですわよ。よくおやりになっている手ですもの、もう見え透いた嘘に王子方も飽きれていらっしゃるのではないでしょうか?」

「まあ、そんな事を繰り返していらっしゃるのですか?」

「ええ、例のサクセスストーリーの小説に感化されているのでしょうけれども、あの小説では、ライバル役に負けないようにご自身が努力なさっておりましたし、なによりも王子の愛がございましたでしょう? わたくしの見た感じでは、王子方がフリーゲンを愛しているようには見えませんのよね」

「今後愛が芽生えると言う可能性はございませんの?」

「そうですわねえ、オンハルト様、ルノルタ様、セバストフ様はそれぞれの婚約者の方々に頭が上がりませんし、大丈夫でしょうけれども、各国の王子様方はわかりませんわね。各国に婚約者がいると言う噂はございますけれども、フリーゲンは容姿だけはいいですもの、あの容姿と娼婦のようなしぐさを繰り返されていたら、もしやという事があるかもしれませんわね」

「まあ、ではダニエッテ様をお国に連れ帰る可能性もあると?」

「あのようなフリーゲンを連れ帰るなんて、正気を疑いますけれども、可能性はあるのではないでしょうか?」

「そうなのですか」

「皆様お年頃の男子でいらっしゃいますし、体でたらしこまれてしまったら、ひとたまりもないのではないでしょうか?」

「体で、ですか」

「あら嫌だ、わたくしったらついはしたない事を言ってしまいましたわね。今の言葉はどうぞお忘れになっていただけますか?」

「わかりましたわ」


 それにしても、こんな風に言われるダニエッテ様って一体……。

 まあ、脳みそがお花畑で出来ていらっしゃるのでしょうし、お母様もそういった方には近づかないようにと仰っていましたものね。

幸い、わたくしには何の関係もない方ですので、無視するのが一番ですわね。

 その後、わたくしの独唱を皆様に聞いて頂いて、お茶会がお開きになりまして、わたくしはいつもの通り、保健室に参りました。


「ドレアヒムさん、今日もお邪魔いたしますわ」

「いらっしゃいませ、カロリーヌ様。なんだか頬が上気していますが、熱でもありますか?」

「熱はございませんわ。先ほどまで令嬢の方々とお茶会をしておりまして、それがとても楽しかったものですから、気分が高揚しておりますの」

「そうでしたか。熱が出ないように、念のため熱さましを飲んでから眠ったほうが良いでしょうね」

「わかりましたわ」


 熱が出る前から熱さましを飲むのもどうかと思いますけれども、熱が出てからでは遅い場合がございますものね、仕方がありませんわ。

 わたくしは熱さましの粉薬を受け取りますと、水で喉に流し込んでいきます。

 うぅ、苦いですわね、これも丸薬になって糖衣にならないでしょうか? 今度ティスタンさんに相談してみることにいたしましょう。

 あ、でもその前にお母様に話を通さなければなりませんわね、なんといってもティスタンさんはお母様お抱えの錬金術師なのですもの、わたくしが勝手に頼みごとをするわけにはいきませんわよね。

 いつものようにコレットに手伝っていただきまして、シュミーズドレスに着替えますと、わたくしはベッドに横になり目を閉じます。

 本日のお香はサンダルウッドでしょうか?

 高揚していた気分が落ち着いて行くような気がいたしますわ。

 そのまま夢の世界に旅立ちまして、わたくしはぐっすりと眠ることが出来ました。

 一時間ほどしてコレットに起こされますと、レモネードを渡されて水分補給を致します。

 ふう、屋敷から持ち込んでいるレモネードですが、わたくし好みに味付けされておりますので、とても美味しゅうございますわね。

 今では、このレモネードのレシピを販売しているのでどこででものめますけれども、少し前まではエヴリアル公爵家でしか飲めないものだったそうですわ。

 もちろん、レシピを考案したのはお母様でいらっしゃいます。

 本当にわたくしのお母様は素晴らしい方ですわよね、わたくしもお母様を見習って立派な淑女にならなくてはいけませんわ。

 制服に着替えて教室に戻りますと、王子方がわたくしの方を見て何かを囁き合っております。

 はて、コレットに手伝ってもらいましたので、制服におかしなところはないと思うのですが、なんでしょうか?

 そう考えておりますと、王子方の中からリードリヒ様がわたくしの方に近づいていらっしゃいました。


「あー、カロリーヌ嬢」

「はい、なんでしょうかリードリヒ様」

「先ほど、ダニエッテ嬢から聞いたのだが、昼休みを利用して令嬢を集めたお茶会があったそうだね」

「はい、わたくしも参加いたしました」

「ん? えっと、それでダニエッテ嬢が自分だけのけ者にされたと言っていたんだが」

「お茶会は同じ学年の伯爵令嬢以上を集めての物でございましたので、ダニエッテ様がのけ者にされたと言うわけではないと思いますわよ?」

「そ、そうなのかい?」

「ええ。わたくしも参加致しましたけれども、特に変わったところはなかったと思いますわよ」

「え、参加? 主催したのではなくて?」

「はい、わたくしが主催したのではございませんわ」

「そ、そうかい」


 リードリヒ様はそう言うと、王子方の方に行って、話が違う、などと話していらっしゃいます。

 さて、ダニエッテ様に何を吹き込まれたのでしょうか? まあ、わたくしには関係のない話でございますわよね。

それにしてもわたくしがお茶会を主催したなんて、どこでそんな話になったのでしょうか? まあ、十中八九ダニエッテ様からですわよね。

 日ごろの態度と言い、ダニエッテ様のようになってはわたくしの目指す淑女像から遠のいてしまいますので、関りにならないことが一番ですわよね。

 さて、次の講義はブライシー王国語の講義でしたわね。

 アウグスト様の独壇場になる気がいたしますけれども、出身国なのですから仕方がございませんわよね、むしろ生で聞けるのですから良い勉強になるのではないでしょうか?

 その後、席に着きましてブライシー王国語の講義を受けましたが、やはりアウグスト様の独壇場になりまして、基礎単語の全てをアウグスト様が教えて下さる形になりまして、とても良い勉強になりましたわ。

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