8話 かつての英雄

 話は決まった。アビゲイルの案内の下、俺達は森向こうにあるポポロの街を目指して出発した。ちなみに彼女から少々魔力を分けて貰ったのでなんとか身動きできるまでは回復した。本当に頼りになる子で感心する。ありがたやありがたや〜。


 整備された小道を三人連れ立って歩いていると街の入り口に到着した。


「ちょっと待ちな。そちらの美人なお姉さん?通行許可証を見せてもらえるかい?」


 門前で見張り番であろう若者に呼び止められる。


「あ、あのコリンズさん!こちらの方達は私のお客様です!ですのでどうか通しては貰えませんか?」


 すかさずアビゲイルが仲裁に入った。出掛けることの多い彼女にとっては馴染みの顔なのかもしれない。

 

「ああ、ですがねアビーちゃん?今街は身元の不確かな者は出入り禁止なんですよ。厳戒態勢ってやつですな」


 やれやれですよと芝居気たっぷりに困った顔をするなんともゆるい印象の若者。


「……それは一体誰の指示だ?それに理由はなんだ?」


「え、おおう!?驚いた!ぬいぐるみが喋りやがった!!うーん、まぁそういうこともあるかー?コホン、悪いが、よそ者には教えられないな」


「いいじゃないかちょっとくらい。他に誰も聞いてないんだからさ」


「いやぁ〜それがね?」


「魔獣だよ」


 いきなり大男がぬっと現れる。どうやら待機所の中からずっと会話を聞いていたらしい。しかし融通の効かなそうな奴が出てきたな…………ん、待てよ。こいつどこかで見たことあるぞ。


「それで街の住人が襲われてるってとこか?」


「それだけじゃない。近頃は夜盗も多くてな。街の治安が悪くなる一方だ。だからお前達みたいなよそ者に厄介事を持ち込まれるのは御免なんだ。本当は外出も規制したいんですよ?ダンカンお嬢さん」


「あっ……うぅ、いつもご迷惑をお掛けしてすみません。アスベルさん」


はい?アスベルさん?


「何かあってからじゃ遅いんですよ?全く。さぁ、教えてやったんだから消えな。どうしてもってんなら森の近くに流浪者達の集落があるからそこに行け」


 言い終わると集落のある方角を指差す。その手の無骨さを見て確信した。


「ほら、行った行ったっ!」


「……っなんだよ。相も変わらず可愛くない奴だなお前は。なぁ?アスベル」


「ッ!?待て!!」


 明らかに動揺する素振りを見せると訝しげに俺の顔を凝視する。そう彼はかつて勇者一行のリーダーであった偉大なる英雄アスベルその人だ。崇高なる信念を掲げ煌びやかな鎧に身を包んだあの頃の雄姿とは比べ物にならないくらい落ちぶれた彼の姿になんとも複雑な心境になる。


「いやっ、まさか…………お前セオド」


「俺はテオドール。今はそう名乗ってる」


「…………」


「ふははっ!おいあんたもしかしてこのオッサンの知り合いか?俺さ、いつもこいつに『自分は大昔に大陸を救った英雄だった』なんて与太話を聞かされてホント迷惑してんだぜ?」


 若者がゲラゲラ笑いながらそう宣う。何やってんだよお前は。


「おいアスベル。お前多少歳食ったようだが随分と長生きじゃないか。それに他の愉快なお仲間達はどうしたんだ?」


「俺は混血でな。母がハイエルフで普通の人間に比べて長く生きることができるんだ。仲間は皆死んだよ。生き残ったのは俺だけ。どれほど武勇に恵まれようと今ではすっかりこの有様だ」


 自嘲気味に微笑む。昔では考えられなかった力の無い笑いだ。


「そうかよ。少しは一般人の気持ちが分かったか。元英雄様」


「まるで自分は理解しているとでも言いたげな口振りだな。相変わらず口の達者な奴だ。あぁそうだ、街に入りたいのだったな。さぁ好きに通るがいい」


「おっ、ラッキー」


「っ!?ちょっとちょっと、何許可しちゃってんの!!このオッサンはっ!!?」


 物凄い勢いでアスベルに食って掛かるコリンズという若者を尻目に、俺達は我が物顔で街中に踏み入った。


「あぁあぁどうすんだよ!許可証無いってバレたらコトだぞ!?」


「その時は俺が全責任を持つ。君は最後まで反対していたと証言するから安心してくれ」


「バッカお前!見逃しちゃった時点で同罪なんだよぉっ俺ん中ではさっ!?もういい!おいアンタら!絶対にバレるんじゃないぞ!絶対だからなっ!?」


 そんな大声で言ったら誰かに聞かれちまうぞ。コリンズの悲痛な叫び声を涼しい顔で受け流しているとアビゲイルが不思議そうに訊ねてきた。


「テオドールさん。アスベルさんとお知り合いなんですか?」


「いいや全然〜。でも今後はあいつに近付くんじゃないぞ?英雄臭がうつるからな」


「は、はい……?」


「お、おい!セオ……テオドール!!」


 おっと。噂をすればなんとやらだ。わざわざ追いかけてきて一体何の用だよ。


「なんだ?」


「あ……いや今はいい。屋敷にはもう顔を出したのか?」


 ここで言う屋敷とはおそらくかつての俺の住まいのことだろう。


「まだだな。ついさっき戻ってきたばかりだから」


「そうか。なるべく早く彼女・・に会ってやってほしい。頼んだぞ」


 彼女?それは誰のことだろうか。屋敷で俺が合わなければならない人物……俺の帰りを待っている者……ああそうか。しばし考え込んだが答えは直ぐに出た。


 少し老けたね。

 え"!?あ、あのお嬢さん。俺たちどこかで会ったことあるかな?

 うん。三百年前にね。

 えぇっ!?


 エリーがアスベルになにやら絡んでいるが今はどうでもよろしい。そうか。もまだ生きていてくれたのか。そして主人である俺の帰りを今もあの屋敷で待ってくれていると。


「ああ、それと」


「ん?なんだ」



「__ようこそ。ポポロの街へ」

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