ファーストライン 初動警邏

中央道の小松原インターを降りて小松原市街へと向かう。暫くは田畑の広がる長閑な風景が広がっていた。

晩秋に差し掛かりつつある水田は稲は刈り取られており、実った穂を懐かしむように再び緑かった芽や葉を伸ばしつつあるが、先は寒さの為か変色して、マダラ模様の様相をあちこちで呈していた。夕日の光を浴びて金色に輝くものの、しかし、どことなく哀愁漂う雰囲気であった。

そんな中を着脱式赤青パトライトを灯した検非違使警邏車が走り抜けていく。

検非違使の警邏車はバンタイプ車が多く見廻警邏には1人1台が支給されており、冷泉には大手自動車メーカーのクランエースが割り当てられている。かなりの大型だが取り回しは良く運転しやすい、すでに警邏任務で2台を廃車にしているのでこれが3台目だ。色は白、車体を一回りする金色のライン、赤青の警光灯、これが検非違使の警邏車の特徴である。

市街地まで続く片道2車線の主要県道は、夕方の混雑は見られるものの、一般的な交通量と行った感じだろう。やがて人家が増えてきて市街地には入った途端、警察車両とすれ違う頻度が増してきた、犯行はいつも夕刻で通り魔的に発生している。警戒活動中のパトカーとすれ違う度に乗っている警察官が怪訝そうな表情でこちら見ては視線を逸らした。

冷泉はまず第一犯行現場へ進路を取った。現場近くまで接近すると、パトカーの緊急走行音を低くくぐもらせた様な取締音を出して、門番をしている警察官に検非違使が到着したことを知らせる。

報道が現場の前に椅子や梯子を並べており、テレビカメラや写真カメラが数台ほど置けれており、関係者がカメラをこちらに慌てて向けてきてフラッシュが焚かれる。


「まだ、何もしてないんだけどなぁ」


そんな事を呟きながらウインカーを出して犯行現場の小松原警察署へと車を乗り入れた。

門の前で立番をしていた警察官が停止指示を出したが、それに構う事なくゆっくりとした速度で突き進んでいき、予め調べて置いた警察署裏の駐車場へ車を走らせて停車させた。

小松原警察署は一般的な鉄筋コンクリート造りで上部4階、地下2階の作りで表玄関と裏口がある。この駐車場にはパトカー、公用車、大型のバスなどが停められていた。

しばらくすると裏口から制服警官が数人飛び出してきた。


「遅いなぁ」


女性警察官が駆け寄ってきたので、運転席の窓を開け、ポケットに入れ直していた検非違使の身分証を取り出して見せる。


「検非違使の冷泉です。取り次いでいただけますか?」


和かな表情でそういったつもりだが、寄ってきた巡査の顔は見るに耐えないほど引き攣っていた。警察と検非違使は仲が悪い、特に今回の事件では警察には過分なほど非があり、検非違使監察査察課が午前中に査察に入っている事も影響しているのだろう。


「交通課の西峰と申します。失礼ですが、ご所属はどちらでしょうか?」


焦る事なく西崎が聞いてきたことに冷泉は感心した。一般的な活動服を身につけ装備も万全である事からこれから警邏に出るところだったのだろう。


「ああ、これは失礼しました。検非違使、京都本庁、第二警邏課です」


「み、見廻警邏・・・」


「よくご存知で」


笑みを見せるが、西崎の表情は更に引き攣った。

見廻警邏はどこに行っても歓迎されない。

事件事故に勝手に介入してきて犯人や事件そのものを掻っ攫ってゆくからだ。首相官邸から末端の役所まで、国防軍施設、在日米軍施設も含めて、国内ではどこにでも立ち入る権限を持つ。ちなみに日本国機密情報閲覧権限クラスA、米国機密情報部分閲覧権限の資格を課員全員が取得している。まぁ、主に米国関係は課長のお仕事であるけれども。

憲法があるじゃないかと言われるかもしれないが、日本国憲法の100条に名指しで「検非違使京都本庁警邏部」の活動は最も優先されると明記されている。

それが真の意味での見廻警邏という訳だ。


「か、確認して参りますのでこちらでお待ちください、署長でよろしいでしょうか?」


「ええ」


足早に戻っていく西峰巡査を見送ったのち、窓を閉めてシートベルトを外すと助手席にあるカバンからクソ重たいタブレットを取り出した。そして高速を走りながら、ところどころのサービスエリアで読んだ資料を再び開いた。

連続殺人事件へと変化した発端はこの警察署からだ。

12月28日、年末の仕事納めの日に1人の少女が緊急逮捕されて警察署へと移送された。

罪状は殺人罪、理由は同居していた義理の父親をキッチンにあった包丁で複数回に辺り腹部を刺して殺害したというもの、それを自ら携帯から110番通報したことで事件が発覚し、駆けつけた警察官によって聴取の上で緊急逮捕となった。

被疑者少女は聴取を受ける為に小会議室へ連行された。無論、通常であれば取調室に入るのが正しい事なのだが全ての取調室が使用中だったそうだ。

小会議室は一般市民との相談にも使われる為に監視カメラが設置されており、それが署内での事件の一部始終を録画していた。

4人の男女警察官に囲まれて会議室のパイプ椅子に座らされた被疑者少女が大人しかったためか、または警察官達が油断したのか、1人の女性警察官を残して会議室を離れてしまった。緊急逮捕なのだから逮捕状が無い、大急ぎで後出しの逮捕状請求をするために刑事課に2名が呼ばれ、1人は少年課への報告のために出た。

その直後だった。

少女が手錠の掛けられた両手に握られていた「何か」を隣にいた女性警察官に話しかけて見せる仕草をした。数秒ほど動きの止まった女性警察官が突然、腰にあった警棒を取り出すと被疑者少女の首筋を思いっきり殴りつけて殺害した。少女の手からメモを奪い取った女性警察官は何食わぬ顔で会議室を出てゆき、普段通りに署内ですれ違う同僚に挨拶しながら署外に出て、この、今駐車している場所に置かれていたPCで姿を消した。

これが第一の事件だ。

女性警察官が何故その強行に至ったかについては今もってしても不明で、捜査上も動機となりそうなことや関連性などは一切ない。映像に捉えられていた「何かを見せた仕草」の「何か」も発見できなかった。裏口にある監視カメラの映像には右手に握り拳をした女性警察官が出ていく姿も写っていたので持ち去ったのだろう。

その女性警察官はその日のうちに郊外にある大型ショッピングモールのトイレで刺殺体で発見されている。腹部を滅多刺しにされていたが装備類は手付かずで残されていた。殺害される少し前にトイレに入る女性警察官とその後にトイレに入って行った客が犯人ではないかと捜査がされ身元が割れたが、その二日後にその人物も自宅にて刺殺体で発見された。

これが年末から永遠と続く、犯人が、「加害者」であり「被害者」となる不可思議な事件だ。

しかも、関連性は皆無、一切の繋がりがない。

唯一の救いは防犯カメラに犯人が写っていると言う事だけだが、身元を割り出す前に次々と鬼籍に入っていくので追いつかないのが現状であった。

裏口から先程の西峰巡査が出てきて、こちらへと小走りに走ってくる。


「準備ができたか」


運転のために外していたサーベルを腰に付け直し、タブレットを持って車から降りた。軽く胸を張って運転の凝りをほぐしてた後、ドアに背を預けてもたれ掛かる。この仕草は、こちらは準備ができていますよ。という検非違使の意思表示でもある。


「大変、お待たせしました。署長室で、鈴木署長と捜査本部の木戸内管理官が会われるとのことです。こちらへどうぞ」


相変わらず引き攣った笑みで西峰はそう言うと右手で裏口を示した。


「ありがとうございます」


冷泉は礼を言いうと、2人は歩幅を合わせて裏口へと向かって歩き始めた。


「西峰さんはこの署は長いの?」


冷泉は西峰に話を振ってみた。写真資料の中に所内で撮影された集合写真に女性警察官と一緒に写る西峰の姿があったのを思い出した。


「2年目になります」


「ということは、例の女性警察官のことも知ってる?」


「えっと、それは・・・」


彼女の顔が曇った。どうやらアタリのようだ。手に視線を移すと握り拳がしっかりと握られている。


「話しにくいよねぇ」


「いえ・・・。その・・・」


「緘口令が敷かれてるんでしょ。まぁ、県警察始まって以来の不祥事だし、警察官が殺人犯とはなんとも情けない話だよね。しかも、未成年を殺害して逃げるとは・・・」


そこまで言ってから西峰の表情をチラリと見る。唇を噛み、握り拳を強く握りしめ、悲痛な表情を浮かべたので冷泉は薄寒い笑みを浮かべて満足した。

女性警察官に対して何かしらの思いがあるようだ。

署内の監視カメラの映像を見ていて、彼女が犯人の女性警察官と二言三言ほど言葉を交わしている所があった。

それも一方的に何かを言われていた。


「失礼な言い方をして申し訳なかった。お詫びします。でも、西峰さん、あなたは何か隠していませんか?」


「何も隠してはいません」


「いや、署内から去る彼女と会話をしていたよね。しかも、一方的に話しかけられた節がある」


女性警察官は他の同僚署員には声をかけられない限り挨拶をせずにいたが、すれ違った西峰にだけは話しかけている。これは何かを伝えたと言う行為に等しい。


「注意を受けただけです。指導官だったんです。いろんな相談事も聞いて頂いていました」


「そうなの?本当にそれだけ?」


「はい・・・」


最後の返事が何処となくぎこちない。きっと何かを知っているだろうと、冷泉はこの先の事を伝えて乗せてみることにした。


「じゃぁ、君も危険人物に認定される訳だね」


「な、なんでですか!?」


西峰の歩みが止り冷泉を睨みつける。その目には間違いなく憎悪の眼差しがあった。きっと、検非違使監察査察課も同じ点に注目してこんな事を言ったに違いない。


「君は、殺人犯の教え子、と言うことになる。つい最近まで指導を受けていた、なにより相談にも乗ってもらっていた。何かしら影響を受けている可能性があるということさ」


「そんなこと!ありません」


悔しそうに大声で彼女が否定する。目に薄らと涙が見えた。


「君がそう言っても、検非違使も県警察も信用しないよ。暫くは自宅待機にでもなるかもしれないね」


「そんな・・・」


「それは嫌だよね。そうならない為に、ちょっと協力をしてくれると嬉しいのですけどね」


「協力・・・ですか?」


「ええ、協力。西峰さんは何かを聞いているし、何かを掴んでいる気がする。それは検非違使にも県警察の聴取にも話さなかったこと、それを教えてほしい」


冷泉は申し訳なさそうな表情を浮かべて拝み手で西峰にそう言った。言われた本人は憎悪の眼差しが緩んで困惑した表情を浮かべている。


「私は見廻警邏だよ。誰にも邪魔されないし、邪魔させない」


「あ・・・」


思い当たる節でもあったのだろう。困惑が納得したような表情へ変化する。


「どうやら、話を聞くべきは、署長ではなく、西峰巡査のようだね」


そう言って冷泉は笑みを浮かべながら、警邏車へと向き直って片手を向けて西峰を誘った。

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