第09話「ライエンフォイヤー」

 翌週の実技戦闘リーグ戦。

 エッポのパーティはカミル以外に白襟ギフトなし魔術師ソーサラーが一人と、赤襟ギフテッドの重戦士が一人加わり、四人のパーティになっていた。

 対するハルトムートのパーティは三人である。

 学園では「パーティを組み、運営してゆく能力」も成績の一部として見られるため、パーティ人数はギルドに登録できる「パーティ」としての上限である六人まで認められていた。

 余談ではあるが、それ以上の人数が所属する組織は「クラン」となり、複数のパーティを内包することになる。

 しかしこのクラン制度は、実際の冒険者の中では主に報酬の分配、学園内では実技戦闘の勝利ポイント分配において不利になることや問題が発生することが多く、特に学園内ではもう十年以上組まれた記録はなかった。


「ハルトムート、それからハズれギフトと白襟のうなし。今日はこの大貴族エッポ様が直々につぶしてやる。力というものがどんなものか、味わうがいい」


 ソーサラーのさらに後ろ、戦闘エリアギリギリの場所から、エッポが騒ぐ。

 その間にも相手ソーサラーとハルトムートは、それぞれの味方に向けて、強化魔法エンチャントの準備を怠らなかった。

 十日ぶりの実戦となるマルティナが、震えの残る体で右前の構えをとる。

 その隣に、普段とは逆構えで左手を突き出したベルが背中を並べた。


「落ち着けマリー。お前は十分に強い」


「ふ……ふぁい!」


「それにお前の隣には俺が、背中にはハルトがいるんだぞ」


 力強いベルの言葉に、マルティナは振り返って二人の顔を見る。

 それだけで構えたへその下から力が沸き上がるのが感じられた。

 手の甲から伝わっていたマルティナの震えが止まる。


「だ……だいじょぶです」


 ごくりとつばを飲み込んだマルティナの返事と同時に、教師の「はじめ!」の声がかかった。

 ベルは右足を大きく踏み込んで飛び、ロングレンジのこぶしをカミルに振るう。

 それに一瞬遅れて、マルティナも重戦士に向けて低く飛び込んだ。

 カミルの長剣がベルのこぶしを打ち払う。

 しかしそれを予期していたベルは、剣の勢いを借りて回転し、逆の手に持っていた飛礫つぶてをソーサラーへと投げた。

 飛礫は空中でゼリーにでもぶつかったかのように止まると地面に落ちる。

 対射撃防御ブランドマウアーの込められたマジックアイテムを装備しているであろうソーサラーは、詠唱を続けながら頬をひくつかせ、笑った。


「ハルト、詠唱急げ!」


「わたしが行きます!」


 ハルトムートの詠唱はまだ終わらない。

 ベルはカミルから離れることができない。

 その状況を把握したマルティナは、自分の対峙する重戦士の剣をかわす動作から、流れるように右手を首筋へ伸ばした。


放てフォイヤー!」


 ギフトの起動ワード。パンっという炸裂音。

 喉笛をとらえた彼女のギフトは、致命傷とはいかないまでも、相手をひるませることはできた。

 そのまま、まるでベルのコピーのような動きでソーサラーへと飛び込む。

 しかし、彼女の脚力では呪文の詠唱に間に合わない。

 誰もがそう思った。


連射ライエンフォイヤー!」


 ギフテッドの中でも限られた者にしかできない、連続のギフト起動。

 しかもそれは今までとは違った起動ワードだった。

 背後へと向けた手のひらから途切れなく連続で火花が飛ぶ。

 十、二十、三十……。それは今までと同じ「ハズれギフト」と呼ばれた程度の火力ではあったが、彼女の体をもう一歩前へ進める推進力となった。

 逆手さかてを伸ばし、ソーサラーのあごを跳ね上げる。

 発動直前のタイミングで詠唱を乱したその一撃は魔法元素マナの暴発を招き、ソーサラーとその後ろに隠れていたエッポを吹き飛ばした。


「――グリモワール七十二しちじゅうにの悪魔との契約によりて、魔界の伯爵オティウスへ申し上げる。彼方かなたより来たりて、あお永劫えいごう氷瀑ひょうばくて貫きたまえ!」


 ベルとカミルが幾度も剣とこぶしを交える中、唐突にハルトムートの詠唱が終わる。

 周囲の魔法元素マナが波のようにざわめき、ベルやマルティナの皮膚を総毛だたせた。

 一つ、二つ……虚空から氷の短剣が姿を現す。

 三つ、四つ……現れた短剣は、の体温を求めて降り注いだ。

 十、二十……氷の刃は次第に数を増し、滝のように降り注ぐ。

 それでもカミルはそのすべてをかわし、弾き、撃ち落としながら、ベルと戦い続けた。

 その高速の剣戟と衝撃波は、徐々にベルを追い詰める。

 皮膚を切られ、革製の鎧をちぎり飛ばされながらも、ベルの顔には凄まじい笑みが浮かんでいた。

 カミルの弾いた氷の刃がベルを襲い、ベルはブラスナックルで叩き飛ばす。

 その瞬間、左右同時とも思える速度で、カミルの剣が首を狙った。

 ベルの右腕は高く掲げられ、体も伸び切っている。

 カミルは心の中で「取った!」と叫んだ。


「そこまで!」


 教師が終了を告げたのはその時だった。

 カミルの剣が止まり、ベルの動きも止まる。


「カミル、パーティのメンバーを保健室へ連れていけ。これ以上の戦闘継続は不可能と判断する」


 当然、第五層ヒュンフトアーティファクトの力で全員の傷が癒されたのだが、継続時間の長いハルトムートの魔法でズタズタになったエッポたちは虫の息だった。

 実質は自分の勝利だと納得し、剣を引こうとしたカミルは、動きを止めているベルの姿を見て違和感を感じた。

 何がおかしいというわけではない。

 重心の乗せ方、筋肉の緊張、視線の先。

 そんな些細な違和感の積み重ねが、カミルに剣を引かせない。

 ベルこいつは今、をしようとしていた。

 第三十六期生最強のギフトを持つ男が、最後の一瞬で首をはねたはずの少年に恐怖を感じ、剣を引くことができない。


「なにをしている。早く下がれ。他のものの練習のじゃまになる」


 教師の言葉で、やっと剣を引いたカミルは、最後にベルを一瞥し、保健委員とともにエッポたちを担いだ。

 マルティナの歓声とハルトムートの祝福に答えながら、ベルは震えるこぶしに左手を添え、小さく一礼した。

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