9話 食欲=魔力量?

「そうですか!それでお嬢様がお二人をお招きになったんですね。改めてお礼申し上げます!」


「いえいえこちらこそおもてなし感謝します」


 あれから無事にアビゲイルの家に到着した俺たちは、招待される口実として『森で魔獣に襲われているアビゲイルを偶然通り掛かった俺たちが助けた』という作り話で口裏を合わせることにした。他でもない当主の一人娘の説明に疑問の声が上がるはずがない。従って俺とエリーはVIP待遇でもてなしを受けていた。

 ちなみに最初は「ぬいぐるみが喋った!?」と出迎えたメイドが驚き飛び退いた。しかしその後事情を話すと我先にと押し寄せ身体中を触りまくられた。もふもふボディーも困ったものだ。

 その後で風呂も頂いた。元々綺麗好きだしエリーに臭いとまで言われてしまったのだから入らないわけにはいかない。ぬいぐるみの姿では不便だろうとメイドさん達に丁寧に洗ってもらい実に快適なひとときを過ごした。すこぶる気分良かったので一人がぽつりと漏らした「なんだか洗濯してるみたい」という台詞も笑って流せた。風呂場だけにな。ははは。


「こちらの大広間にてお待ちください。間もなく給仕が食事をお持ちいたしますので」


「ありがとう。そうだ、彼らにも俺が元人間だと伝えてもらえるか?驚いてせっかくの料理を放り出されたくないからな」


「ふふ、ご安心ください。今屋敷はお二人の話題で持ちきりですからっ!それと、ええと」


「あーまた後でなら良いが?」


「はい!ありがとうございます!もふもふ♪もふもふ♪」


 恭しく一礼すると廊下を戻っていく。うむ。多少は人懐っこすぎるが実に雰囲気の良い使用人たちだ。当主の素晴らしい人柄を感じるな。

 部屋に入ると豪奢な美術品が飾られ中央には大きく長いテーブルが置かれていた。見渡すと先に風呂から上がっていたらしいエリーとアビゲイルが立派なソファーに座ってなにやら談笑していた。


「__でも実は相手の方がその子のことを何倍も」


「__わ、わあぁ〜!それでそれでっ!?」


 珍しくエリーが話し役に回っている。彼女の話をアビゲイルはふんすと鼻息荒く聞き入っていた。


「よ、お二人さん。そろそろ料理を運んでくるってさ」


「ふふふ。あ、テオドールさん!分かりました。ではエリーさん、このお話はまた今度ということで!」


「ん、いつでもどぞ」


「はいっ!」


 二人して親しげに笑い合う。うーむこうして眺めると歳の離れた姉妹に見えなくもないか?

 それはそうとまだ風呂上がりだからか少し頬に朱が差しているアビゲイル。うん可愛い。それに若干湿って光る濡れ髪もポイントが高い。いやぁ眼福眼福〜。

 当の本人はそんな俺の熱い視線に全く気づいてはいないが、その代わりに傍らのエリーが至極不機嫌そうに俺のことを睨みつけていた。なんだエリー腹減ったのか?俺は給仕じゃないからな。

 

「ところで随分と盛り上がっていたみたいだが何の話をしていたんだ?」


「え、ひみつ」


「秘密ですっ」


 ねぇ〜とまたしても二人して息の合った返事。


「隠されると余計に気になるな。おいエリー。マスター命令オーダーだ。今すぐ答えなさい」


「え、なにそれ。うーん屋根裏部屋で見つけた本の話だよ」


「本?」


「そう」


「わわっエリーさん!?しーですよ!?しぃーっ!!」


 何故か顔を真っ赤にしながら慌てた様子でエリーの口を塞ぐアビゲイル。それっきり二人とも口を閉ざしたまま取り付く島も無かった。

 え、本当に何の話をしてたんだ?あそこには魔法関連の資料や文献が置いてあるだけで別段笑い話になるような類いの本は無かったはずだが。




______

____

__





 それから直ぐにノックの音と共に給仕たちが台車に載せられた豪華な料理を運んできた。彼らは俺の座る席(クッションで高さ調整済み)に配膳しながら「本当に物が食べられるのだろうか?」と言いたげな視線を度々寄越してきたが答えはYESである。

 魔法使いにとって食べたものを己の魔力源に変換するのは当たり前の技術だ。俺は生前そこから更に体力や生命力に魔力を変換していたので、ほとんど寝食を必要としなかった。時々嗜好品として紅茶は嗜んではいたが。お陰で魔法研究や趣味に没頭する時間を稼ぐことができた。


 見た目とは裏腹に大皿10枚ほど平らげたところで体内魔力量が全回復したのを感じた。どうやらこれが現時点での限界貯蔵量らしい。

 問題はエリーだ。


「……頼むエリー。どうか自重してくれ」


「ひほほう?」


 元々龍族は生まれ持つ膨大な体内魔力量を循環させることで滅多に捕食行為をすることはない。しかし今の彼女は人間体を維持するために常に魔力を消費している。また、俺にも魔力供給を行なっているのだから絶えず空腹状態と言っても過言ではないかもしれない。

 悪い予感がしたので、あらかじめシェフに「申し訳ないが料理は多めに用意して頂けると助かります」と伝えていたがどうやら正解だったらしい。次から次に食うわ飲み干すわ。しかも速い。どうにも食うスピードに追いつかないので料理の入った大鍋ごと運んできてもらっている始末だ。


「よいしょ、よいしょ……お待たせしましたエリーさん!このお料理、私も手伝ったんですがいかがでしょうか?」


「……うん美味しい。絶品」


「嬉しいです!」


「お前よくあの部屋で卵の殻だけ食べて生きていられたな」


「むぐむぐ、ごくん。腹持ちよかったから。でももう全部食べ切ったよ」


 やばい。何がやばいって今後のこいつの食費の工面が。どうにか上手く金策するしかないが、マジで時計塔の私物を売り払ってしまおうか。いや、そもそも買い手がつくだろうか?

 そしていつの間にやら自分の食事を済ませたアビゲイルにも調理に参加してもらっていた。本当に申し訳ない。お詫びの気持ちを込めて、集ったシェフや給仕たちに頭を下げて回った。


「いいんですよこれくらい!それにこんなに美味しそうに食べてもらえるんですから私達も作った甲斐があります!」


「ええ!むしろ清々しいほどの健啖家ぶりに感動すら覚えていますよっ!」


「悲しいことに旦那様と奥様そしてお嬢様は食が細いので私たちの出番があまり無くて。なので今夜は存分に腕を振うことができて厨房一同本当に感謝しているんです!」


 ええ……そう言ってもらえるなら少しはこちらの気も晴れるが、放っておくとこいつ際限なく食ってこの屋敷の食糧庫を空にするまで止まらないかもしれないぞ?




 もうそろそろ止める頃合いかと決意を固めていた矢先、先程ここまで案内してくれたメイドが入室しアビゲイルに耳打ちしている。


「……はい、分かりました。ご苦労様です。今私の母が帰ったそうで、それでお二人に是非ともご挨拶したいそうなのですが」


「おおそうか!これはグッドタイミングだな。直ぐに向かおうか。しかし随分と遅いご帰宅だな」


 時計を確認すると後数刻で日付が変わりそうであった。


「はい。私の母は学校の教師なのでいつも帰りはこんな時間になってしまうんです」


「教師?」


 聞けばここから山一つ越えた向こうにこの街よりも更に大きな街があり彼女の母親はそこの魔法学園に勤めているらしい。学校か。俺の時代には無かった代物だ。まあ"先生"と呼べる人物はいたがな。疲れているはずなのにわざわざ会う時間を作ってくれると言うのだからあまり待たせるわけにはいかないな。


「おいエリー」


 丁度最後の大鍋を空にしたところで彼女に声をかけた。こいつ本当にあの量を平らげちまいやがった。


「ふぅ……さて次は」


「それで終わりだ、ばかもんっ!ほら!アビゲイルのお母さんに挨拶しに行くから皆さんにお礼を言って!」


「ん。美味しい料理をありがとうございました。また作ってください」


 お前、本当に図々しい奴だな。


「ええ喜んで。そうだ!食後のデザートもご用意していますがいかがでしょうか?」


「デザート!」


「ああ、いいですいいです!後ほど伺いますから取っておいてください!ほら、行くぞエリー!」


「むぅ……はい」


 この食欲お化けめ。口惜しそうにデザートが載った台車を見つめる彼女をなんとか廊下に引っ張り出す。

 一同は応接室へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マスコットな異世界指南役 東家藤吾 @azumayatogo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ