第8話 洞窟の中の車両基地

 リリはとぼとぼと駅のある方向へ歩いていった。しばらくすると廃駅を照らす光が見えてきた。この光は希望でなければ絶望でもない。トンネルの先に見た期待と失望で体力よりも精神的に疲れ果てたリリは、少し休もうと考えた。またさっきの瓦礫だらけのホームにでも座って休憩でもしよう。そう考えていた。トンネルを出ると眩しかった。目の前には太陽の方向へ自分の身長よりもある高さへまっすぐに伸びる草、リリにはそれが不思議でならなかった。なにせリリにとって草花といえば、風の影響で横へ倒れて伸びるものだった。


「ちょっとしたナイフでもあれば、少し楽なのに……」


 そんなことを呟きながら地面の線路に沿って雑草をかき分けて進んだ。乾いた草の匂い、たまに通る羽虫の音、時つまずきそうになるボロボロの枕木。それらがリリを覆い、通り過ぎ去っていくのを感じながら事務的に進む。


 鬱蒼と生える草の間からうっすらとホームやY字の屋根が見えてきた頃、リリは足に何かが引っかかり転びそうになった。足元を見ると、真っ直ぐ伸びるレールの間に右へ緩やかにカーブしたレールが一本、レールに分かれ目のような形跡を見つけたのだ。


 蝶が草と草の間を縫うように飛んでいる。ひらひらとゆっくり、それでいて確実に己の進もうとする方向へ進んでいる。何かを探しているのか、何かを掴むためなのかは蝶に聞いてみないとわからない。ただ、向こうへ進んでいることがわかる。


「曲がってみるか」


 リリの行く先が決まった。蝶のようにゆっくりと、寄り道をしながら目的地へ向かうのが好きで、そして性に合っているのだと、リリ自身が感じていることだった。それに何より今はここから出る道を探さなければならなかった。そのためには行先の塞がったホーム側へ行くよりは支線の方へ行った方が、何か外へ出る手がかりをつかめるかもしれなかった。


 旧ユス・バイラン駅周辺には、人々が去った代わりに人以外の生き物が自由に暮らしていた。小さな羽虫もいれば、先ほどのような蝶も飛ぶ。空高く鳥が舞えば、地面にはトカゲもいる。よく考えれば退屈しない。リリは心の余裕を少しだけ取り戻した気がした。


 草に埋まる線路は急カーブを描きホームとトンネルを結ぶ本線とは九十度角度を変えて奥へと伸びていた。


 支線は進むにつれて洞窟のような場所に入っていった。ただし光は入る。夕暮れ時くらいではあるが、懐中電灯がなくても進める明るさだった。草は生えなくなり、盛り上がった砂利の上に腐った枕木に敷かれた線路が一本伸びる。


 やがて伸びた線路は木の根のようにポイントを挟んで五つの線に枝分かれをして、その奥には丸い形をした池があった。その向こうには、機関車の車庫が池に合わせて扇状に設置されていた。池と車庫の辺りは山の頂上へつながる穴から光がもれ周りに生い茂る蔦を照らしていた。


 そこは採掘されたものを村の外へ運び出す操車場を含めた車両基地だったのだろう。リリが歩いてきた「支線」も実はここまでの引込線だったのだ。さらに好奇心旺盛な訪問者を驚かせることがもう一つあった。山道で見た緑色の粒が発行しながら辺りを自由に漂っていた。粒によっては近くにいたネズミに纏わりついたり離れたりしている。


 リリはトンネルを往復した疲れを忘れ基地の周りを見回っていた。向かって左端の路線には鉱物を貨車に積み替える大がかりな機械なども見つかった。リリが操車場を一通り見た後、丸池と車庫のある方へ向かうその時だった。


(ガチャ)


 扉の開く音が響いた。しかも風のせいではない、明らかに人の力で開く音だった。リリは驚き急いで貨車の影へ隠れた。立ち入り禁止の場所を歩いているわけである。誰かに見つかると何かしら面倒なことになるのは必至だった。しかし、人の足音は確実にリリの居る貨車の方へ近づいてきている。震えた足を腕で抱えてじっとしていると、やがて彼女自身がライトの光に照らされた。リリは恐る恐る後ろを見た。


「驚いたな……女の子がこんなところへ来るなんて」


 そこには老人が立っていた。

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