心 死 や ど り

鈴ノ木 鈴ノ子

スタートライン 検非違使とは。

小松原市、中部圏にある小都市で昨年末から続いている事件がある。

そんな話を私が小耳に挟んだのは、久しぶりに帰還した自分のディスクでのことであった。小耳というのもおかしいかも知れない、私のチェアの後ろでその話はされており、これ見よがしにこちらへと聞こえるように話をしている。

しばらく聞こえないふりを決め込んで領収書の整理などをしていると、2人は諦めたのかその場を去っていった。だが、安心しているのも束の間、領収書処理中のパソコン画面に突如としてホップアップが上がった。


『出動命令』


帰庁して数時間だと言うのにこの仕打ちだ。軽く舌打ちをして、私は制帽を被り直すと1階ほど上にある警邏部長室へと足を向けることにした。先ほどまで後ろで喋っていた2人は警邏部長と警邏課長であり、出動命令を下してきたのは部長の方であった。

警邏と聞けば、警察を思い浮かべるかもしれない。

だが、私達は違う。

所属機関名は 検非違使 と言う。

平安時代から続くあの検非違使とは違い、戦後に発足した機関である連合国軍総司令部の一部として戦犯逮捕を行った外局機関、日本独立後も残り続け、やがて学生運動が華やかりし頃には、銃火器を用いて制圧を行った実働部隊である。

 現代でも銃火器で武装し、犯罪を日夜、文字意通り、処理 している機関でもある。日本国憲法が発布される直前に、検非違使はシステムとして条項に書き込まれ、日本政府から独立した機関となってはや80年以上を経てなお、異質ながら、我々は存在していた。


「部長、失礼します」


制帽をしたままでノックもせず、言葉のままドアを開いて室内へと入る。重厚な机の上に両足を乗せて、制帽を目深に被った老女がそこにいた。


「意外と早いのね、やる気十分じゃない」


年老いてなおハリのある声が私に話しかけた。

顔を上げた彼女の右頬には、皺と共に傷が深く残っていて裂けているかのような印象を抱かせる。学生運動制圧時に至近距離で爆弾が爆発した後遺症と言われているが、本当かどうかはわからない。


「今先ほど帰庁したところですし、断ろうと思ったのですが」


部長室から見える京都市内の景色を見ながら私はそう言ってため息をついた。


「あら、そうなの?」


驚いたように大げさに彼女は答えると、右手に持った細長い物体をこちらへと投げたので、私の身体はそれに反応して意に反して受け取ってしまった。この程度で落としていては再教育課程に叩き込まれかねないと考えての事だったが、後に思えば、そうしておいた方が良かったのかもしれない。


「どうせ、後ろで喋っていたことに聞き耳を立てていたんでしょう。小松原市の事件に介入しなさい。早急に処理をすること。オーダーはそれだけよ」


彼女の方へと向き直り、私は姿勢を正して敬礼を向けた。もう、何もいうことはあるまい、賽は投げられ直に出動命令が下されたのだ。


「最善を尽くします」


「ええ、頼むわね。ああ、そうだわ。貴方の作業していた領収書、全て私の権限で承認しましょう。総務部にはこちらから言っておくわ」


「助かります」


「これくらいお安い御用よ」


顎で出ていくように仕草をされたので私は部長室を後にした。

ドアを閉めて振り向くとガラス張りの壁沿いに京都市内の景色が一望できる。観光で見れば良い景色だろうにと思いながら、床に貼られた絨毯の上を歩いていく。検非違使は京都駅の最上階から下3階分を本部施設として利用している。なぜ京都駅がと思われるかもしれないが、発足時に連合国軍と共に京都駅を接収したためだ。その後も土地の所有権は検非違使が握り続けている。

ふと、後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。


「冷泉一等査察官」


可愛らしい声が私の名前を呼ぶので振り返ると、あの忌々しい警邏部長の秘書である権田原三等査察官がこちらへと駆け寄ってきた。小さい身長に幼さの残る顔つきは、いつ見ても可愛らしく、決して綺麗とはほど遠い人物だ。ある特定層に人気が絶大であり、その容姿で捜査に加わり、お目当ての犯人を数人ほど検非違使としての検挙とお粗末さました事がある実力者でもある。

お粗末さまとは、警察へ引き渡したことを意味している。


「これを部長が届けるようにと」


小さくて可愛らしい両手から差し出されたのは、使い込まれてボロボロになったロッカーの鍵だった。今朝、その姿を返却したばかりだ。鍵についている番号札は私のIDで間違いないので、もう再使用可能な状態へと調整されたようだ。


「仕事が早いね」


「ええ、戻られた段階で部長命令で再調整のオーダー済みでした」


可愛らしい微笑みをしているのに少し影が差している。この笑みに似たことをする人物と先ほどまで合っていたので、思わずこの子もまた部長の色にしっかりと染まっているようだと感心してしまった。


「ありがとう、受領したら現地に向かうよ」


「ええ、ご武運を」


恭しく一礼すると同じ足音を響かせて彼女の姿は廊下の先へと消えていく。私はため息をつきながら鍵とUSBを持って先ほどまで居た警邏課の部屋へと戻った。

 自分のパソコンのマウスを揺らして、寝ている身を起こすと、庁内メールで総務部から領収書の件が免除されていることを確認すると、先ほど渡されたUSBメモリーをパソコンへと差し込む。

ファイルリストから現状までを簡易に纏められたファイルをトップにして、USB内の全てをパソコンに接続された重くて丈夫な大型のタブレットへダウンロードしておく、このタブレットはよく売られている果物柄の大型タブレットではあるが、制式ケースが恐ろしいほど重い仕様となっている。

次にその内容をそのまま課長のフォルダへも転送した。私の仕事を知っておいてもらうためである。まあ、部長から資料は送られているかもしれないが報告は必要だ。最後に接続台からタブレットを外して鞄へと投げ入れる。

卓上にあるスマホと車の鍵、そしてスマホサイズの身分証をその中へ入れると、卓上の左端に置いてある「残務処理中」と書かれた電子札を「出動中」へとひっくり返した。壁にある所属一覧の項目が同じように切り替わったのを確認して席を立った。


「いってらっしゃい」


課長席からはみ出るほどの巨大なディスプレイを置き、作業をしている課長の手が高く上げられると、こちらへとひらひらと振られた。


「行ってきます」


「はーい。ご武運を」


「ご武運を」は検非違使の送り言葉である。戦に行くわけでもあるまいにと、現代ではとても考えられない送り言葉だが、ちゃんとした曰くがある。戦後の占領下で検非違使は戦犯逮捕の際に、よく撃たれるし、よく刺された。殉職者数も相当な人数に及んだため「ご武運を」と嫌味も込めて言う様になったらしい。

 当たり前だ。昨日まで味方だった人間が突然に敵になるのだから。私だって話だけ聞けば裏切り者と罵りたくなるだろう。

 手を振りかえして軽く答えると、部屋を出て同じフロアにある目の前の装備部の入り口を開けて中に入る。

事務員に鍵を渡すとにっこりと微笑まれた。いや、嘲笑う笑みのようなものだ。こいつ、またかよ。と思われても仕方ない。普通は休暇があるはずなのだから。

 数分も経たぬうちにキャスターのついた大型の黒いスーツケースを差し出された。部屋の奥にチェッキングルームがあるので、スーツケースを運び入れるとアルミ製の台の上に置いて電子錠へ身分証を当ててロックを解除する。

まず開くと目に着くのは3Dバーコードが印刷された紙だ。スマホで読み込むと照らし合わせのチェックリストが表示された。

まず必ず最初に確認するのは銃器だ。

ガバメント拳銃が1丁。装弾されたマガジンが1つ、そして予備実包50発入り1箱。そして米国研修から持ち帰って趣味と実益で使用しているオートマグ3が1丁と装弾されたマガジンが1つ、カービン弾に細かい文字蒔絵が施された実包が50発。

ガバメントは検非違使の正式拳銃で、もう一丁は自由裁量が認められている。多くの職員は国防軍のSFP9を愛用しているが、私ともう1人は海外研修で得たオートマグ3を愛用していた。モデルガンで多く出回っているので馴染みのある方もいるだろう。

スライドを止めて中の異物や詰まりがないか、グリップなどの異常がない事を規定通りに確認してゆく。最後にマガジンをセットし安全装置をかけてから腰のホルスターへとオートマグ3を収納する。その後ろのマガジンポーチに予備マガジンも入れた。ガバメントはカバンに戻しておく。

警察官は威嚇射撃を行うが、検非違使には威嚇射撃はない、即時発砲が規定で決められている。一発必中の精神を基にしており、国防軍施設で行われる数ヶ月に及ぶ実弾射撃訓練と射撃テストをクリアしなければ拳銃携行は許されない。

手錠、小型のバッテリー、フラッシュライト、救急キット、そして時代遅れと揶揄される刃渡り40センチの直刀サーベルへと続く。

直刀サーベルを引き抜くと刃の状態を確認したのち、左腰にある剣吊へ引っ掛けて繋いでゆく。カチャリと音を立てて釣り下がると腰に程よい重みが加わった。他は制服の着替えが数枚とベルト類、制帽、下着類や宿泊セットなどなど。全てを確認しチェック項目にレ点を入れて確かめるとスーツケースを閉じた。

私たちの制服は旧海軍の第一種軍装で詰襟である。階級章、モール、襟章などは一切ない。誰が偉くて誰が偉くないのか、外からでは一切わからない。強いて言うなら、サーベルの鞘についている飾りが階級章代わりだ。ステンレスか、錫か、銀か、これによりある程度の階級は判断できる。


なぜ旧海軍の制服をと問われれば、発足時に被服で大量に余っていた制服を流用したからと言うのがもっぱらの噂であるが真偽は定かではない。


これが私達、警邏課の装備である。


なぜ、これほど大荷物になるのか、それは私達の所属が一風変わっているからに他ならない。


私達は正式には 検非違使、京都本庁、第二警邏課という。


呼称を 見廻警邏 。本庁直属として、全国津々浦々を見廻る「特別警邏課員」である。


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