第7話 もう一つのトンネル

 ホームにはYの字の屋根が設けられ、その屋根がホームを薄暗くしていた。改札口から線路が続くトンネルまでは天井をくり抜いたような構造になっていたため日の光が入り、リリは懐中電灯なしでも歩くことができた。ホームの橋に錆びた風力機関車が止まっていた。風力機関車は前後にあるファンから風を取り込み、タービンを回す。そこから発電された電気を使って機関車を動かす、風が常に吹くこの村ならではの機関車だ。機関車の前後の頭に取り付けられた風を取り込むファンの羽はどれも経年劣化で折れ落ちてしまっていた。リリはホームに座り込み光の差す天を見上げた。大木は天辺付近の葉が日光を独占して多くの光が届かなくなっているが、岩をくり抜いて造られたであろうこの駅には、葉や枝に横取りされることなく光を浴びることができた。リリは改めてここから出る方法を考えることにした。くり抜いた岩を登ることは不可能だし、線路が続く方のトンネルを歩くのも、先程起きたことを考えると危険である。実際もう埋まっている可能性だってある。


 プラットホームの屋根の柱には蔦が絡まり、ここは我々の土地だと主張している。駅舎のガラスは割れて、散乱した破片は遠くから降り注ぐ太陽の光を浴びて輝いている。崩れて力尽きた改札口は、一見するともう跡形もない。岩に遮られたこの場所では風が吹かない。その変わりに、瓶の口で吹く笛のように岩穴の頂上と、そこで吹き続ける風によって山道の時より低い音を降らせていた。


 リリはまずプラットホームの先にあるトンネルを確認することにした。少しでも落盤の危険があると察知すれば、そこから即座に出る、という方針で。ホームの先は線路どころかその奥に人がいてもわからなくなるくらいの雑草が生い茂っている。リリは隠された線路を足踏みして探りながら辿《たど》っていくことにした。日があたり周りが明るくなっても前に進むためにやることは落盤に崩れた階段トンネルと変わりはなかった。雑草にさえぎられた視界をかすかに見える地面のレールにそって一歩一歩進むしかない。三十分ほど手探りに歩くとトンネルの前に着いた。そこから先は日光も届かないため雑草も生えていない。


 影を落としたトンネルの中は漂う冷気が来た者を奥へ誘う。風で右往左往した駅や列車からこぼれた瓦礫からガラスを破片が入口からの光を拾って、他よりも存在感を誇示している。入口で改めてジャケットを着て、リリは前後左右上下を懐中電灯で注意深く照らしながら一歩ずつ進んだ。一歩踏むごとに冷たい壁が空気の波が寄せては返し、リリの立ち位置を惑わせようとしていた。入口からの光は遠ざかり暗闇が包むかと思われたその時、リリは白い点をトンネルの向こう側に見た。点は徐々に大きくなり、それが光の漏れる穴だとわかるときには不意に足は早くなるところだったがリリは必死に抑えようとした。駅の入口で聞いた落盤の音がそれを制止させた。


 光はリリを誘い出すようにそこで輝く。リリはそこに恐る恐る近付いていった。ここから出られるかもしれない。その期待をわずかに持ちながら。


 ところが光の源まであと五メートルというところでその期待は見事に打ち砕かれた。そこには地盤が抜けた線路と天井から湧いた水が底抜けの線路にちょろちょろと流れている。光はその地の抜けた線路から漏れ出ていた。リリは思わず腰を下ろしてしまった。背には闇、手前にはレールの間から漏れる光と天井から流れる湧水の音が虚しく響いていた。 

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