第22話 帰り道

 大木のそばで腰を下ろして休憩していたペトロ先生は、周りにいた五人を見た。皆土砂にのまれる焦燥感から解放されて、空腹感や疲労感などどこかへ飛んでいた。リリは毎回無茶をする子だったが、いろんな難関を潜り抜けてきたのだろう。表情も頼もしくなった気がする。ヤン達も大人達に秘密で出発していたにせよ、自分達で計画し、自分達でリリを探そうとするところに成長を感じ、ペトロ先生は目を細めた。村の小さな学校だったから六歳で入学してからずっと担任だったから、この五人の成長もみ続けているつもりだった。ただ、こんなに頼もしさを感じるようになったのかと驚いている。


 リリはみんなにこの一日であったことを話していた。山道で迷いかけ、廃駅には辿り着いたが草に覆われていたこと、車両基地跡に迷い込んだらテオというおじいさんに出会ったこと、そのおじいさんと山道まで戻ってきたこと等。リリの一度に押し寄せたたくさんの経験はその場で話そうとしても時間が足りないくらいだった。ペトロ先生もヤン達もその話に相槌を打ちながら聞き入っていた。

そんな時、サラの何気無い一言がリリの話を断ち切った。


「リリ、背が小さくなった?」


 それは混沌とした今までの状況からやっと抜け出せた彼らの雰囲気に一滴の水、あるいは油を落とすような冷静さが生んだ一言だった。サラの一言をきっかけに他の四人も気付き始めていた。

 

五人がつるんでいた学校のクラス中ではリリは背が高い位置にいた。それにサラ自身は教室で当番で授業後黒板を消す係だった時、高い場所をリリに消してもらったことを覚えていた。サラやタム、アメリアは不思議そうな目でリリを見ていたが、ペトロ先生、ヤン、そしてリリはそれぞれの方法でその状況の原因を知っていた。リリはこのことをどう説明すればいいかわからなかった。「みんな大きくなったねぇ」と笑って誤魔化すばかりだった。


 沈黙があった。風の音がよく聞こえた。


「それは、私が説明しよう。いろいろと込み入った話にもなるから」


少しして、ペトロ先生が立ち上がった。


「さぁ、みんな村へ帰ろう」


皆、村へ向けて歩き出した。


山道は行きと何も変わらなかった。たくさんの大木をすり抜け低い唸り声をあげる風、大木の天辺で雛に餌をあげる親鳥の響き渡る声、その大木の天辺に生え茂る葉で昼間でも薄暗い山道。


「あまりみんなにはできるだけ知らずにこのまま生きていって欲しかったが…」と、ペトロ先生はグラストゥについての作用と、それによるリリの体の変化について話した。サラ、アメリア、タムはあまり実感が無いと言った表情をし、ヤンは鎮痛な表情をしていた。最後にペトロ先生は「もうリリとは同じ時間を過ごせないだろう」と言って締めた。


 外は冷えていた。ペトロ先生はリリにコートをかけた。皆、何も話さず歩いていたら、皆が住む村、リンガン村が見えてきた。ここはなんて不思議な村なんだ。ペトロ先生は改めてそう思わされたに違いない。ここで生まれ育ったアメリア以外の四人もこの村について知らなかったことがあまりに多過ぎたと思ったに違いない。

 

 この村で風は今日も止まらない。五人にとってもそれは時を同じくして感じたことだろう。

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